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2020年7月20日 (月)

中間報告

吉岡の個展は先週の土曜日で、13日間のうちの10日が終った。あと3日である。

東京の新型コロナの感染者数が200人を超えたあと、ギャラリーもお客さんが極端に減った。10日間で来廊者は130人。いつもの個展の半分以下である。

寂しい。

でも、作品は20点中11点購入していただいている。ありがたい。1点だけ展示した鉛筆のドローイング作品も、「ほかにないの?」と言われて、仕舞っていた3点を出したら、これも全部売れた。

あと3日、なんとか元気で頑張ろう。

でも、お客さんが少ないのが、自分の個展のときでよかったような気もする。ほかの作家さんの展覧会のときにお客さんが激減したら、申し訳ないから。これは、「よかった」という判断をしよう。

わたしの個展は22日(水)が最終日なのだが、次の赤川浩之展は次週の27日(月)からということになる。23日~26日は休廊になる。ご注意ください。

来週は天気もよくて、感染者数も減るといいのだけれど…

昨日は疲れて、がちがちの身体をほぐしてもらいにマッサージに。

マッサージ店の入っているイオンのビルの中に、小さな本屋さんがあり、ちょっと立ち寄って、また1冊買ってしまった。いつもは小さな本屋さんは並べている本が少なくて、新刊もあまりないので買うことはないのだが、ときどき、不思議な出会いがあるのである。

本屋さんは、その規模によって、3つに区分することができるとわたしは考えている。1つは、膨大な蔵書があり、店頭にもずらりと本を並べて、無いものはありませんよ、とでも言いたげなメガストアである。東京駅前の、八重洲ブックセンターとか丸善、新宿の紀伊国屋とかの本屋である。そして、規模のとても小さい、地方都市の商店街の片隅にあるような寂しげな書店である。で、中間に当たるのが、教文館とか、わたしがいつもうろうろする稲毛駅ビルの熊沢書店などである。「中間」と「小規模」店の違いは、岩波文庫を置いているか、あるいは講談社文芸文庫をそろえているかという違いである。小規模店は岩波も講談社文芸もおいていないのである。しかし、小規模店は商品の入れ替えが少ないので、あまり見かけない本があったりして、おお、これは!という本を見つけたりするのだ。

昨日見つけたのは

ポール・オースター 『ムーン・パレス』 (新潮文庫)

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なにげなく開いて最初のページを読んでみる。

「それは人類がはじめて月を歩いた夏だった。そのころ僕はまだひどく若かったが、未来というものが自分にあるとは思えなかった。僕は危険な生き方をしてみたかった。とことん行けるところまで自分を追いつめていって、行きついた先で何が起きるか見てみたかった。結果的に、僕は破滅の一歩手前まで行った。持ち金は少しずつゼロに近づいていった。アパートも追い出され、路頭で暮らすことになった。もしキティ・ウーという名の女の子がいなかったら、たぶん僕は餓死していただろう。…」

こんな冒頭を読んでしまったら、もう買うしかないだろう。

わたしは、本を持ってカウンターに出したら、店員さんが、今新潮文庫を買うと、団扇のしおりがついてきます。どれがいいですか?と4種類の団扇しおりを見せてくれたので、わたしは、本の星座のしおりを選んだ。

 

 

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