本田さんは許してくれない
2月2日(日)
10日ぶりの休みである。わたしは、いつも疲れているし、疲れた疲れたと言っているが、本当は身体が凝っているのである。凝りさえなくなれば、案外元気なのである。ということでマッサージに行った。力持ちの西さんに100分お願いして、そのあと今日は本田さんの足裏60分も追加した。本田さんはすらりとした年配の女性なのであるが、足裏マッサージのときの本田さんは、容赦なくわたしを攻める。マッサージ160分というのはたいした時間である。東京から東北新幹線に乗ったら、160分後には山形にそろそろ到着するというくらいの時間である。新幹線の中でずーっとマッサージを受けているようなものなのであるが、西さんのマッサージはえ?もう100分経ったの?というくらいあっという間に過ぎていってしまう。気持ちよくほぐされていると時間の経つのは速いのである。頑固な右肩の凝りがだいぶ穏やかになる。
一方、本田さんのマッサージは、なかなか時間が過ぎていかない。長く感じるのである。なぜかというと、痛いからである。テレビのバラエティー番組などで、足裏をマッサージされたタレントさんが悲鳴をあげるシーンとかあるけど、あれはオーバーにやっているわけではない、ということは経験のある人ならわかることだろう。足裏も痛いが、本当に痛いのはふくらはぎである。これは、下から上へ、上から下へとしごくように本田さんの指が動くと、激痛が走る。本当に痛いという表現しかできないくらい痛い。これがマッサージでなかったら、拷問と呼んでいいだろう。勘弁してください、とわたしは本当に言ってしまったりする。マッサージ中はずっと、痛い、いたっ!いたっ!と小さく叫び続ける。黙って耐えることはできない。本田さんにわたしの悲痛な叫びは聞えているはずなのに、本田さんは聞えないふりをしているのか、済ました顔でマッサージを続け、力を弱める気配はない。いや、逆に強まっているようだ。
本田さんは、こちらの痛みはどうでもよく、ただ目の前のこのコリを退治しなければならないというプロ意識がふつふつ涌いてくるのをどうしようもないのだろうと推察される。
マッサージが終ると、本田さんは「ゴリゴリでしたね」と一言だけ言葉を発する。
痛いのではあるが、マッサージの後は足が軽くなる。
帰りにバス停に並んでいるときに、あ、そうだ、新聞買わなくちゃと思い出して、コンビニで産経新聞の朝刊を買う。
日影眩さんのコラムが載っているのである。
書評だね。日影さんはときどき産経新聞に文章を載せる。
今回はクロソウスキーの『ロベルトは今夜』についてある。
ギャラリーに外の壁に貼って置きますので、読んでみてください。
『ドン・キホーテ』をすっとばして、池田清彦を読んでたんだけど、いま、それもすっとばして、阿部謹也 『西洋中世の愛と人格 「世間」論序説』 (講談社学術文庫)を読み始めてしまった。
今週もなんとか乗り切っていこうかな。
次回は、ミラン・トゥーツォヴィッチ論を載せる予定。
銀座の人通りが少なくなってるよ。
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