2019年3月22日 (金)

松本聡子搬入中

わたしのブログは「ココログ」というのなんですけど、このあいだからうまくいかない。ブログを書こうとしたら、メンテナンス中とかで2日ぐらい使用できなくなってしまっていて、復旧したら、リニューアルとかしたみたいで、なんだか、書くのが面倒な感じになってしまっていて、ためしに書いてみたら、アップしなかったりして、それがずっとあとになってからアップされたりで、なんだかやる気が失せてしまったのでした。
4連休と書いたが、水曜から日曜までステップスはお休みをするということを言いたかったのでした。
昨日は一日休んで、今日は新宿の眼科に行って、そのあと銀座に寄ってこのブログを書いているのです。このあと、稲毛で歯科の診察があるから、いそがなくてはならない。
来週から松本聡子展なのであるが、松本さんは4日間かけて搬入をする予定である。
画像を入れたいが、どうやっていれるのかもわからないので、とりあえず今日は文字だけかなあ。
あ、できたかも。
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きょうは松本さんの略歴だけ紹介して終ろうかな。
松本 聡子
1970 群馬県生まれ
1995 東京藝術大学美術学部彫刻科 卒業
1997 東京藝術大学大学院美術研究科 修了
〈主な個展〉
2019 「almost invisible」 (Steps Gallery/東京)
2016 「Abstract painting」 (コンセプトスペース/渋川・群馬県)
2012 「an album」 (高崎シティーギャラリー/高崎・群馬県)
2002 「青い感情」 (ギャラリー覚/東京)
2001 「machine」 (トキ アートスペース/東京)
〈主なグループ展〉
2018 第4回東京国際美術祭 (好文画廊/東京)
2016 Art Cocktail 2016 (Steps Gallery/東京)
     Open eyes = Open mind Ⅴ (セキスイハイムビル/前橋)
     続 悪党の良識 (AIS/渋川・群馬県)
2015 Atsuo Hukuda and friends (Hebel_121/バーゼル・スイス)
     FAVORITE 2015 (Steps Gallery/東京)
2003 ふなばし現代美術交流展 『ひとのかたちひとのきもち』 (船橋市民ギャラリー/千葉県)
1998 群馬生年ビエンナーレ (群馬県立美術館)
1996 群馬生年ビエンナーレ (群馬県立美術館)


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2019年3月16日 (土)

歯医者は怖い

3月15日(金)

少しゆっくりめに家を出て、早稲田に向かう。早稲田大学までの途中にあるドトールで、一休みする。ジャーマンドッグとホットコーヒー。今日は喫煙室には入らず、禁煙のコーナーで落ち着く。なんだか煙草が吸いたくないのである。もう1日以上吸っていない。煙草を吸うと歯が痛むような気がして吸う気になれないのだ。

体調がまだ悪いんだなあ。鼻血は出なくなったけれど、口内炎はまだ口の中にある。歯が痛い。歯というよりも歯茎が痛いような気がする。今日は歯医者さんに行かなくちゃあな。でも行きたくない。怖い。自然に治るなんてことはないだろうか。あの痛みは疲れのせいで、忙しさが通り過ぎたら、ああ、気のせいだったのね、というふうにことが運べばいいのだけれど。ジャーマンドッグを、痛くないほうの歯でそっと噛みながら咀嚼する。強く噛むと、右上の奥歯が激しく痛むのである。

搬出を早く終えて、稲毛の歯医者に行くつもりでいる。今日はワセダギャラリーの「遠くへ」展の搬出なのである。

11時半ごろにギャラリー到着。後から「吉岡さん!」と声をかけられる。十河さんの作品を搬出に来たアートワークスさんである。

「あれ?1時くらいになるって言ってたんだけどなあ…」

「そうなんですか?知らなかった」

「とりあえず早めに来てよかった。ちょっと待っててくださいね。守衛さんに鍵を借りてくるから」

守衛さんの部屋の前まで行くと

「おお、吉岡!」

と今度は倉重と勝又さんである。12時に来ると言っていたのだが、早く着いたようである。

とりあえず搬出作業開始。倉重が、知多さんが見に来るという連絡を受けたので、ゆっくり作業を始める。知多さんはニューヨークの展覧会から戻ったばかりだそうである。

勝又さんは作品の撮影をしている。

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十河さんの作品を撤去しているところ。

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知多さんが来て、作品を見たあと搬出を手伝ってくれる。

ミランの作品の梱包が済んだところで、奥村さんが来て、作品を運んでいった。奥村さんの「預かり」になる。このあとどうなるかはわからないのである。何年か後にできることになっている鳥取県立美術館に売り込むことになっているのであるが…

