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2018年8月27日 (月)

唐の映像

結局、唐さんは4日かかってようやく作品が完成した。

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壁にステイトメントを貼ろうかという話をしていたので、文章はもう出来てるの?と訊くと、これから書くということだったので、それならステイトメントは必要ないとわたしは指示したのだった。

唐さんの作品は、とてもシンプルで、「見ればわかる」という種類の作品なので、よけいな説明は要らないのである。

プロジェクターを3台使って3つの映像を同時に流している。

一番大きなサイズのものには、住宅街のような風景が映っている。ここは京都の嵐山だそうである。道の周りには家や畑や樹木などのなんでもない風景が映し出されていて、唐さんはゆっくり歩きながらそれをを撮っているのだが、普通の撮影方法と違うのは、それが後ろ向きに進んでいるという点である。これは映像を逆に送っているのではなく、唐さんが後ろ向きに歩いているのである。ちょっと不思議である。後ろ向きに歩いているというだけで、面白い映像になっていて飽きない。車の後部座席に座ってリアウィンドウから後ろを見ているあの感じである。

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後ろ向きになって住宅街を撮影している情景はとても「怪しい」。変な目で見られることが多かったそうである。後ろ向きにカメラを覗きながら進むので「危ない」。だれか先導してくれる人を頼んでの撮影になったらしい。カメラはスマホである。立派なカメラを使わなくても、これだけの映像が撮れて作品になってしまうのが現代だな。

二つ目の小さいサイズの画面にもおなじような風景が映っているのだが、こちらのほうは少しスピードが感じられる。街中の同じルートを、今度は横向きになって撮影したということである。電車に乗って、ベンチシートに座って、そとの風景を見ているのと似ている。風景はどんどん流れていく。

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そして3つ目の画面には空が映し出されている。こちらは、画面を細長く絞ってスリット状にしてあり変化をつけている。空は遠くにあるので、動いているようには見えないのだが、ときどき電線が通過するので撮影者が動いているのがわかる。

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後ろ向きで移動していくと、次にどんな風景が現われるのかわからないので、わくわくしながら見ることになるのだが、それよりも唐の作品は同じ位置と同じルートから、複数の視点を向けているというところが肝要だろう。キュビスムの視点と似ているが、キュビスムと違うのは、ある一つの対象に対しての視点ではなく、いろいろな方向に拡散する視覚であるところである。拡散することによって、ある対象に集中するのではなく、視点がさまようことで、逆に自分の立ち位置が強烈に意識される。私は何処にいるのだろう。ここは本当は何処なんだろう。

視点は3つだけでなく、地面を写したり、斜めを写したりして、さらに多声的(ポリフォニー)な表現になることを予感させる。

多声的なのは映像だけでなく、唐が映像といっしょに流している音も、いろいろな音を重ねて重層的な表現になっている。鳥の鳴き声、地震の音、ピンポンゲームをしている音声などが重ね合わさっているのだ。

唐の映像は、単純明快なのだが、われわれに考えさせる内容が複雑で込み入っている。それは、われわれ自身の存在の不確かさや不安を思い出させてくれるという点で貴重である。

もともと唐さんは絵画専攻なので、絵も描くし、写真も撮るのである。

「happning 1」 紙にインク 15×21cm 2018 ¥15,000

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「Taipei cocnut palm」 写真 19×21cm 2018 ¥20,000

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