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2018年9月28日 (金)

生きていたい

来週のSteps Galleryは森本利通展です。

森本さんは病気をして入院をしてから、身体が弱っているのだが、作品を作る気合だけは元のままである。

明日は搬入なのだけれど、多分本人はギャラリーまで階段を昇るのも大変だから、作品を置いたら帰ることになると思う。

搬入はわたしと唐さんと二人でやるのである。

そんな森本さんだが、パーティーはやるのです。

1日(月)17:00-19:00

気合を入れて待っていますので、みなさんぜひ参加してくださいねー!

Dm

このところ、天気が不安定なのに合わせてわたしは体調がおかしくなってしまって、気分も落ち込んでいたのだが、林芙美子の『放浪記』に救われている。

Photo

テレビで、森光子演じる舞台「放浪記」をちら見することがあったのだが、そもそも森光子が好きではないし、放浪記の話もたいしたことないんじゃないのかなと敬遠していたのだが、このあいだ教文館で岩波文庫の本を見ていたら、『放浪記』があって、へえ、とぱらぱらページを繰っていたら、その文章に衝撃を受けてしまって、国木田独歩を放り出して『放浪記』を読んでいる。元気が出る。いい文章である。

「三月の陽を浴びて、画学生たちが相撲を取ったり、壁に凭れたり、あんなに長閑に暮らせたら愉しいだろう。わたしも絵を描いた事がありますよ、ホラ!ゴオガンだのディフィだの、好きなのですけれど、重苦しくなる時があります。ピカソに、マチイス、この人たちの絵を見ていると、生きていたいと思います。」

生の文章である。

「貴女にバナナを食べさせようと思って持って来たのです。食べませんか。

この人の言う事は、一ツ一ツが何か思わせぶりな言いかたにきこえてくる。本当はいい人なのだけれども、けちでしつこくて、する事が小さい事ばかり、私はこんなひとが一番嫌いだ。」

率直である。

こんな詩も書かれてある。長いけど紹介したい。

「それはどろどろの街路であった

こわれた自動車のように私はつっ立っている

今度こそ身売りをして金をこしらえ

皆を喜ばせてやろうと

今朝はるばると幾十日目でまた東京へ帰って来たのではないか。

どこをさがしたって買ってくれる人もないし

俺は活動を見て五十銭のうな丼を食べたらもう死んでもいいといった

今朝の男の言葉を思い出して

私はさめざめと涙をこぼしました。

男は下宿だし

私が居れば宿料がかさむし

私は豚のように臭みをかぎながら

カフエーからカフエーを歩きまわった。

愛情とか肉親とか世間とか夫とか

脳のくさりかけた私には

みんな縁遠いような気がします。

叫ぶ勇気もない故

死にたいと思ってもその元気もない

私の裾にまつわってじゃれていた小猫のオテクサンはどうしたろう

時計屋のかざり窓に私は女泥棒になった目つきをしてみようと思いました。

何とうわべばかりの人間がうろうろしている事よ!

肺病は馬の糞汁を呑むとなおるって

辛い辛い男に呑ませるのは

心中ってどんなものだろう

金だ金だ金が必要なのだ!

金は天下のまわりものだっていうけど

私は働いても働いてもまわってこない。

何とかキセキはあらわれないものか

何とかどうにか出来ないものか

私が働いている金はどこへ逃げて行くのだろう

そして結局は薄情者になり

ボロカス女になり

死ぬまでカフエーだの女中だのボロカス女になり果てる

私は働き死にしなければならないのだろうか!

病にひがんだ男は

お前は赤い豚だといいます。

矢でも鉄砲でも飛んでこい

胸くその悪い男や女の前に

芙美子さんの腸(ハラワタ)を見せてやりたい。」

Photo_2

これは林芙美子の自画像である。

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