搬出は1時ごろには終了した。

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お昼を食べようということになり、近くのイタリアンレストランに知多さんと4人で行く。

テーブルに坐ると、隣のテーブルで食べていた二人の女性に声をかけるわれら。

「あの…いま食べてらっしゃるそれは何ですか?」

「アラビアータです。辛いですよ」

われわれは4人ともみんなスパゲティーアラビアータにした。サラダとドリンクもついて750円だったかな。さすがに学生街なので安い。倉重は

「安いから、今日はおれがおごるよ」

というので、みんな遠慮しないでおごってもらう。アラビアータは本当に辛かった。

倉重は車なので、ステップスまで本などの荷物を運んでもらうことにした。

ステップスに居る甲斐さんからメールで、倉重の作品が売れたとのこと。倉重といっしょに喜ぶ。

わたしはまっすぐ稲毛の歯医者さんに向かう。

駅ビルの2階にある、ペリエ稲毛歯科。へえ、ペリエって2階があったんだ。わたしはずっとここの歯科の存在を知らずに過してきたのである。

とにかく躊躇せずに勢いでドアを開けるしかない。

あの、初めてなんですけど…

予約ではないですよね。

ええ、予約はしてないです。

ちょっと待つかも知れませんが。

はい、いいです。待ってます。

ちょうど4時に入ってた方がキャンセルになったので、すぐにお呼びできると思います。

はあ…

歯医者は慣れてないから怖いのである。

虫歯ひどいから全部抜いちゃいましょうなんて言われたらどうしよう。

何本も抜かれてしまって、治療費は50万ですなんて言われたらどうしよう。

心配はどんどん湧き出てくるのである。

涎掛けみたいなものをつけて、うがいをしてくださいと言われて、歯の写真を何枚も撮った。レントゲン写真も撮った。歯茎を押されながら様子を見ているようだ。女医さんだ。ここはみんな女性のようである。ドクターも何人か居るようである。

詳しい説明が始まる。歯茎が痛いのは、菌が神経にまで広がってしまったからです。歯を抜く必要は無いでしょう。抗生剤を出しますから、飲んで様子を見ましょう。

歯の噛み合わせが悪いから痛いんだと思います。削っておきましょう。

削ってもらったら、痛みはなくなった。

反対側の方がひどいですねえ。

え!?こっちは全然痛みはないんですが…

でもこっちは抜かないとダメですねえ。

血糖値はいまいくつですか?

8.5くらいなんですけど。

それじゃあ抜けないですねえ。7.5くらいまで下ったら抜くことにしましょう。

(やった、しばらくは抜かないでいいんだな…)

それから歯石をとってきれいにしましょうね。口の中をきれいにしておくと内科の先生にほめられますよ。

来週の予約をとって支払いをする。

受付の女性が

「来週の診察代は2500円位になるそうです」

とドクターからの情報を伝えてくれる。

へえ!そんなサービスまであるんだ。

夜ご飯を早めに食べて、抗生剤を飲んで眠りについた。




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お知らせ2つ

①甲斐千香子 展

甲斐さんが茨城のジョイフル本田で個展を開きます。

近くの方、茨城に出かける予定のある方、どうぞ足を運んでください。

甲斐千香子 「住む、ピース」

4/4(木)-21(日)

4-14日 9:00-19:00

15-21日 9:00-19:30

ジョイフル本田ニューポートひたちなか店 2F JOYFUL-2

(茨城県ひたちなか市新光町34-1)

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「日用品」をテーマにした作品が並ぶようです。

②安達峰一郎シンポジウム

安達峰一郎略歴

1869 現在の山形県山辺町に生まれる

1882 山形師範学校中等部入学

1892 帝国大学法科大学法律学科卒業

    外務省入省

1905 日露講和ポーツマス会議に出席

1913 特命全権公使メキシコ駐在を拝命

1917 特命全権公使ベルギー駐在を拝命

1921 同大使を拝命

    国際連盟総会に日本代表として出席(~1929)

