フォートリエ
深沢七郎を読んでいたら、「をんな曼荼羅」という作品の冒頭に目を引きつけられた。
「フォートリエというフランスの画家が日本へきたのは彼の死ぬ十年くらい前だと記憶している。そのとき、私は一度だけ彼と顔をあわせたことがあった。」
フォートリエと深沢七郎の取り合わせは意外過ぎて興味が湧く。
「銀座の南画廊でフォートリエ展があって、その機会に彼は日本へ見物に来たのだそうである。絵画に無関心な私だからその名も知らなかったしどんな絵をかいているのか知らない。パリでは著名な画家だと逢ったあとで私は知ったのだった。」
評論家のジャン・ポーランという人がフォートリエと一緒に来ていて、楢山ぶしを聴きたいと言っているらしい。この人は深沢七郎の『楢山節考』をフランス語で読んでいて、その中に出てくる楢山ぶしを聴きたいというのだ。ところが、楢山ぶしという歌は、深沢が作った自作の歌なのだ。フォートリエも『楢山節考』を読んでいるそうだ。さすがに一流の絵描きは勉強家なのだった。
深沢は、昼食を摂っているところにギターを持って出かけて、彼の「楢山ぶし」を披露したのだった。
フォートリエは後日、お礼としてドローイング作品を深沢に渡した。
深沢は埼玉で農業をやっていて、倉庫のような家を作って住んでいた。3畳間のピアノのある部屋にフォートリエの作品を飾った。墨のようなもので横線を何本も引いた作品だったそうである。
「フォートリエという画家は「中学生の女生徒を強姦したそうだ」と話してくれたのは、たしか、祐乗坊氏だったと思う。それをきいたとき、
「あの、七十歳ぐらいの老人が」
と私は信じられなかった。噂だけでほんとはどうだかわからない。」
あるとき、女子大生がピアノを弾いた。それは上手な演奏だったのだが、あとで深沢はこんな風に思う。
「その音はピアノの音ではないのだ。どうして、あの音が出たのだろう。人間たちの同じ人間の指、しかも乙女の指で叩いたのに。彼女の出した音は金槌で釘のあたまを叩いているような音なのだ。いや、あの音は、ブロック塀のコンクリートでも叩いている味気ない音なのだ。とにかく、私はあの音をきいて部屋を出てしまったのだ。部屋から逃げ出したのだ。聞いていると私の脳神経は苦しくなったのだ。」
「突然、私は、
「ハッ」
と胸を突かれた。壁にかかっているフォートリエの絵がピアノのキイを見つめているのだ。」
「いま、壁の絵から放射している無数の線の中にフォートリエの眼が輝いていた。そのとき、フォートリエの眼は少女にそそがれていた。」
千葉のギャラリー睦のむつさんは、フォートリエのドローイング作品を1点持っているはずだ。
| 固定リンク
« カクテルの来し方 | トップページ | 入場制限 »


コメント