速水御舟の悪口
『美術の物語』は、ルネサンスの手前まで進んだ。ここでちょっと一休み。ここまででなるほどと思ったのは、エジプト美術は知っていることを描く、ギリシャ美術は見たままを描く、中世の美術は感じたことを描く、と大胆にまとめていることだ。感じたことを描くということを押さえておかないと、中世の美術を見誤ってしまう。
休憩しながら読んでいるのは
芥川龍之介 『藪の中・将軍』(角川文庫)
その中の「雑筆」の中に面白い文章があった。日本画に対する悪口のように思えるが、よく読むと、速水御舟が好きじゃないということを言いたいだけのような気もする。
日本画の写実
日本画家が写実にこだわっているのは、どう考えても妙な気がする。それは写実に進んでいっても、ある程度の成功を収められるかも知れぬ。が、いくら成功を収めたにしても、洋画ほど写実ができるはずはない。光だの、空気だの、質量だのの感じが出したかったら、なぜさきにパレットを執らないのか。かつまたそういう感じを出そうとするのは、印象派が外光の効果を出そうとしたのとは、よほど趣が違っている。仏人は一歩先へ出たのだ。日本画家が写実にこだわるのは、一歩横へ出ようとするのだ。自分は速水御舟氏の舞妓の画なぞに対すると、いかにも日本画にきのどくな気がする。昔芳幾がかいた写真画という物は、あれと類を同じくしていたが、求めるところが鄙俗なだけ、かえってあれほどいやみはない。はなはだ失礼な申し分ながら、どうも速水氏や何かの画を作る動機は、存外足もとの浮いたところが多そうに思われてならぬのである。
※芳幾(よしいく)落合芳幾。明治初年における最初の新聞挿絵画家。
古藤さんの個展はスムースに進んでいる。彼女はお客さんが多いのだ。集客力はステップスでは一色映理子と並んでトップなのである。
古藤さんは25日(木)、29日(月)、10月1日(水)以外は在廊予定です。
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