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2017年2月27日 (月)

小出恵理奈のリリシズム

今日から小出恵理奈展スタート。

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先週、わたしは、小出の作品は本格的である、と言った。どこがどういう風に本格的であるのか、説明をしなくてはならない。

小出は若手作家には珍しく、純粋に抽象画を描き続けている。それだけでも貴重な存在なのであるが、今回の作品は今までの彼女の作品とも大きく飛躍していて、全く新しい段階に入っているのではないかとわたしは評価しているのである。

「本格的」を説明するために、絵画とイラストはどこが違うのかという話から始めてみたい。少しややこしくて難しいことも言うかもしれないが、我慢してついて来て。ついて来れないかたは遠慮なく脱落してください。

イラストで表現するときの主眼というか目的というのは、そこに描かれているモチーフ、あるいは図像というものを見る人に伝えるというところにあるはずである。ところが絵画においては、必ずしも図像で何かを伝えるということが一番の眼目ではない。

たとえば、イラストで林檎を描いたとする。描き手は、その林檎の美しさや匂い、味までも表現するように心がけて、林檎の持つ魅力を伝えることになるだろう。

ところがこれが絵画の林檎だと、話が少し違ってくる。作者は、林檎の置かれたテーブルとか布とか、その場の状況や雰囲気を表すことに腐心していて、林檎そのものの魅力を伝えようとはしないのである。たとえばセザンヌの描く林檎では、セザンヌがどうしても林檎を描きたかったというわけではなく、林檎を使って、他のメッセージを伝えようとしているのだ。

では何を伝えようとしているのかというと、それは「空間」なのである。

われわれの生きている現実の空間を描きながら、現実とは違う独特の空間を描き出すのが絵画なのである。

イラストは、結果的に面白い空間を作ることがあるかもしれないが、あくまでも何が描かれてあるかが重要なのであって、どう描かれているかは2番めの目的なのである。

イラストと絵画はどっちが上か、という話ではない。モチーフをどういう風に扱うのかという違いがあるだけなのである。

シュールレアリスムの絵画は、その不思議さによって、独特の絵画空間を現出させて、我々をその空間に誘い込む。キュビスムの絵画は、視点の移動や圧縮や単純化によって、これも独特の空間を生み出して、現代のわれわれの住む空間を再認識させる契機にもなっている。

絵画とは、新しい空間を作り出すことなのである。

もちろんこれはあくまでも美学的な問題であって、一般の人が、絵画から受け取るメッセージは多様であるに違いない。絵画から、人生の楽しさを味わったり、慰めを貰ったり、パワーを感じて元気になったりすることを妨げるものではない。

しかし、美学的に見た絵画の構造分析は、それはそれで一つの楽しみになるのである。

小出の絵画は、新しい絵画空間を作ろうと努力をしているという点で本格的である、ということなのである。

「too much play」 綿布に油彩 130.3×194.0cm 2017 ¥800,000

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一筆一筆に緊張した流れが感じられる。少しずつ近づいてみよう。

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一つのタッチを画面に置くと、次の一筆は、前のタッチとの関係を考えて描かれ、そこに空間が生じる。その空間を生かしながら、次の空間がレイヤーとなり、次第に複雑になっていく。

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けっこう難しいのである。しかし、そういう苦労や逡巡を通してやがて、そこにリリシズムが生まれてくるのである。

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絵を描くって大変なことなのである。

「insipid」 木に油彩 21.0×29.5cm 2017 ¥19,000

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「calm」 綿布に油彩 31.8×41.0cm 2017 ¥42,000

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「botany」 紙に水彩 10.0×14.8cm 2017 ¥8,000(額込)

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「holiday-making #1」 紙に水彩 31.8×41.0cm 2017 ¥21,000(額込)

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小出さんは毎日夕方6時過ぎにギャラリーに来ます。土曜日は一日詰める予定です。











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