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2018年12月 6日 (木)

降ったり止んだり

どうも一日雨のようである。

寒いし、薄暗いし、これに雨が重なると、何とはなしに憂鬱になる。

雨だから、ギャラリーに来る人もおそらく数人ということになるだろう。

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昨日は一日休みだったが、体調もおかしくて、一日ぼうっとしていた。

駅前までバスで出て、マツモトキヨシで買い物をした。喫茶店に入って、コーヒーを飲みながら煙草でも…と思ったが、なんだかそういう元気もないのだった。

急にお腹が空いて、低血糖のような感じになってきたので、マックに入り、ポテトLをホットコーヒーで流し込む。

林芙美子の 『浮雲』を出して読んでみるが、続かない。

デカダンという言葉があるが、林芙美子も『浮雲』の主人公ゆき子も女デカダンである。行き当たりばったり、破れかぶれなのである。

貧しくすさんだ生活を続けているのだが、そういう中でも「ゆき子」は世の中を冷静に、突き放して見る眼を失わない。

「…微妙な虹が、人間の心の奥底には現われては消え、現われては消えてゆくものなのであろう。そこをもどかしがって、人間は笑ったり泣いたりしているだけのようにも考えられた。人間はそうした生きものなのであろう。」

「歴史は一貫して、数かぎりもない人間を産んで行った。政治も幾度となく同じ事のくり返しであり、戦争も、何時までも同じ事のくり返しで始まり、終る……。何が何だか悟りのないままに、人間は社会という枠のなかで、犇(ヒシメキ)きあっては、生死をくり返している。」

『浮雲』も終りかけてきたので、「次」を買っておく。

高階秀爾 『バロックの光と闇』(講談社学術文庫)

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「一九七七年初春、パリ市民たちは突如出現した鉄とガラスの巨大な建造物にどぎもを抜かれて騒然となった。」

という冒頭の一文から始まる。ポンピドゥー・センター、これを高階はバロックであるとして論を進める。

上手いよねえ、この人。

さて、本を読んで一日過すわけにもいかないので、なにか仕事をしなくちゃいけないのだが、非常にだるい。

12月に入ったから、少しずつ大掃除を始めてみようかな。窓ガラス掃除というのがある。ガラス面が、触るとざらざらしている。拭かなければならない。でも今日は雨だから止めておこう。

冷蔵庫の掃除もある。これも拭き掃除をしなければならないが、冷蔵庫のドアを開けると寒そうなのでやりたくない。

床掃除。これは、黒くこびりついた汚れが所々に見えるのだが、これをこすって落とすと筋肉痛になりそうである。

そうだ、壁塗りをしよう。壁の全面をローラーでやる本格的なのではなく、筆で、汚れの見えるところだけを選んで塗っていくのである。

そうだ、それにしよう。

お昼のお弁当を食べてから始めることにする。

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