1925 帝国学士院会員

1927 特命全権大使フランス駐在を拝命

1930 常設国際司法裁判所判事に選ばれる

1931 常設国際司法裁判所長に選ばれる

1034 アムステルダムにて永眠

1935 オランダ国・常設国際司法裁判所合同葬

こういう略歴の人です。わたしは以前、安達氏の美術コレクションについて書いたことがある。

海外にいた画家や彫刻家を支援して、かなりの作品を購入していたのである。

安達峰一郎 生誕 150年記念シンポジウム

「よみがえる安達峰一郎」

6月15日(土)

13:30-16:30(開場13:00)

会場:スクワール麹町 3階「錦華の間」

http://www.square.or.jp/

JR四ッ谷駅麹町口正面

丸の内線・南北線四ッ谷駅から徒歩1分

参加無料・要予約(締切5月末日)満席になり次第締切

申込みは安達峰一郎記念財団まで

e-mail  m.adachi@k9.dion.ne.jp

氏名・住所(所属)・連絡先(電話またはe-mailアドレス)を明記の上お申込みください。

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記念で著作集の出版も予定されているようである。

安達峰一郎 著  柳原正治 編 『萬邦の平和を期して』(仮)

東京大学出版会 5月下旬刊行予定

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2019年3月14日 (木)

休みがほしい

今日は3月14日であるが、わたしは魂が抜けたように疲れている。

まず、眠くてしょうがない。電車の中では生あくびが連続する。これは寝不足というよりも、疲れの蓄積による身体の要求であると思われる。休ませてくれと言っているのだろう。

歯が痛い。歯そのものではなく、奥歯の歯茎がじんじん痛いのである。昨日は、わりとよく寝たので、痛みが少ない。これって何なんだろう?歯医者に行く必要があるのだろうか。

肩こりがひどくて、これもキリキリと痛む。歯が痛いのか肩が痛いのか区別がつかない。

痛みと眠さで、ギャラリーでは突っ伏して寝ている。お客さんが来ると起きなければならないので面倒である。

思えば、このところ休んでいない。ちなみに2月20日から3月14日の今日まで、休んだのは2月27日と3月3日の2日間だけである。

若くはないのだから無理してはいけないのである。

明日は、ワセダギャラリーの搬出がある。これが終ると一段落だな。3月17日の日曜日は休めるのでとてもうれしい。

そんなこんなで自分の作品のほうも全然進んでいない。今週はできるかなと思っていたのだが、身体が痛いので、そういう気力が湧かないのである。

それでも、新しい彫刻刀を買って試してみたら、ずいぶんよくなったような気がする。

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やっぱり新しいのはよく彫れる。

これは、細い線の彫りで、このあと太い線を部分的に入れていくことになる。

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いまのところこれで精一杯なのである。

さて今日は、だれか知り合いが来たらコーヒーを淹れてのんびりしようかなあ。




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2019年3月11日 (月)

遠くへ Ⅱ

3月11日(月)

今、ワセダギャラリーで開催中の「遠くへ」展のサテライト展「遠くへⅡ」が今日からStepsでスタート。出品作家は、ワセダと同じメンバーである。ワセダの展示は今週の木曜日までだが、こちらのⅡの方は今日から来週の水曜日までである。

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昨日一日かけてわたし一人で展示をやった。コレクション展だからなのか、渋い展示になったような気がする。

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先週は毎日が慌しくて気疲れしてしまったのだが、今週は落ち着いてギャラリーで仕事をするぞ。

ミラン・トゥーツォヴィッチ「Tom Waits」 紙に水彩 46×56cm 2012 ¥120,000

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ミラン・トゥーツォヴィッチ「At Sifnos」 板に油彩 20×20cm 2014 ¥150,000

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倉重 光則 「不確定性正方形」 鉛・鉄・紙・鉛筆 75×56cm 2005 ¥200,000

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十河 雅典 「笑ウト死刑 笑ワナイト終身刑+コッキコッカ」 キャンバスにアクリル 176×40cm 2011+1999 ¥200,000

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「不特定秘密絵画 10」 紙にミクストメディア 15×30cm 2014 ¥60,000

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3月9日(土)

高橋ブランカさんの講演会。わたしはステップスに居たので参加できなかったのは、非常に残念だったが、無事に終ったようでほっとしている。

司会は嶋田紗千さん。

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日本語がわからないミランも聴いている。ブランカさんの隣にいるのは長谷見教授。

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講演会のあとは、参加者を募ってStepsに移動して打ち上げ。ブランカさんお疲れさま、とミランの送別会。ブランカさん挨拶。

