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2024年10月 1日 (火)

カニカマ

このところ本選びに失敗している。

三野博司『アルベール・カミュ』、G・ドゥルーズ『記号と事件』、毛利嘉孝『ストリートの思想』、三冊ことごとくつまらなかった。ドゥルーズはインタビュー集だったのでいまいちだったのだ。ただ、その中で使っていた「差異」という言葉に引っかかってなぜだか「カニカマ」が脳裏に浮かんだ。ドゥルーズのいう差異とは全然違うのだが、小さな差異とは何だろうかと考えてしまったのだ。

ちょっと前まで「ほぼカニ」という商品があったが、最近見ないね。絶妙なネーミングだと感心していたのだけれど。

カニカマはよく食べるが、本物のカニは食べたことがないという人もいるだろう。この人をAさんとする。逆にカニは食べてるけど、カニカマってどんなものか知らないという人もいるだろう。この人をBさんと呼ぶ。

AさんとBさんが、カニの味について話をするとする。この二人の話は噛みあうだろうか。白けてしまうかもしれないし、話が盛り上がって、激論になることも考えられる。

カニカマはカニの偽物ではなく、カニカマという別の食べ物と考えてもいいが、カニカマが縦に裂けたり、赤い色で着色されていたりするのは、やはりカニカマはカニになりたいのだ。カニに似せて作られたまがいものなのである。

その差異をどう考えたらいいのだろうか。

そんなことを考えていたら、今度はゴッホの自画像が心に浮かんでくる。ゴッホの自画像はたくさんあって、その贋作も多い。偽物でも、かなりの技術を駆使して描かれた「ほぼゴッホ」もあるだろう。

贋作のゴッホを持っている人が、それを贋作とは知らず本物と思い込んでいるとする。ゴッホが好きなあまり、見るだけでなく「語る」ことも始めてしまうかもしれない。熱くゴッホ論を展開する。

贋作のゴッホについて語るゴッホ論は偽物ということになるのだろうか…

よくわかんない。

今度こそ失敗してはならないと思いながら1冊購入。

チョ・セヒ 『こびとが打ち上げた小さなボール』(河出文庫)

韓国の現代作家は面白い。

『アートコレクターズ』から連絡。11月号にたてやまともかを載せるとのこと。データを送る。

月刊『ギャラリー』の編集長が来廊。

「11月号にステップスから一人載せるけど」

というので、たてやまともかを推薦しておく。

 

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