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2018年8月13日 (月)

25年前の作品

山形に2泊で帰省して帰ってきた。

新幹線の座席のポケットに「トランヴェール」という冊子が入っていて、無料なので持ち帰ってもいいのであるが、その8月号に「宮城は、漫画・アニメの舞台装置だ!」という特集が組まれていて、いがらしみきおの漫画が載っていて、それがよかった。

昔、わたしが中学校の教員をしていたときに、美術の授業で「空想画」という授業をやったときに、4時間連続で講義をした。実技なしで、話だけで4時間である。当時のわたしの学校は、校内暴力全盛期で、座って話を聞くだけで我慢できない不良学生ばかりで、教室から出て行かないようにするだけで大変な労力を要するのだったのだが、わたしも20代で若かったから、こんな無謀ができたのかもしれない。

「君たちは何もしなくていいから。ただ話を聞いているだけでいい」

とわたしは言い、シュールレアリスムの詩を読んだり、いろいろな小説の部分を紹介したり、画集を見せながら解説したりした。漫画の紹介もした。つげ義春の「ねじ式」を読んで聞かせた。漫画であるが、絵は見せないで、ト書きや吹き出しのセリフをただ読んだのである。これはウケないかもしれないなあ…と不安だったのだが、読み始めるとなぜか、みんなとても静かに聞いていて、こっちがびっくりしてしまったことを憶えている。漫画のセリフだけを「聞く」というのは案外楽しいのかもしれない。「ねじ式」の漫画はそのあと、まわし読みをした。

いがらしみきおのトランヴェールに載っていた漫画もここにセリフだけ抜き出してみたい。「宮城は、」というタイトルの、6ページの短い作品である。

「私は旅行好きというわけではない。

仕事でもないとどこにも行かない人間である。

七夕祭りの時など

混雑に恐れをなして

街に出ないし

笹かまのメーカーの数を聞かれた時は

デタラメを言ったし

5つぐらいじゃないスか

仙台で一番おいしい

牛タン屋を聞かれても

答えられなかった。

さあ~

どこなんスかね~

宮城に生まれ

今も仙台に住んでいるが

宮城のことをよく知っているわけでもない。

今年行った浅草は

「浅草」というテーマパークのようだった。

そのあと行った大阪も

ここは「大阪」という

テーマパークだと思った。

では宮城はどうだろう。

宮城はなんのテーマパークだろう。

日本の夏というと

お盆だ。

私もお盆になると

お墓参りのため

田舎に帰る。

その時に通る道は

日本の里山そのもので

いつもいつも通るのが

楽しみである。

私の実家のある加美町には

橋を渡って入る。

その下には子どもの頃に

泳いだ鳴瀬川。

町は高齢化が進み

商店街もさびれて久しい。

もうなくなってしまった

あの家やあの人だらけ。

両親もすでに他界し

長兄の家族しかいない実家。

そこに埼玉にいる次兄の家族と

私の家族は毎年お墓参りに帰る。

お盆になると兄弟3人の家族が

そろう家などすでに田舎でもめずらしい。

こんにちは~

お~~

いつだったか次兄に

なぜ毎年お盆に帰って

来るのかと聞いたら

お盆だから

と言われた。

ひと通り話をするとやることが

なくなるのも田舎ならではだ。

そうなると嫁さんと娘を誘って

町をひと回りして来る。

農村地帯の中を

満々と水をたたえて流れる

用水路を見ているだけで涼しくなる。

夏の記憶は水の記憶だ。

鳴瀬川の堰を見に行く。

春に来た時はこの堰の水辺で

UMA(未確認動物)のようなものを

見つけた。

なんだかわからないものが

ゆらゆら揺れて

目がピカピカ光っていた。

夕方になるとお線香の煙が

ただようお寺でお墓参り。

晩ごはんは毎年同じ料理を食べる。

そして夜になると私の家族は

ふるさとを後にする。

来た時と同じようにあの橋を

渡って帰るのだ。

宮城は、

「宮城」のテーマパークだと思う。」

今度の年賀状用に「雪」という短い文章を書いた。来年の年賀状として送る予定であるが、その中に、私の昔の作品が出てくるのだが、今、その作品は山形にある。なぜ山形にあるのか、それは「雪」を読んで欲しい。

ガレージに置いてあるのだが、どんなふうになっているか見てみた。

Photo

ちょっと暗くてわかりづらいが、2m×2mの紙に描いたものである。鉛筆だけで描いてある。額に入れてある。額は220cmあるはずである。25年以上前の作品である。

ビニール1枚で包んであるだけだが、大丈夫なようである。

Photo_2

この作品の「行き先」も考えなければならないが、いい案が浮ばない。

だれか貰ってくれるひとはいないだろうか。

田舎のお寺が引き取ってもいいようなことを言っていたが、あれはどうなっただろうか。

山形美術館の学芸員に相談してみようかとも思っている。

Photo_3

夏はまだ続く。


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コメント

吉岡先生の美術の授業は、不思議な時間でした。でも、あまり覚えていません…。残念…。

投稿: のび | 2018年8月14日 (火) 19時48分

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