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ミランも挨拶。

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ミランは明日セルビアに帰る。

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なんかみんな楽しそうでよかった。

倉重もミランの相手をしてくれて疲れたかもしれないなあ。

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その後、ミランは無事にセルビアに戻ったようであった。




























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2019年3月 8日 (金)

過ぎゆきの歌

まだ上林暁を読んでいる。なかなか読み終わらない。はやく読み終わってしまいたいわけではない。残りのページが少なくなっていくのが寂しくもある。

「説教聴聞」と「過ぎゆきの歌」がしみじみと考えさせられた。

今日は「過ぎゆきの歌」を簡単に紹介したい。

河田三郎という歌人の話である。

大正9年生まれで、結核のため37歳で亡くなっている。

胃にくだる食塩水は意識しつつ喀(ハ)かねばならぬ血が咽喉に鳴る

当時「肺病」とわかると、家から出されて小屋に隔離されて一人で過さなければならなくなったりと、壮絶な闘病生活を強いられるのであるが、そんななかでも河田は歌を作り、同人誌に投稿して、少しは注目された歌人だったようである。しかし、地方の同人誌や雑誌に作品が載っても、ただそれだけのことであり、同郷の上林暁に送って批評を乞うのが精一杯だったのではないだろうか。

作品は、もちろん認められるために書くわけだが、しかしそれだけではないだろう。

壮絶な人生と書いたが、暗く辛く寂しい毎日を送っていただけではなかったようである。

河田は「女にもてるタイプ」だったそうで、隔離小屋にも、何人もの女が出入りしていたそうで、評判はよくなかったようである。それを読むと、なんだか逆にホッとしたりする。

如才なく、社交的で、お洒落であり、きざであったようである。男から見ても「非常に魅力のある男」だったそうである。

そんな河田は闘病中に結婚をする。清美さんというやはり文学好きの愛情深い女性である。

ところが、お互いの家から大反対を受ける。河田の家は「犬神」の家だったからだ。「犬神家の一族」の犬神である。四国中国九州に伝わる俗信で、犬神の憑いている家を、犬神持、犬神筋、犬神憑、犬神統などと呼び、忌避されていたのだ。

犬神の家に嫁ぐなどということは、許されることではなかったのである。

しかし、二人の結びつきは固く、最後には結婚することができた。もちろん二人の実家からは縁を切られて、経済的にも逼迫した生活を余儀なくされる。

苦労ばかりの生活だったが、清美さんは、幸せでしたと述懐する。

清美さんの手紙から

「明日の生活にさえ困っているのに、いつ止まるとも知れない長期の喀血、いよいよ経済的にゆきづまり、どうにもならないところまでゆきました。河田はハジをしのんで郷里に送金を依頼しましたが、梨のツブテ。金になりそうな私の持物は残らず質屋の蔵。もう死ということしか考えられない私たちでした。私たちの前に突然河田の長兄がやって来たのは、そういう時でした。胸に二ツ、頭に一ツの氷のうをのせ、痩せおとろえた弟を見て、何んにも言わず、泪をいっぱいためて、私の前に頭を下げてくれました。

そして、『三郎から悪いとゆうて電報が来たけんど、ウソじゃろと思うて、婦長さんに問合せたら、婦長さんからもおんなじことを言うてきた。それでもこの目で見んうちは安心出来んと云う父に代ってわしが出て来たが、この三郎の姿、清美さんのそのなりふりかまわず看病してくれておるすがたを見ると、なんにも言うことができん。お前さんの情の深いのに、頭が下ります。本当に申訳ないことじゃった。』と河田の兄は何べんも頭を下げてくれました。」

「寝たつきりで坐ることも横臥することも出来なくなっていた夫、その夫のベッドの下の板の間に蒲団を打つ違いに敷いた妻の居間。寒い冬の夜は、上と下で席題を出し合つては俳句を作り、歌を詠み、夫の歌の朗詠をやり、『お前は馬鹿だなあ。』と笑われながらも、楽しい日夜を過したのでした。私の書く文字もいつの間にか、河田の筆セキに似てきていました。

河田はマイシンのおかげで、一時は快くなつていました。そのような時期には歌もどしどし作りました。歌会には枕を持つて行くほどの熱心さでした。幾年間もかかつてやつと溜めた一万円の金を見て、ラジオを買うか歌集を出すか、二人で頭をよせ合って、幾日も幾晩も相談いたしました。『清美、歌集を出してくれ。』と腹をきめた河田に、私は快く承だくしたのです。あんなに早く亡くなるとは思わずに……」

