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2017年6月 8日 (木)

劉生の個展

ステップスギャラリーの向かいのビルは完成してだいぶ経つのに、1階から3階はお店が入ってなくて、いったいどうするんだろう、といらぬ心配をしていたのだが、昨日、ビルを見たら、イッセーミヤケが入ると掲示してあった。

Photo_3

わたしは勝手に、家賃が高いから、誰も入る人がいないんじゃないかと思っていたのだが、そういうことだったのね。イッセーミヤケなら難なく家賃を払えるのだろう。

ステップスはグッチの隣です、と言っていたのだが、これからは、イッセーミヤケの向かいです、と言うこともできるようになったわけである。7月1日がオープンらしい。

前回、岸田劉生の個展が一週間だけだったと書いたが、『劉生日記』(岩波文庫)を読んでいるからわかったのであった。井伏鱒二『夜ふけと梅の花 山椒魚』(講談社文芸文庫)といっしょに買った。

Photo_4

面白すぎて止まらない。

神田で個展をやったときは一週間だったらしい。次の年は5日間の個展を開いたようだ。今われわれがギャラリーで個展をやるのとあまり変わらないようである。

一週間だと短くて、都合が合わなくて来れない人も居るだろうから、2週間やりたいという作家も居るが、そもそも都合が合わなくて来れないという人には来てもらわなくていいのである。個展は、どうしても見たい!という人が来れば良いのである。都合が悪くて、という人は、その人の個展はそれほど重要と考えていないだけのことである。この展覧会は見なくてはいけないと思ったら、最優先で仕事を休んででも来るものである。

劉生の個展でも、いつも作品が売れたわけではないらしい。劉生は当時はすでに大御所だったわけであるが、作品を買ってくれるのは、知り合いと、いつも作品を買ってくれる「パトロン」だけだったようである。

知り合いしか作品を買ってくれなくて、こんなんでどうするのか?という作家も居るのだが、いったい何様か。知り合いも買ってくれない作品を知り合いでもない誰が買うというのか。こういうやつの作品は知り合いにも売れないのである。

劉生の作品が売れなかったのには2つの理由が考えられる。一つは、当時の(今でもそうだが)一般の人にとって、絵を買うというのは、一部の特権階級がするのであって、われわれ庶民には関係のないことである、という雰囲気があったのではないか。もう一つは、劉生はすでに有名作家であったわけなので、一般の人には手の届かない高価な買い物だったのではないだろうか。ちなみにこのとき劉生は30歳である。

劉生の個展の最終日の日記を紹介したいと思う。

大正九年

11月18日(木) 晴

昨夜の雨は晴れて、今日はまたいい天気となった。展覧会最後の日なので上京。

停車場で余の展覧会の批評がもしかしたら出ているかと思って『万朝』見たら出ていたので買う。批評は少々不愉快のものなり。会場に行けばやはり売約は一点もふえていずがっかりする。しかし、入場者は一日二百人平均にて、千三百人を超えていると聞き驚き喜ぶ。結局千四百六十人、招待者入れて千六百人は来た由、かかる事は余のみならず個人展覧会としても稀なる事ならん。

横浜の原善一郎、太三郎両君が来て善一郎君は水彩の「村娘肩掛」と、油の「鵠沼の路傍」、太三郎君は「新緑風景」を買約、

もうないと思っていたのに俄かにバタバタと三点も売約があったのですっかり元気になる。

…」

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