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2017年12月27日 (水)

ちょい残し症候群

終わりごろになって、ちょっとだけ残してしまう、ということはないですか?

あと一口だけ、という段になって、どうしても最後まで辿り着けないということはないですか?

え?なんのことかって?

食べ物のことですよ。ご飯とかパンとかをちょっとだけ残してしまうあの癖のことです。

わたしはこのところ、まあ、年をとってからということですが、食べ物をちょっとだけ残してしまうのです。

たとえば、トーストを食べていたとしますね。最初は勢いよく齧っていて、途中でコーヒーを啜りながら調子よく進んでいるのですが、最後の一口、ほんとにあとちょっとで食べ終わるというときになると、突然食欲が失せてしまうのです。あと一口が食べられなくなってしまうのです。お腹一杯感が突然訪れて、フードファイターが、もう喉まで食べ物がつかえて、一杯でダメです、ギブアップです、というあの状態に陥ってしまうわけなのです。どうしても食べられないのです。ご飯の場合も、やはりあと一口のお米を口に入れることができなくなってしまうのです。ピザだったら、最後の一切れを半分齧ったら、そのときが急にやってくるわけです。ラーメンの場合はあと数本の麺が喉を通らないということが起こるわけです。

こういうことって、みんなありますよね?ちょい残し。

え?ないの?

うそ… あるでしょ。

東北地方では、茶碗のご飯を全部食べないで、最後の一口を残すという風習があります。たぶんあったような気がする。東北地方だけではないかもしれない。最後の一口は「神様のために」残すわけです。お供えですね。

中国では、食事に招待されたら、お皿の料理を全部食べてしまってはいけません。ちょっと残すのです。それが正しいマナーなのです。もうお腹一杯です、充分いただきました、ありがとうございます、という気持ちをそうやって表わすのですね。全部食べちゃうと、料理が足りないぞ、けちだなあということを表現してしまうことになってしまうわけです。

わたしのちょい残しは、この風習やマナーとは関係がありません。純粋に生理的な現象なわけです。

ちょい残しは、食べ物にかぎったわけではありません。わたしの場合は、読書にもその傾向が現われたりします。小説を読んでいて、お、そろそろ話が佳境に入ってきたぞ、どのような結末になるのだろうとどきどきしているときに、突然読みたくなくなってしまう、という不思議な気分が襲ってきたりすることがしばしば起こります。

あるいは、いままでじっくり読んでいたのに、終わりに近くなると、途中を飛ばしたり、急いだりして慌しく読了ということになってしまうわけです。

その理由はわかりません。

カズオ・イシグロの『日の名残り』を読み終わってしまったので、つぎに買ったのはこの3冊。

西脇順三郎 『野原をゆく』(講談社文芸文庫)

夏目漱石 『漱石紀行文集』(岩波文庫)

カズオ・イシグロ 『夜想曲集』(ハヤカワ文庫)

Photo

この3冊もちょい残しになってしまうのでしょうか。

さて、今年も残り4日。

特に仕事はもうないので、この4日間もちょい残しになってしまいそうです。

ブログも今年はこれで終了させていただきます。

来年は1月6日か7日ごろ再開する予定でいます。

では、みなさん、よいお年を!

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