ハン・ガン(韓江)
ハン・ガンがノーベル賞を獲ったので、さっそく本屋さんに行ってみた。ノーベル賞を獲ったら、本屋さんはハン・ガンコーナーを設置して本を並べるはずである。稲毛の本屋さんを覗いて、どれどれコーナーはどこかな、と探してみたのだが、ない。コーナーがないばかりか、1冊の本も置いてないのである。
河出文庫から何冊か出ているはずなのだが見つからないのである。
そういえば、文庫本の後ろのページに、出版されている文庫の紹介があって、ハン・ガンもそのうち買おうと思って見ていたのだが、ノーベル賞を獲る前から店頭には並んでいなかったような気がする。仕方がないのでほかの韓国の作家を買ったりしていた。
韓国でも日本でも彼女の作品は人気があって、すぐに売り切れるらしい。河出書房は今、増刷しているに違いない。
昨日、教文館を覗いてみた。ハン・ガンコーナーがあった!ところがそこには本が2冊しかなかった。
『すべての、白いものたちの』(河出文庫)
1冊わたしが買ったので、コーナーにはあと1冊という状況になった。
この本は、65の短い詩のような物語から成っていて、読み終わると小説としての姿が浮き上がってくる。「みぞれ」と「レースのカーテン」に惹かれた。
みぞれ
生は誰に対しても特段に好意的ではない。それを知りつつ歩むとき、私に降りかかってくるのはみぞれ。額を、眉を、頬をやさしく濡らすのはみぞれ。すべてのことは過ぎ去ると胸に刻んで歩むとき、ようやく握りしめてきたすべてのものもついには消えると知りつつ歩むとき、みぞれが空から落ちてくる。雨でもなく雪でもない、氷でもなく水でもない。目を閉じても開けていても、立ち止まっても足を速めても、やさしく私の眉を濡らし、やさしく額を撫でにやってくるのはみぞれ。
レースのカーテン
凍てついた街を歩いていた彼女が、とある建物の二階を見上げる。目の粗いレースのカーテンが窓を覆っている。汚されることのない白いものが私たちの中にはゆらゆら揺れていて、だからあんな清潔なものを見るたびに、心が動くのだろうか?
洗い上げてきっぱりと乾いた白い枕カバーとふとんカバーが、何ごとか話しているように感じることがある。そこに彼女の肌が触れるとき、純綿の白い布は語りかけてくるかのよう。あなたは大切な人であり、あなたは清潔な眠りに守られるべきで、あなたが生きていることは恥ではないと。そして眠りと目覚めのあわいで、純綿のベッドカバーと素肌がさわさわと触れ合うとき、彼女はふしぎな慰めに包まれる。
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