田中小実昌のこと
めずらしく田中小実昌の本が出ていると思って買い、帯を見てみると、生誕100年記念とあった。そうか、生きていたら100歳だったんだな。
彼の小説は読みやすくて面白いだけじゃなくて、なんだか生き方がその日暮らし的で人生はこんなんでいいんだなとほっとするところがあって安心するのである。いい加減で行き当たりばったりなのである。
若い人は知らないだろうが、昔はテレビにもよく出ていて、毛糸の帽子をかぶって、なんかおどおどしているのが印象的だった。見た目はどことなく山下清を彷彿とさせる。見た目だけでなく中身も似ているかもしれない。
山下清は、テレビドラマ「裸の大将」で俳優が演じているので、それが山下清というイメージに定着してしまっていて、ランニングシャツを着て大きなおにぎりにかぶりついている姿を連想する。本人にこのドラマを見てもらったあとに、どこかおかしいところはないかチェックするためなのか、「どうですか?」と訊くと、「ボクはあんなに食べない」と言ったそうだが、あとはおかしいところはなかったようだ。
小学生のころだったと思うが、山形の大沼デパートで山下清展が開催されたので見に行ったことがある。本人が居てサイン会をしていたので、急いでハガキを買い列に並んだ。サインをしてもらったのだが、今思えば田中小実昌に似ていた。
生誕100年だからだろうが、『田中小実昌 哲学小説集成』(Ⅰ・Ⅱ)という本が中央公論社から出ている。哲学?田中小実昌と哲学ってなかなか結びつかないが、略歴を見ると「東京大学文学部哲学科中退」と書いてある。初めて知った。カントがどうのこうのと書いてあって、難しいのかなと思って買わなかった。買わない本当の理由は高かったからである。ⅠとⅡそれぞれ3600円だった。どこからかお金が入ったら買おう。
今読んでいるのは『ミミのこと』。日常生活を描いた「自動巻時計の一日』が面白い。毎朝、必ず「大」をするためにトイレに2回入って、「朝のこんな忙しいときに、なんで2回もはいるのよ!」と奥さんに叱られる。言い返せない。
こんな山下清風なほのぼのとした文章の中に、ときどき鋭い言葉を残すので油断できない。
「そういえば、気分的にかもしれないが、自分には、ジャスト・グッド、ジャスト・ハッピイになりたいという気持ちがあったようだ。金があるからハッピイとか、家族みんなが、なかがいいからハッピイというのではなく、ただしあわせになることを、ぼんやりおもってきた。ただしあわせというようなことはありえないんだろうか?」
「愛は、もともと、一方交通ではないのか?神と人間のあいだのようにー。神からの愛はあっても、人間の側からはない。愛し、愛され…なんて、そんなに調子よくいくものとはちがう。」
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