夜濯(スス)ぎの妻が小さく唄ふ声病室の燈を消して聞きおり

歌集「二つの石」は、河田が亡くなる前に完成する。

あとがきに河田はこう記している。

「あと何ヶ月生きられる命だろうか。すつかり追いつめられ今は起坐も横臥さえ出来なくなつた。ながい闘病生活をふり返って決して真面目であつたとばかり言えない私ですのでこれは自業自得でありましよう。ただ十八年の病中慰められしたしんで来た短歌を命あるうちにまとめておきたいと思い立つたのであります。

非才にして而も不勉強なため作品はまことにお粗末ですが、私にとつて短歌は色々な場合逃避の場でありました。そうして孤独の中に流して来た涙の一滴一滴でもあるのです。此の歌集を以って歌壇に問うとか、自分を誇示する気持はさらになく、只これを家族にのこしてなつかしんでもらえればそれでよいのであります。」

「過ぎゆき」というのは去ってしまった過去でもあるし、ひょっとしたら、死そのものを指すのではないかと思ったりした。

過ぎゆきはなべて寂しと雨後の下駄にはりつく花びらを剝ぐ

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2019年3月 6日 (水)

FAR AWAY レセプション

3月5日(火)

午前中マッサージに寄って肩の痛みが取れるまで揉んでもらう。少し楽になる。今日はWASEDA GALLERYの展覧会のレセプションで、司会をするから緊張していることも、肩の痛みが激しい理由の一つかもしれない。

早稲田大学到着。奥に見えるのが大隈講堂である。

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大隈講堂の対面にWASEDA GALLERYがある。

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4時半からの予定なのだが誰も来ない。4時半を過ぎたのに5人しかいないという悲惨な状況である。セルビア大使まで呼んだのに、これでは格好がつかないのである。遅れてくる人もいるようなので、開始時間を遅らせる。15分経ってしまったので、いくらなんでもこれ以上遅れてはいけないので、始めることにする。

では始めまーす。とわたしが宣言したら、ぞくぞくお客さんが集まり始めた。セルビア人は30分遅れるのなんてなんとも思っていないが、なんとセルビア人のほうが時間を守っている。日本人もわりとルーズなんだね。

会場はたくさんの人が集まってくれた。

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始めにセルビア大使のネナド・グリシッチ氏の挨拶。通訳しているのは大使館の小柳津さんである。

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次に、主催者挨拶。早稲田大学の長谷見先生。

そのあと、吉岡が3人の作家の作品解説。どういう風に解説したらいいかわからなかったのだが、3人のそれぞれのテーマを説明する。

その後は、ゲスト紹介や、本の紹介、レセプションのあとのパーティーのこと等について説明する。

最後に作家挨拶。十河さんは体調が悪いので今回は会場に来れないが倉重に話をしてもらう。何でもいいからと言うと緊張して、何もしゃべれなくなるのが倉重であるということを知っているので、わたしは、アトリエでミランと飲んだ話をして、とリクエストする。そうすると、倉重は、二人でワインを飲んでいたら、3本も4本も飲んでしまったという話をする。言葉が通じないから、逆に心が通じる。下手に言葉を知っていたら、こうはならなかったと、いい話をするじゃん!

最後にミランの挨拶。通訳はブランカさん。

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ミランは倉重のアトリエが気に入ってしまい、セルビアに居たときよりもよく眠れたそうである。お世話になった人一人ひとりにお礼を述べていた。

ミランの作品

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ミランの作品は、おそらく「人生」なのだ。その人の物語を静かに語っていく。

十河さんの作品

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もう1点

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倉重の「EBE」

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3人の作品が呼応しあっているようである。

会場を近くのレストランに移して打ち上げである。

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ピザとかパスタとかがたくさんでたのだが、ミランは、洋食よりも日本食が美味しいよね、などと勝手なことを言っている。

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9日(土)は高橋ブランカさんの講演会。「良くも悪しくも、セルビア」という興味深いタイトルである。みなさんぜひ聞きに来てください。

9日の18:00からStepsで講演会打ち上げとミランお別れ会をします。これもみなさん気軽に参加してください。





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2019年3月 4日 (月)

松浦健太朗展スタート

3月4日(月)

