雑草
永野のり子の展示は13点の作品を並べたのだが、1点だけスケッチ作品を掛けた。スケッチ作品は12月の「素描」に出品する作品なのだが、本人は「壁が空いちゃうかもしれないので持って来てみた」という。空きスペースが出来たら展示すると言っていたのに、一番初めにスケッチ作品を壁に飾っていた。これは最初から展示するつもりで持ってきたものだな、と察せられた。自分のスケッチが、ギャラリーの壁に掛けたらどうなるか見てみたかったのだろう。展示はきれいに収まっていい雰囲気を出している。
波照間の海を水彩で描いたもので、「30分でできた」というのだが、力が抜けていてとてもいい。作家はこういう作品は「たいしたことない」と思いがちだが、こういう作品がいいのよ。作家はそこのところがわかっていない。まあ、わかっていない方がいいのかもしれないのだが…
最近気になっている、というか目につくようになっているのが雑草である。わたしは植物好きでもないし、牧野富太郎のように、正式名称や生態について調べたいという興味もない。ただ、雑草が元気に繁茂しているのを見るとなんだかうれしくなるというだけの話である。
バスに乗っていると、道路と歩道の境目に雑草が生えているのが見える。雑草はちょっとした隙間とわずかばかりの土や砂があれば、どこにでも芽を出して伸びていくのである。白菜やほうれん草、稲などは畑を耕して肥料や水をやり、大事に育てられる。そうしないと育たないわけだが、雑草ちゃんは、誰のお世話にもならず、自力で生活しているのである。大量に葉っぱを生い茂らせているのを見ると、なにか爽快な感じがして、ざまあみろ!と叫びたくなるのだ。
森一郎の『ニーチェ 哲学的生を生きる』は持ち歩くことをあきらめた。重いのである。電車の中で読んでいると腕が痛くなる。これは時間のある時にギャラリーで読むことにする。
永田和宏 『あの胸が岬のように遠かった ー河野裕子との青春-』(新潮文庫)読了。うーん。内容は面白い。河野裕子の短歌もすばらしい。文章もうまい。なんだけど、なぜだかまとまり過ぎていて何か物足りないのだ。
サリンジャー 『ナイン・ストーリーズ』(河出文庫)を買う。
サリンジャーは昔 『ライ麦畑でつかまえて』を読んで、ピンと来なかったのだが、『ナイン・ストーリーズ』は面白い。今だから面白いと感じるのかもしれない。柴田元幸の訳もうまいのだろうな。
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