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2023年7月21日 (金)

空虚という感覚

モリス・バーマンの『神経症的な美しさ』について少し書く。

その前にまず、来週の展覧会、IZUMI展の紹介。

手元に彼の個展案内状が手元にある人は、もう一度よく見て欲しい。花瓶に入れられた花を描いているのだが、大きな赤いバラの花の下に、小さい牛か馬のような動物が描かれている。これは何だろう?IZUMIは綺麗な花を描こうとしているわけではないし、花を綺麗に描いてみせるということを意図しているわけでもない。細部が「変」なのである。詳しいことはまた来週書くことにしよう。

彼は教員で、毎日忙しいのだが、来週は夏休みなので、在廊できるということだ。おいでをお待ちしています。

バーマンの本の第6章の冒頭に、こんな文章がある。

「九十年代後半かその少し後のことだが、日本研究家のジョン・ネイスンは沖縄出身の中学教師と話をしていた。その教師は二年生の生徒に、人生で何を成し遂げたいか書くように言った。すると何人かが泣き出したというのだ。「私は思いました」とその教師はネイスン氏に言った。「私の質問によって、この子たちは自分自身のことを何もわかっていないという現実に直面してしまった。時代の混乱がこの子たちから自分は何者かという感覚を奪ってしまい、それがみじめでこの子たちは泣いているのだ、と」。

胸の張り裂けるような話だ。後期資本主義が生んだ実存的な絶望は、本当に大切なことと向き合うことができないというかたちで、日本の十三歳の心理にまで及んでいるのである。」

自分が何者かということが分からないというこの空虚の感覚はどこから始まったのか。

バーマンは、それはペリーの黒船からだ、という驚くべき大胆な見解を示しているが、読み進むうちに、それは大胆でも何でもないということが分かってくる。

バーマンのこの大著を要約することなど不可能であるし、要約しきれないことは判っているが、わたしなりの感想を書いてみる。

この本は第1章から第7章まであり、わたしは第5章まで読み終わった。

第1章 日本的なるもの①ー禅、工芸、永遠の現在

第2章 日本的なるもの②ー甘え、集団志向、序列

第3章 明治維新とその余波

第4章 戦争と占領

第5章 哲学ー京都学派の時代

第6章 「なんとなく、クリスタル」ーアメリカ化する日本のディレンマ

第7章 江戸的な現代へーポスト資本主義モデルとしての日本?

1854年、和親条約が調印された。これは条約というよりは、脅迫による日本の植民地化のはじまりである。

日本人は「我慢」を強いられたが、その怒りは心の奥底にため込まれ、ルサンチマンとなった。これをきっかけとして明治維新が起きるわけだが、この「維新」は外からの圧力によるものだった。順応主義の日本はものすごい勢いとスピードで近代化を突き進む。

「カール・ユングは著作のどこかでアフリカ旅行の経験を語っている。馬車で田園地帯を通っていた時のこと、ひとり道を歩く原住民を見かけたユング一行は、馬車に乗っていかないかと申し出た。男は少しためらいを見せた。それまで馬車に乗ったことがなかったのだ。ともかく彼は乗り込み、御者はいつも通りにやや駆け足で馬を駆り始めた。五分ほど経つと、その原住民は「一息つく」ために一旦降りて道端にちょっと腰掛けてもよいかと尋ねた。男が降りると、ユングは大丈夫かと声をかけた。「大丈夫です」、男は答えた。「ただ、あまりにも速いものだから、魂が置いてきぼりになってしまいました。追いついてくるまで少しここで座っていないと」。

一言で言えば、これこそが明治維新の物語である。」

アメリカにいじめられた日本は同じようなことをアジア諸国に対して行う。いじめられっ子がいじめっ子に転じるのだ。

第二次世界大戦、真珠湾攻撃は、ペリーの黒船に対する仕返しという一面もあるという。

敗戦後、マッカーサーが日本に来たとき、彼は明らかにペリーを意識していたという。ポツダム宣言の受諾が行われたミズーリ艦上には、ペリー黒船の旗が掲げられていた。

日本はさらに鬱屈していき、おかしくなっていく。

天皇は東京裁判にかけられることはなかった。もし裁判にかけられていたら死刑になっていたはずである。731部隊の連中も裁判は逃れた。人体実験の資料を差し出すという条件で。

明らかに重罪である人たちが無罪になる。このような日本に民主主義は育たないのである。日本人は「おかしく」なっていく。無責任体制が始まる。誰も責任を取らないのだ。一億総懺悔である。責任者を特定しない。東日本大震災での原発事故でも誰も責任を取っていない。

バーマンの資料を読み込む力量には本当に驚かされる。哲学では、京都学派の西田幾多郎、田邊元、西谷啓治を全部読んでいる。小説も主な作家は全部読んでいる。椹木野衣や村上隆のテキストまで引用している。

次回は第6章と第7章について書きたい。わたしはこの6・7章が一番楽しみである。

 

 

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