« 行く | トップページ | 地獄の搬入 »

2018年4月12日 (木)

忙中閑なし

4月11日(水)

花粉症で夜中にも鼻水が止まらず、寝不足が続いている。今日は休みなのだが、女子医大の診察があって、その前に髪を切る予約もしているので、いつもと同じ時間に起きなければならないのである。つらい。

とりあえず銀座に出る。「ねぎし」牛タンのランチを食べる。美味しいが、仙台の牛タンと較べるとやはり物足りない。仙台は、厚切りだから、満足度が高いな。ねぎしは、御飯のおかわり自由である。店員は、御飯のおかわりが自由であることをしつこく客に宣伝する。おかわりさせたくてしょうがないような感じである。おかわりを頼むと、おおきな声で「おかわりいただきましたー!」と叫ぶ。どうだ、おかわりさせたぞ、とどや顔である。

ねぎしの御飯の量は微妙で、1杯だけだと低血糖になる気がするし、おかわりをすると食べ過ぎになってしまうような気がするのだ。きょうの1杯はいつもよりもちょっと多いようだったので、おかわりはしないで済んだ。

銀座駅で日比谷線に乗って築地で降りる。ねぎしから美容院「上松」までは15分で来ちゃうな。12時からの予約で、12:30にはカット終了。今日はわたしがかなり疲れているのがわかったらしく、担当の上野さんは、「がーっと短くしちゃっていいですか?」と言っただけで、わたしに話しかけるのを遠慮していた様子である。

いやあ、髪を切ると気分がいいなあ。

急いで電車に乗り、曙橋から女子医大まで歩く。遅れたかなあと思っていたが、時間通りに到着した。

1時間待って診察。今日は杉山先生だった。20年以上前から知っている先生なので、気楽だったが、この先生はおしゃべりなのでちょっと疲れる。

「今朝寒くなかった?わたしは静岡だからさ、凄く寒かったんだよ。あ、静岡のどこかって?サファリパークのすぐそばだよ」

杉山先生は静岡で開業しているのかな。で、ときどき女子医大にも来るのである。

「菊池先生どうしてるかしら?」

菊池先生って誰だっけと考えたら、あ、そうか、柴垣先生のことだ。柴垣先生は、元わたしの主治医で、いまは新宿の眼科で週一で診察に出ている。柴垣先生は2回名前が替わっている。

「そうよねえ、みんないろいろあるわよねえ。わたしなんか○○病で(聞き取れない)手がものすごく腫れちゃってさ、眼注もできなくなっちゃったのよ。整形外科にいったら、年でしょうとか言うのよ。失礼だわ。あたしだってね、ダテにぶどう膜をやってきたわけじゃないのよ」

といきまく。

ぶどう膜の解説をしなくちゃならないかな。ぶどう膜というのはぶどう膜炎という網膜の裏にある組織に起こる病気で、外傷でもおきるが、ほとんどはベーチェット病などの自己免疫疾患で起こるのである。自己免疫だから、ぶどう膜炎を専門にすると、眼科以外の勉強もしなくてはならないので、大変なのである。免疫学ってすごく難しいので、免疫を選ぶドクターは少ないのである。免疫やぶどう膜を専門にするというのは、ちょっとレベルが高いというわけなのである。で、杉山先生のダテにぶどう膜を発言となるのであった。

わたしは、診察を受けているというよりも、先生の話を聞いてあげている状態なのである。

次の診察は豊口先生である。

「豊口先生、きょうは患者さんが詰まってるから、かなり時間かかるわよ」と脅されて一旦診察室を出る。

とにかく疲れと眠さで調子がおかしくなってきている。

待っている間に、森鷗外『雁』を読むが、お玉さんの家の鳥かごに入った蛇を岡田が退治したところでギブアップ。眼をつむってうとうとしてしまう。

豊口先生の診察も終わり、薬局に寄って目薬をもらって家路に着く。どこか喫茶店にでも寄って休んでいこうかと思ったが、なんだかそういう元気もない。

家に着いて晩御飯も食べずに寝てしまった。

疲れているのである。

このところ、わたしは忙しい。ものすごく忙しい。こんなふうにブログを書いている場合ではないのだ。でもブログに逃げ込んでしまうんですね。

来週からArt Cocktail 展なのであるが、現在キャプション作りで忙しい。みんなけっこういい加減なので疲れるのである。

5月にやる「なぜ美術を選んだのか」というグループ展も、わたしはちょっと後悔している。2週間の間にトークを6回というのは、無謀と言っていいだろう。その間に、山形東高の同窓会も入っている。

ブランカさんの写真のカットもやらなくてはならない。彼女の写真は大きくて、余白がありすぎるので、余分な部分を切らなければならないのだ。このカットがとても気を使うので疲れるのである。

自分の作品も仕上げなくてはならないし、6月までは、息がつけないようである。

こういうときは、気分転換で読書に逃げ込むしかない。

買おうかどうかずっと悩んでいた本をついに買う。

中村真一郎 『頼山陽とその時代』上・下(ちくま学芸文庫)

Photo

まさか、わたしが頼山陽について読むとは想像できなかったのだが、中村真一郎の「まえがき」を読んだだけで、これは読まなくては、と決心したのだった。

「四十歳を過ぎた頃、私は一時、古人の伝記類を来る日も来る日も読み漁って過したことがあった。疲れると散歩に出、帰ってくると、また直ぐ長椅子のうえに横になって、読みさしの頁を伏せてある本を卓上からとりあげて、暗くなるまで読み続けた。そうした生活がほぼ一年ほど続いた。」

こういう文章にわたしは弱いのである。

|

« 行く | トップページ | 地獄の搬入 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/576487/66602727

この記事へのトラックバック一覧です: 忙中閑なし:

« 行く | トップページ | 地獄の搬入 »