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2018年2月27日 (火)

バーボヴィッチ論

バーボヴィッチのテクスチャー

吉岡 まさみ


 まるで写真のような絵だね、という言い方はよくあるし、それに該当する絵画作品もあり、わたしたちはすぐに頭の中にそのイメージを思い浮かべることが出来る。その逆はどうであろうか。絵のような写真ですね、という実例に出会うことはなかなかないかもしれないのだが、数多くの写真作品の中には絵としか思えないような写真も少数ではあるが実在する。ドラガン・バーボヴィッチの今回の個展「LIFEBETWEEN IS GOING ON」(201831日-10日/Steps Gallery)の作品も、まるで絵のような写真ということが出来るだろう。

 今回の写真は、ベオグラードを走る電車の車窓とその中の人物を撮ったものであるのだが、写真特有の刹那感や、時間を切り取るように一瞬を捉えるという姿勢とはまったく別の制作(撮影)方法を採用していると思われる。

 たとえば、ロバート・キャパの戦争を追った写真や、芸術家の日常を撮影した作品。それは、世界の切迫した瞬間をファインダーのなかに捉えて、緊張しながらシャッターを切る。その写真はその内容と相俟って迫力満点の画面を見せてくれる。そして人生の儚さとかけがえのない瞬間とを伝えてくるのである。一方、バーボヴィッチの写真はどうかというと、電車の車窓を撮ったのであるから、電車はやがて発車してしまうし、人物は窓の中でポーズを取り続けてくれるわけでもないわけだから、少ないシャッターチャンスを生かして時間と戦いながら撮影しているにもかかわらず、その画面は不思議に静寂に包まれて、穏やかな表情を見せるのである。一瞬を捉える写真なのに、ずっと以前からそこに人物が座っているかのようであり、これからもずっとそのままそこに存在して、時間だけが経過していく。そしてやがてまるで彫刻のように無言で彼方を見つめ続けるのである。

 なぜ、こういう不思議な画面になっているのだろうか。

 ドラガン・バーボヴィッチは、1954年、セルビア共和国生まれで、弁護士をしている。写真家でもあるので、二足の草鞋を履いていることになる。写真は決して趣味というわけではなく、セルビア国内、国外でも個展を開き、様々な賞も受賞している。カメラの技法書も出しているほどのテクニシャンでもある。

 彼の今回の作品も独特の技法を駆使して撮影しているのだが、その一番の特徴はテクスチャーにあるのではないかとわたしは見ている。

 テクスチャーの説明を簡単にする。

 肌触り、質感の意味であり、いろいろなジャンルで使われる言葉であり、美術の世界でも、テクスチャーを作る、というふうに使われる。つるつるとかざらざら、ごつごつ、でこぼこといった触覚的な効果のことである。絵画で使われる言葉であり、写真では使われることのない単語かも知れない。

 ミニ知識。テクスチャーは英語でtextureと書く。texttextileなどという言葉と兄弟である。テキストというのは文章のことであるが、もともと織物という意味である。テキストというのは言葉を使った織物というわけである。テキスタイルも織物、あるいは布という意味であり、布や繊維を使った作品のことをテキスタイルと呼ぶようになったわけである。布の肌触りがテクスチャーであり、一般的に作品の手触り感をテクスチャーと呼ぶわけなのである。

 そもそも写真には質感というものは乏しく、イメージだけが紙の上に定着されている。何がそこに写っているのかということが重要であって、絵画のような質感を要求されないのが普通であるが、バーボヴィッチの写真には不思議な質感があるのである。これは彼の卓抜したカメラの技法がなせる業であり、どのような方法でこういう質感を出しているのかは分からないし、訊いても教えてはくれないだろう。

 テクスチャーがもたらす効果は絶大で、われわれに画面を注視させて、目が離せなくなるのである。それは写真のイメージを超えて、実在のモノとしての画面を現出させて、写真を絵画に変化させるのである。

 バーボヴィッチはいつもこのような技法を使うわけではない。テクスチャーをもつ絵画のような画面は、今回のテーマである「人生」に必要な技法として彼は選んだはずなのである。

 車窓という移り行く情景のなかに、人生という移ろい行く流れをわたしたちは見ることになる。


補遺
 タイトルのLIFEBETWEEN IS GOING ONLIFEBETWEENという言葉はバーボヴィッチの造語である。もともとセルビア語のタイトルがあるのだが、その言葉に見合った英語がなかったのである。では日本語ではどうかというと、これも見当たらないのである。セルビア語に堪能な日本人に聞いても、日本語が使えるセルビア人に聞いても、この言葉に相当する日本語はないそうである。

タイトルの意味を考えながら作品を見るのも一興かもしれない。

Photo

 

 

 

 

 

 

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