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2013年12月20日 (金)

山形弁講座「わがんね」

「わがんね」を漢字で書くと「分がんね」あるいは「解がんね」である。つまり「わからない」という意味である。

山形ではわからないことを「わがんね」という。

もちろん、意味は「わからない」であるが、じつはそれ以外にも微妙にニュアンスがずれた意味を持っているので、今日はそれを紹介する。

「この数学の問題わがっか?(この数学の問題わかりますか?)」

「おら、全然わがんねず(わたしは全然わかりません)」

と普通は使う。

ではこれはどうか。

「このネジなんぼまわしても締まんねぞ(このネジはいくら回しても締まらないね)」

「ネジがわがんねぐなってしまったんだべ」

この場合の「わがんねぐなってしまった」はどういう意味なのであろうか。

「ネジが分からなくなってしまった」では意味不明である。

この場合の「わがんね」は「ダメ」という意味になるのが山形弁なのだ。

したがって、「ネジがわがんねぐなってしまった」は「ネジがダメになってしまった」あるいは「ネジが使い物にならなくなってしまった」という意味になるのだ。

「おれよ、昨日、彼女にふられでしまったんだ」

「ウソ!?」

「うそではねえ」

「んだが。たいへんだな」

「おら、もうわがんねぐなったはぁ」

この場合の「わがんねぐなったはぁ」は「もう立ち直れない」という意味に転ずる。

こんなふうにも使う。

「おまえ、昨日コンタクト落どしたんだって?」

「んだのよ」

「どごで落どしたのや?」

「歩いでで、道ばださよ。光ってっから見えでだんだっけげんと、しゃがんで探してるあいだにわがんねぐなったのよ」

この場合の「わがんねぐなった」は「見失った」ということである。

さらにこんな使い方もする。

「あいづの子供は凄ぐきかないんだど(あいつの子供はかなりやんちゃらしいね)」

「んだがよ?(そうなの?)」

「このあいだ、暴れで、友だぢば怪我させだんだど」

「あらあ、そいづはわがんねな」

これは「手がつけられない」という意味に近い。

「入院しったっけ爺ちゃん、どうなったべ?」

「もうわがんねみだいだな」

これは「手遅れらしい」となる。

というように「わがんねぐなる」は、世の中や人生において、負の感情を代表することばである。そして、山形では「わがんねぐなる」が日常的に頻繁に使われる。

これはどういうことか。山形ではそれほど嫌なことが多い、ということなのだろうか。

まあ、山形弁でなくとも、われわれはこういう負の言葉を使う頻度が多いのかもしれない。

ダメになってしまった。

あきらめた。

失くしてしまった。

もう遅い。

どうしようもない。

もう手がつけられない。

どうでもいいや。

めちゃくちゃになってしまった。

山形人は、こういった感情をまとめて、「わがんね」という一つのことばの中に納めて、人生を乗り切ってきたのかもしれないね。「わがんね」という達観である。

われわれは、常時、「わがんねぐなる」一歩手前に居る。

わがんねぐならないようにしたいものである。

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