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2021年9月14日 (火)

宮田徹也の纐纈令展評

 

未来の想起と、過去への振り返り。 纐纈令 2021/09/13-18 steps gallery Criticism by MIYATA Tetsuya Vol.302

纐纈令は、ステップスで古くから活躍する「最若手」だと認識していたが、オーナーの吉岡は纐纈と逢って10年だとブログに書いていた。纐纈の個展も積み重なってきた。
これまで纐纈はインスタレーションやコードを用いた作品など、毎回異なる発想を試行錯誤した作品を発表し続けていた。今回の作品は、久しぶりの「絵画」である。仕事を辞めて暇になって思いのままに画廊に滞在する纐纈に話しを聞くと、今回の作品はSNSから着想したという。私は今回の纐纈の作品を見て現代というより、むしろ70年代の日本のポップアートを想い起していた。訪れた月曜日は、私は高校で授業をしていて、その日私はデザインの歴史を教えていたからかも知れない。色や形だけではなく、纐纈の作品が持つ雰囲気がそうさせているのだ。だからといって、「古臭い」とは感じない。吉岡のブログに書いてある安部公房『箱男』からのインスピレーションを、私は纐纈から聞かなかった。纐纈は、様々に考えているのだろう。人間の最先端の発想とは、テクノロジーやメディアに左右されないのではないかと考えた。この日私は高校や画廊の移動中、島田荘司『ゴーグル男の怪』(2011)を読んだ。珍しく小説の理由は、2018年に本書が文庫化された際に、私にこの本読んでと薦めてくれた大阪芸術大学の中野圭さんが「あとがき」を加筆しているからだ。幼少期の性的虐待と原子力発電所の臨界事故に遭遇した主人公を中心に、中盤から登場した煙草屋の婆さんを殺した美女がリンクする物語である。島田は実際の原発事故に基づいて、物語を着想したのであろう。中野さんは解説で、黒澤明、M・デュシャン、A・ヒッチコック、映画《犬神家の一族》《ツイン・ピークス》《ドグラ・マグラ》、シュルレアリズムの手法、「デペイズマン」「モンタージュ」等の、視覚的要素を用いている。図版なしで視覚的要素を語るのは、スマフォでの検索を前提にしてはいるのだろうが、とても新鮮な印象を私は受けた。二つの意味で、私はこの影響を受けた。一つは、今回の纐纈の作品が、箱という立体を絵画に織り込み、実際に箱の作品もあって、立体も平面もイメージの中では同じではないかという着眼点である。もう一つは、日本語に限らず、根本的な言葉によって組み立てられる思想と視覚的要素の乖離である。難しい意味ではない。想像してから見ることと、見てから想像することの差異。ここには未来の想起と、過去への振り返りも含まれている。(宮田徹也|日本近代美術思想史研究)

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