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2018年5月27日 (日)

佐藤全孝の違和感

5月26日(土)

「なぜ美術を選んだのか」最終日。

いやあ、長かったなあこの2週間。

疲れがたまってくると、眠くて目を開いていることが難しくなってくるね。

企画は面白かったんだけど、実際にやってみると、緊張と疲れでどうしようもなくなってしまった。トークはみんな面白かったと言ってくれたのでよかったんだけどね。

ビデオはどうなるかなあ。州崎君が編集してくれるけど、音声がどの程度入っているのかが心配である。これは貴重な資料になるかもしれない。

搬出をしに来たのは倉重光則。自分の作品を撤去して、明日は個展のために仙台まで車で行くようである。

佐藤全孝さんの搬入が始まってから、菅沼緑さんが現れる。作品を持って新幹線で花巻まで帰るのである。

全孝さんの搬入は、大体の位置を決めたらあとは明日でいいかなと思っていたが、並べてみたら、今日中にいけそうなので、やっつけてしまうことにする。

全孝さんは大きな作品を12点持ってきたが、わたしは多すぎると判断して、4点を持ち帰ってもらう。

「この旧作もいっしょに並べてみたいんだけど…」

「ダメ」

予備校時代の恩師にわたしは厳しいことを平気で言ってしまう。

息子さんと、たまたま残ってくれた萩谷将司君に手伝ってもらい、釘を打つ。わたしはかなり展示にうるさいし、ミリ単位で長さを測りながらやっていたのだが、最近はメジャーも使わずにいきなり適当な場所に一本釘を打って、もう一本も隣に目見当で適当に打つ。でね、作品を掛けてみると、ぴったり水平だったりするわけよ。これが快感なのである。プロだねえ。

こんな感じになる。

Photo

この赤い作品は高さを少し違えて変化をつける。

Photo_2

Photo_3

全孝さんは、今回の個展のためにテキストを書いて印刷して持ってきた。その冒頭は

「子供の頃から漠然と感じていた周りの世界に馴染めない違和感がありました。」

馴染めないままずっと生きてきたのである。その辛さが伝わってくるのだが、しかし作品はそこを飛び越えつつあるのではないかと予感させる。

開き直るしかないのである。

トーマス・マンは「魔の山」のなかでこんなことを言っている。

「慣れないことに慣れていく」

慣れないという状態に慣れていくということで、「慣れない」とは全孝さんの「馴染めない」と同じことであろうと思う。

なんかとても深いのである。

「鏡のなかなら… 「祭壇」の習作 No.1」 キャンバスに油彩 116.7×116.7cm 2018 ¥400,000

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「遠い日、いつか、いつも見ていたような気がする 白い時間… No.1」 キャンバスに油彩 91.0×91.0cm 2018 ¥300,000

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「鏡のなかなら… 「祭壇」の習作 No.3」 キャンバスに油彩 116.7×91.0cm 2018 ¥350,000

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「遠い日、いつか、いつも見ていたような気がする 白い時間 No.6」 キャンバスに油彩 45.6×53.0cm 2018 ¥80,000

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5月27日(日)

今日もギャラリー。

午前中に中村ミナトさんが、作品を運び出す。

わたしは、全孝さんの作品リスト作り。壁の補修。木嶋さん、日影さん、十河さんの作品を梱包する。これだけでかなり時間がかかってしまう。体力もなくなっているし、すぐに疲れてしまうので、休みながらゆっくり行なう。

午前中にギャラリーに来たのに、もう午後6時である。

いやあ、でもなんとか乗り切っていかなくてはなあ…

全孝さんは半年入院していたのに、こんなにたくさん作品を描いて、明日からは毎日ギャラリーに詰めると言っているがどうなるのかはわからない。遅く来て早く帰ってねとは言ったのだが… 


 


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