ヴァルール
来年個展用の作品を8点完成させたが、あと12点。なかなか手をつけられないでいる。ちょっと休憩ですね。やっぱり色を使う作品は難しい。色の組み合わせとバランスに非常に手こずるのである。
わたしは色は使いませんとかいう作家がいるが、使いませんではなく使えませんというのが正しいだろう。やらないのではなく、できないのだ。と皮肉を言いたくなるほど色は難しいのである。
白い紙に鉛筆で絵を描く。これは色を使ったことにはならない。白も黒も色ではない、というだけでなく、白と黒を色とカウントしてもやはり色を使ったことにはならない。黄色い紙に青い色鉛筆で絵を描いても、やはり色を使ったとは言わない。
色を使う、というのは3色以上の色数を選んだときをいうのである。
3色以上だとなぜ難しいのか。
たとえばお青をAという人間だとする。赤をBとする。黄をCとしてみよう。
AさんとBさん二人だけの関係はA⇔Bという一つだけであるが、これにCさんが加わるとA⇔B、A⇔C、B⇔Cという3つの関係が生ずるわけである。これが4色になると、A⇔B、A⇔C、A⇔D、B⇔C、B⇔D、C⇔Dと倍増する。難しいわけよ。人間関係と同じだ。
色彩にはヴァルールと呼ばれる要素がある。色価と訳される。英語でいうところのヴァリューである。ヴァルールというのは、明度、彩度、色相の3要素から生じる。明るさの明るい方を明度が強い(高い)と言い、鮮やかな色を彩度が強い(高い)と言う。赤は紫よりも鮮やかであるが、これは色相が違うからということになる。色面が広いほうがヴァルールが強くなるということもある。
たとえば、画面の右端に鮮やかな赤を配したとすると、その隣か反対側の面にその赤を「受ける」色を置かないとバランスがとれない。つまり似たようなヴァルールの色を配置するのである。
色を使って絵を描いている作家は、「ここにはやっぱり緑だろうな」などと言いながらあまり意識しないで絵の具を塗っているが、これはヴァルールを考えながらやっているのである。
来週は田崎亮平展である。今回、彼はトレーシングペーパーの上に黒いドットを並べていく作品を作った。ヴァルールは考えなくていい作品なのであるな。
本を1冊購入。
リービ英雄 『日本語の勝利/アイデンティティーズ』(講談社文芸文庫)
リービ英雄って名前だけでなんかいかがわしいな、とか勝手に思っていたが、しっかりした内容だ。
また暑くなってきた。辛抱。
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