松浦君の搬入は土曜日だったのだが、早めに終った。床に3点、壁に3点、シンプルである。

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手前の作品は木枠に蜜蝋を流したもの。

「蜜蝋の井戸 Ⅱ」 木枠に蜜蝋 45×45cm 2018 ¥40,000

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まん中は米や土が混じっている。

「米と土と蜜蝋」 蜜蝋・土・米 22.4×22.4cm 2018 ¥70,000

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土も蜜蝋も米も、「自然」のものである。いわゆる大自然に親しむことが大好きらしく、いつか世界を旅行して、北極にもいってみたいと話す松浦君。

必死で作品に向かうぞ!というスタンスではなく、自然のなかに遊ぶことのなかで表現が生まれてくればいいと思っているのかもしれない。

蜜蝋を使っているが、養蜂にも興味があって、やってみたいと話すのである。

若いということは未来があるんだなあ…と羨ましくなったりもするのである。

「コンポジション Ⅲ」 漆喰・米・蜜蝋・土 30×30cm 2018 ¥50,000

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松浦君にギャラリーの留守番を頼み、わたしはWASEDAGALLERYの搬入を見に行く。

ギャラリーに到着したときは、ミランの展示は終了していて、倉重ががんばってるところだった。

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久しぶりのミランは変わっていなくて、いつものように人懐っこかった。

油画と水彩をそれぞれ2点ずつ展示している。

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途中で、十河さんの作品が運ばれてきた。大作2点である。

いつものアートワークスさんの展示である。

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倉重はこんな感じ。

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わたしは作品にキャプションをつけて、サイン帳などを用意して、ギャラリーを出る。

Stepsに戻って一休み。

疲労困憊。

なんだか調子が悪い。

肩こりの痛みが激しく痛くて我慢が出来ない。歯の奥もなんだかジンジンする。頭痛もする。ロキソニンを飲むと数時間は楽になるのだが、また痛みが出てくる。

我慢が出来ないので、明日は、マッサージに寄ってからWASEDAに行くことにする。

マッサージでよくなるといいなあ。

明日は16:30からレセプションです。ぜひいらっしゃってください。










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2019年2月28日 (木)

WOW!

来週のお知らせです。

①松浦健太朗 展

松浦君は京都造形大学の学生です。学生のうちに個展をしたいという意気込みがいいですねえ。

以前、Stepsで個展を2度やったことのある大塚麻美さん、線香で絵を描く作家として憶えておいでのかたもあるかもしれないが、彼女の義理のお父さん(旦那さんのお父さん)が京都造形大学の教授なんですね。で、松浦君が東京で個展をやりたいのだが、どこでやったらいいでしょうか?と訊くと、義理のお父さんである教授は、ステップスがいいんじゃないの?と言ってくれたそうなのである。そんなことで今回の個展となったのである。

松浦君は、専攻は日本画で、いわゆる花鳥風月というのか、典型的な日本画も描いているのだが、しかし、現代美術がやりたくて、いろいろな試みをしているのである。

Dm

今回の作品は、米粒を蜜蝋に閉じ込めたものである。わたしは実物を見ていないのだが、おそらく不思議な手触り感があるのではないかと推測している。

松浦君は毎日在廊する予定です。

②FAR AWAY - 遠くへ

以前からお知らせしている展覧会なのだが、もう来週になってしまった。気持ちが焦る。

3月5日(火)-14日(木) 日曜休廊

10:00-18:00

WASEDA GALLERY (早稲田大学 27号館 B1F)

☆初日5日はレセプションがあります。

16:30-17:30

セルビア大使の挨拶、長谷見教授の挨拶、作品解説、作家紹介などがありますが、ギャラリーでの飲食ができないため、レセプション終了後は近くのレストランで打ち上げをやる予定です。当日参加を募りますので、ぜひ飲みましょう。割り勘になりますが、一人¥4000くらいかな?と見積もっています。

