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2017年1月26日 (木)

わらしべ長者

小学生の移動手段は自転車である。なんといっても自転車に勝る乗り物はない。

車やモーターバイクを運転するわけにはいかないのでそれしかない、と言うこともできるわけだが、自転車に乗れるようになり、自分用の自転車を親に買ってもらった日には、うれしくてうれしくて、時間があれば近所を乗り回して悦に入っていたわけである。

ある日、私は同じクラスの友人何人かで自転車で遠出をしたことがあった。たぶん日曜日だったと思う。友人の家にみんなで遊びに行ったのではなかったかと思う。

小学校の学区というのはそんなに広いわけではないし、「遠出」して行くような距離ではないと思うのだが、たぶんその友達というのは、引越しをして学区が変わったのだけれど、転校が嫌で、遠くても構わないから今の学校に居たいというふうに学校に嘆願したのではなかったか。そんな気がするけどよく覚えてはいない。

とにかく自転車を思い切り漕いで、足やお尻が痛くなってしまうような距離だった。山形の郊外なので、道路の両脇は畑や田んぼで、時々林や森が視界を過ぎていった。

友達の家でお茶でも出してもらって飲んだりしたはずだが、それもよく覚えていない。みんなで林の中に入り、カマキリの卵を捜したことだけは覚えている。卵はすぐに見つかり、各自一つか二つを自転車のかごに入れて、意気揚々と帰りの自転車に跨ったのだった。

そのときはカマキリの卵がうれしくて笑みがこぼれてしまうのだが、カマキリの赤ちゃんが生まれると、そのあまりの数に、気持ち悪くて腰を抜かしてしまうということは、まだ知らずにいた。

帰り途、畑の中を自転車で走っていると、畦道にきれいな花が咲いているのをみんなで見つけた。全員が自転車を降りて、その花に近づいた。百合のように背が高く、とても鮮やかな色をした花だった。これもみんなで採取した。小学生の男の子が花に興味をいだくわけもないのだが、その我々をして目を離せなくしてしまったのだから、魅力的な花だったのだろう。自転車のかごにはカマキリの卵と美しい花が入れられた。

踏み切りを通過するときに丁度汽車が来たので、カマキリと花の少年団は踏み切りの黄色と黒の縞々バーの前で停車した。そこに同じく自転車に乗ったおばさんが通りかかり、わたしたちに話しかけてきたのだった。

「あらあ、きれいな花ねえ!」

「……」

「ねえ、それおばさんに譲って下さらないかしら?」

その上品なおばさんは、生け花でもやっていて、使えそうだわと思ったのかも知れないし、自分の家の玄関にでも飾ろうと思ったのだろう。

わたしたちがもじもじしていると

「お菓子あげるから」

と言うのと同時にわたしたちは

「いいよ」

と答えたのだった。

おばさんは、自分の自転車のかごに入れていたお菓子をわたしたちに配った。それはいつも食べている駄菓子ではなくて、ちゃんと箱に入った和菓子で、とても高級そうだった。栗饅頭とかきんつばとかそういう普段食べられないお菓子がたくさん入っていた。

「やったー!」

とわたしたちは心の中で叫んだ。

タダで採って来た花が高級お菓子に化けたのである。

わたしたちがこの花を家に持って帰ったところで、すぐに飽きてしまって捨ててしまったに違いないのだ。それが、こんなに美味しそうなお菓子になったのである。

わらしべ長者である。

しかし、大人になった今考えてみると、お菓子をくれたおばさんも、自分のことをわらしべ長者だと思ったのかもしれない。

こんなお菓子が、ふつうでは手に入らないすばらしいお花に化けたわ、と心の中で快哉を叫んでいたのかもしれない。

このおばさんがお菓子と引き換えに手に入れた花は、その後どうなったのだろうか。おばさんは長者になったのだろうか。

わたしたちはというと、その後、わらしべ長者になることはなかった。なぜなら、わたしたちはそのお菓子をすぐに食べてしまったからだ。

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