夏休みⅡ
夏休みはのんびりしながらも、ときどきギャラリーに来て作品を作ろうと思っていた。しかし、一週間たった今でも、作品には全く手を入れていない。ほとんど毎日ギャラリーに来たのになにもしていないのだ。無駄に時間が過ぎていく。悲しい。しかし、無駄に時間を過ごすことは、夏休みらしいし、いちばん贅沢なのかもしれないね。何もすることがない、したくないと思いながら、本屋さんや喫茶店を梯子するのは悪くない。
8月2日(日)
マッサージで身体をほぐしてもらう。わたしはマッサージがないと生きていけないな。
8月3日(月)
船橋市民ギャラリーのグループ展「イタリア、台湾、日本 現代美術交流展」を見に行く。わたしも以前、市民ギャラリーのグループ展に参加したことがある。市民ギャラリーは、何十人もの作家が展示しても余裕がある。広いのである。船橋での展覧会というのは、微妙な場所なんだな。気軽に行けそうな距離で、なんかそうでもない。
会場には酒井清一さんが受付をしていた。企画がんばってるよなあ。
作家数が多いので、作品どうなのかなあ、と思っていたが、実際見てみると、かなりレベルが高かった。たてやまともかが3点出品している。
船橋駅前の中華料理屋で冷やし中華を食べる。タブレットで注文するスタイルだ。タブレットを置いてある店に美味しいところはない。
8月4日(火)
新宿の眼科で目薬をもらったあと、世界堂でハレパネを購入して、ギャラリーまで持っていく。
たてやまの作品を少しだけ梱包。作品は搬出しないでそのままにしている。作家がそのうち片づけに来るはずだが、なぜか気になって片づけようとしてしまう。
8月5日(水)
女子医大眼科で診察。眼圧は高くなかったので安心。ドクターに逆さ睫毛を抜いてもらう。ドクターは丁寧に何本も抜いてくれるので、気になっていた引っかかりがなくなった。この素敵なドクターは、名前も素敵なのである。梯(きざはし)という苗字だ。珍しい。名前もいい。瑞葉(みずは)。なんか女優さんみたいだ。
8月6日(木)
ギャラリー。溜まっていた段ボールを切り刻んでゴミ袋に詰める。これで一日終わってしまった。
セルビアのサーシャに作品が届いたという連絡。追加料金が5万円だったそうである。今度払わなくては。お礼にわたしの作品でも進呈しようかな。
8月7日(金)
9月のコレクション展のための作品を倉庫から出す。津田亜紀子の彫刻を出すのが大変だった。倉庫にあった他の作品も、ほう、こんなのがあったかと眺めていたりしたら一日終わってしまった。
8月8日(土)
さて、これからコレクション展の作品のキャプションを作らなければならない。昔の作品なので、データを探すのだけで時間がかかりそうだ。
岸政彦の『リリアン』が思いがけず面白かったのだが、読み終わってしまったので、次の本を購入。
クリストファー・イシャウッド 『シングル・マン』(岩波文庫)
サマセット・モーム 『ジゴロとジゴレット』(新潮文庫)
ハン・ガン 『私の女の実』(白水社 2026年7月発行)
教文館で購入した。教文館にはハン・ガンコーナーがある。さすがである。
イシャウッドは名前は聞いたことがあったが、読むのは初めてである。読み始めたら面白くて途中でやめられなくなりそうだ。内容も文体もわたしの好みにぴったりである。
主人公のジョージは大学の先生である。たぶん文学部の。
「今ジョージのまわりには、前方から接近中の、あるいはジョージの進路に様々な角度から交差してくる道を進行中の、男女の原材料があふれている。原材料たちは日々高速道路というベルトコンベヤーにのってこの工場に供給され、加工され、包装され、市場に出荷されていく。」
「みんな何をしにここにきているつもりなのだろう。」
「こうして学生たちの只中にいるとジョージは一種のめまいを覚える。いったいこの連中はどうなるんだ。どれほどの見込みがあるだろう。今ここでみんなに叫んで知らせてやるべきだろうか。望むだけ無駄だぞ、と。
しかしそんなことはできないことも知っている。それというのも、馬鹿げたことに、そして不似合いなことに、それどころか不本意ですらあるのだが、ジョージはそんな希望のセールスマンなのだ。」
シニカルで辛辣なところがいいなあ。
| 固定リンク


コメント