ミラン・トゥーツォヴィッチは、水彩を何枚かと、油彩画を数点出品します。現在、倉重光則アトリエで仕上げの作業をしているところです。

倉重は、人体EBEとネオンが融合したインスタレーションを展開します。

十河さんは、「壁」と「死の丸」という大作2点を展示します。

十河さんは、体調が思わしくないので、会場には来れませんが、作品は元気です。

☆講演会

3月9日(土)14:00-16:00

「良くも悪しくも、セルビア」

講師:高橋ブランカ

どんな話が聞けるのか楽しみです。

会場なのですが、小野講堂を予定していたのですが、さまざまな事情で、変更になります。近くにある、大学校舎を使うことになりました。

当日は、とりあえず、ギャラリーに来てください。ギャラリーで 地図を配っていますので、そこまで徒歩で移動していただくことになります。文字通りご足労をおかけしますが、よろしくお願いします。徒歩10~15分のところにある、早稲田大学理工学部の校舎になります。

ということなので、講演会開始は14:30ごろになるかもしれません。

講演会終了後、時間のある方は、早稲田から銀座まで移動していただき、「打ち上げ」に参加してください。これは次の日に帰国するミランのお別れ会を兼ねています。会場はSteps Gallery。18:00~になります。

★疲れている吉岡

ミランが来日してから、わたしはなにもしていないのであるが、気だけ焦っている。キャプションを作ったり、必要なプリントを準備したりしている。

3日の日曜日に倉重アトリエを訪問する予定だったのだが、疲れているので、勘弁していただくことにする。

4日(月)はStepsを開けてから、松浦君に留守番を頼み、ワセダギャラリーの搬入を見に行き、いろんな準備をする。そのあと銀座に戻る。松浦君の初日なので、お客さんを迎えないといけない。5日(火)は、唐さんにStepsをまかせて、WASEDAGALLERYへ。レセプションの司会と作品解説をするのだが、まだ何も考えていない。

9日(土)は、Stepsを開けて、また松浦君に留守番をしてもらい、WASEDAGALLERYへ。ブランカさんの講演会、会場の移動などを確認してから、ふたたびStepsへ。松浦君の最終日である。搬出をしたあと、そのまま打ち上げになるので、その準備もしなくてはならない。

打ち上げは何人来るかなあ…?と心配しながらの準備である。

10日(日)は11日(月)からの展覧会「FAR AWAY Ⅱ」の展示作業。この展覧会は、Stepsで持っているミラン、倉重、十河のコレクション展になる。ミランが帰ってからの展覧会になるが、それはしょうがないね。

てな感じで、わたしはなんだかかなりバテ気味であるわけですよ。

自分の作品もうまくいかなくて(彫刻刀で彫ってみたら、下手すぎて良い線が引けない)、鬱々している。来週、新しい彫刻刀を買ってやり直しである。

で、話を変える。

このあいだ、テレビを見ていたら、アメリカでラーメン屋さんをやっている人のドキュメンタリーみたいな番組をやっていた。見た人もいるかな。最初はうまく行かなかったが、今は評判になって、マイナス10度のなか、1時間以上の行列ができている。並ばないアメリカ人を並ばせるだけですごい。手が込んでいて美味しそうなラーメンである。けっこう高いのだが、みんなお金を払う。満足しているということだ。

ある時彼は新作のラーメンを作るのだが、それが松茸のラーメンなのだ。乾燥松茸を使うのだが、それでもかなりの高級ラーメンになる。一杯5000円以上である。はたしてお客さんは来るのかと思っていたら、やはり行列が出来た。

お客さんは、一口食べると

「WOW!」

と叫ぶのである。

お客さんの反応を見た彼は

「WOW!と言わせたいんですよね」

と言う。グッドとかデリシャスとかではない。WOWなのである。

本当に美味しいときは美味しいとは言わないのである。

WOWである。

作品もさ、ギャラリーに入って来たらWOW!と言わせたいものである。

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2019年2月25日 (月)

パグコーナー

2月25日(月)

金澤麻由子展スタート。

壁2面に映像。お客さんに「ヘッドマウントディスプレイ」をつけてもらって、映像を見てもらっているところである。

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ギャラリー内には絵画作品があるのだが、いつもはパグを描いている金澤だが、今回は、他の犬種にも挑戦している。

「らぶ・シュナ原画」 紙に水彩 34×25cm 2018 ¥29,000

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「おさんぽ・シュナ原画」 紙に水彩 34×25cm 2018 ¥29,000

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パグは事務所に全部まとめて、パグコーナーということにしている。

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「ゆめの途中で・絵本『ポワン』より」 紙に水彩 24×31cm 2018 ¥19,000

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「ぼくに?・絵本『ポワン』より」 紙に水彩 14.8×10cm 2019 ¥19,000

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グッズもたくさん用意している。

みなさん、ぜひ遊びに来てください。

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