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2018年5月25日 (金)

中村ミナトの幼少時代

5月25日(金)

「なぜ美術を選んだのか」のトークショー6回目の最終回。

昼過ぎに藤本均定成さんからメール。今日のトークは仕事で行けなくなってしまった。それで、ぜひ聞いておいてほしいことがある、とのこと。幼少時、ミナトさんは絵を描くことと、工作などをすることで、どっちが好きだった?と聞いてほしい。

トークの冒頭にわたしはこの質問をしてみた。ちょっと考えて、ミナトさんは、工作かな、と答えたのだった。

小学生のころはよくできた子で、成績は全部よかったとのこと。バレエ、英語、ピアノ、お絵描きと習い事をたくさんさせられて、とても嫌だったそうだ。マドンナと呼ばれていたそうで、成績がよくて可愛いかったからかもねと答える。

小学生のころは優等生だったが、中学校に入ってからは成績はどんどん落ちて、中学・高校時代は空白の6年間だったのだそうである。何にもしなかったそうである。

大学は、美術なら出来るかもしれないと考えて、デッサンを習いに行った。美術大学は武蔵美だけを受けて合格した。武蔵美なら受かるかもと思ったのだそうである。なぜ彫刻科にしたのかというと、テレビでイタリアかどこかの彫刻家の番組を見て、かっこいいと思ったから。絵は面倒くさいと思ったそうである。具象彫刻ばかり作っていて、金属の抽象彫刻になったのは大学を卒業してからだそうである。

トークのあとは、バルコニーでビール。今日はビールにぴったりの陽気である。

Photo

6回のトークは全日晴天に恵まれて、とても楽しい飲み会ができた。

いやあ、やっと終わったなあ。振り返ると、かなりムチャな日程だったような気がする。わたしはもうへとへとである。

パーティーではわたしはほとんどお酒を飲まないようにしているのだが、今日は最終日なので、ビールをごくごく飲んでしまう。

わたしはがんばったのである。

なにも知らずひょっこりやってきた浜田浄も無理やり座らせて飲ませる。

こうやって、わたしの思いつきの企画に乗ってきてくれる作家たちって、本当にありがたいものである。

30年以上前に、全く無名だった(今も同じだけど)わたしがグループ展を企画して、そのころ勢いのあった大活躍中の作家たちに、ダメもとで参加を呼びかけたら、わたしよりかなり年上だったはずだが、全員参加してくれたときのことを思い出した。それをトークで言ったら、「そんなに年上ではないでしょ」とミナトさんに睨まれた。

明日は、搬出があり、佐藤全孝展の搬入がある。搬出は時間がかかりそうだし、ミナトさんの搬出は日曜日になるので、全孝さんの搬入も半分は日曜日にやろうかなと思っている。

Dm

全孝さんは体調が思わしくないので、大丈夫かなあと心配なのだが、本人は、会期中は毎日来ると言っている。無理はしないほうがいいんだけどな。

作品は気合が入っていて、迫力のある画面を見せているので、展示もがんばらなくてはなあ。

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