伝統工芸としての「現代美術」
いつまでも同じような作品を作り続ける作家を「伝統工芸」じゃん、と揶揄したのは、笠間焼の藤本均定成だったが、変わり続けるアヴァンギャルドたるべき現代美術が、正反対の工芸になり果てたのは(工芸に対して失礼な言い方ながら)なぜなのか。ぶれないで「一貫した」姿勢を評価する風潮や、みんな適当な「いいね」でごまかす世の中のせいもあるだろうが、わたしは、批評の影響もあるだろうと見ている。つまり現在、批評が存在していないということなのだ。これがいちばんの問題ではないかと思う。美術手帳も無きに等しいし、新聞紙面から「美術」は消えた。批評がないと、作家は「このままでいいんだな」と錯覚するのである。
昔はいいにつけ悪しきにつけ、批評家は力を持っていた。批評が美術の動向を大きく左右していた。『アンチ・アクション』の中嶋泉はこの連中を、女性作家を正当に評価しなかったということで断罪している。同じようにグリーンバーグ等のアメリカの批評家もやっつけている。
中嶋さんの本は、草間彌生の章を読み終わった。
「作品上の変化や自作に関する草間の発言のすべてが意識的計算に基づいたものだとは考えられないにせよ、それを、こうしたニューヨークの美術批評言説における政治性と無関係であると考えるのは素朴にすぎるだろう。シアトルからニューヨークに至る草間の批評や作品の変化を追うことでわかるのは、特定の様式を選ぶ、あるいは特定の様式のもとに作品を読み込むことは、常に芸術的であるとともに政治的な選択でもあるということだ。」
草間の作品は、置かれた状況や、批評によってどんどん変化していく。それは当然の成り行きというもので、変化しないほうがおかしいのである。
「草間はその画業を通じて、一人のマイノリティとして各地で自分に与えられた立場と主流の芸術傾向の間で、より「高次」に位置づけられる芸術を野心的に追求してきた。彼女は、現代美術における日本と西洋、東と西、自己と他者の関係が作りだしている政治的捩れに対面し、そのつど表現を更新しながら、生き抜いてきたのである。」
草間彌生の章を読み終わって、今、田中敦子を読んでいるのだが、掲載写真のなかに目を引く一枚があった。それは、彼女が展示作業をしている写真だ。1955年の「ベル」という作品。何個ものベルを会場の床に設置している。面倒な配線をして、次々にベルが鳴るという作品なのだが、床置きなので、作業はしゃがんだ姿勢になる。この姿勢で作業を続けるのはきついはずなのだが、彼女の足元を見ると、なんとハイヒールを履いているのだ。しゃがんでいなくても、搬入でハイヒールというのは見たことがない。なんかすごい。これを見ていると、なぜか元気になってくるな。
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