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2018年7月12日 (木)

トナリテ②

先週のことだが、展覧会の案内と見られる封書が届いた。中を見ると、日中平和友好条約締結四十周年記念-日本現代アートとの対話、となんか仰々しい言葉があり「Dialogue with Contemporary Jaoanese Art 2018展」というのが展覧会のタイトルである。

へえ、どれどれと読み進むと。10月に虎ノ門にある中国文化センターで開催されるようである。開会式 10月9日(火)15:30~とある。

作家名が書いてある。中国人の作家が6名列挙されていて、その下に日本人作家の名前もあった。

上條陽子。へえ、上條さんが出すんだ。

菊地武彦。菊地さんて、多摩美の先生のあの菊地さんだよね。

タシロサトミ。知らない作家だ。

日影眩。え?日影さんも?

柳井嗣雄。柳井さん元気かな。

最後に、吉岡まさみとある。え?え?おれも出すの?

知らないうちに自分の名前があったので驚く。

よく見返してみると、展示作家予定と書いてある。

「予定」なのだ。つまりこの案内状は、出品依頼のプリントであることにやっと気づく。

そういえば、以前、中国の作家がステップスに来たときに、今度交流展をやるから出品して欲しいといわれたような記憶がある。あのときは、そうですねえ…と曖昧な返事をした。

王暁鳴さんという作家らしい。

わたしは日影さんに電話して、日影さんは出品するの?と訊いてみた。

「日影さんが出すなら出そうかなと思って」

「おれが出さなかったら、出品しないの?」

「いや、そういうわけではないけど…」

とわたしはまたまた曖昧な答えをしてしまう。

王さんに、参加しますというメールを送る。

出品作家が面白そうだから、楽しいかもしれない。

4メートルの壁に3点と書いてあったから、旧作のスクラッチドローイングを出そう。

「トナリテ」について、クレーの文章をまた見つけた。なるほど、クレーはそういう意味で使っていたんだねと納得する。

「私が基本的にいつもやっているように、表現しようとする手の動きをペンが記録することをグラフィックと呼ぶならば、それはトナリテや色彩の扱いとは全く異なったもので、暗がりでも、真っ暗な夜にでも、この技法をモティーフとして行使することは可能だ。

トナリテ(明から暗への動き)には少しの光が、そして色調には光がたくさん必要なのだが。」

あるギャラリーからクレーに届いた手紙と、それへのクレーの返信が面白かった。

「ヴィンタートゥール、1910年11月21日、ベルンの画家クレー様。

11月15日から、貴殿の作品を私どもの画廊で展示しております。遺憾ながら申し上げますと、入場された方々のほとんどが、貴殿にとりましてあまり有利ではない意見をお持ちのようで、何人か有名な方々からも、展示を取り止めてはどうかとご意見を頂きました。このような状況ですので、どうしたら良いものか、すぐにも指示を頂けないでしょうか。あるいは、私どもを通して、展覧会にいらした方々のために作品の説明を送って頂けないでしょうか。色よいお返事をお待ち申し上げております。敬具。ツム・ホーエン・ハウス画廊」

「拝啓、お困りとは遺憾です。しかし、優れた芸術家がときには観衆と意見を異にするということを、美術の専門家として聞いたことがおありになるはずです。我が身を他の誰かに喩えるということは控えたいのですが、例えば有名なホードラーという名を挙げれば、おわかりでしょう。その名の持ち主は、いまではそれでも利益を上げています。作品だけでなく、説明まで送りつけるような芸術家は、自分の作品を信頼していないと言えるでしょう。その役目は、美術評論家のものです。『新チューリッヒ新聞』300号、1910年10月30日の一面にあるトローク氏の評論をお読みください。取り決めました展覧会の期間が過ぎましたら、バーゼルのクンストハレに作品をお送りください。敬具 Kl」

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