2024年2月26日 (月)

一人打ち上げ

2月25日(日)

横浜、アトリエ・K個展最終日。

いつものように総武線快速グリーン車で横浜へ。外は雨模様。

読書家のわたしは本を読みながらのんびり行くことにする。

長谷川櫂 『小林一茶』が興味深い。一茶の句をわかりやすく解説する本かなと思ったのだが、どうもそれだけではないらしい。

近代俳句は子規から始まると言われているが、それは違う。明治という新しい時代に入って、きりがいいから子規から始まると言っているだけである。近代俳句は一茶から始まるのである。子規は「写生」ということを強調したが、そもそも俳句は写生が基本なのである。改めて写生などと言い出したのは、政府が西欧化を推し進める時流に乗って、西欧のリアリズムを持ち込んだということにすぎない。リアリズム→写生。

子規の写生とそれを受け継いだ高浜虚子が、身のまわりのものをただ素直に詠めば俳句になる、と一般の人や弟子たちに勘違させてしまい、駄句が氾濫した。身の回りのものをただ「写生」しただけでは俳句にはならないのである。

美術にも同じようなことが言えるのではないかと思う。

横浜から石川町へ。雨は止まない。雨が降っていていいことが一つあった。木の芽に並ばないで入れたことだ。念願の鍋焼きうどんを食べる。鍋焼きうどんにはいろいろな具が入っていて楽しい。筍を見つけてほくそ笑む。

先週と同様、ポティエでコーヒーとソフトクリーム。

個展は、雨にもかかわtらず、いろんな人が来てくれる。

最期のお客さんは日影眩だった。

中村さんと二人で搬出。テープを剥がしたりするのに時間がかかるかなあと思っていたが、1時間で終わってしまった。

駅前の沖縄料理屋さんで、一人で打ち上げ。一人だけで寂しいんじゃないの?と思うかもしれないが、わたしは孤独のグルメが好きなので、一人が楽しいのである。誰にも気を遣わない。

オリオンビールで始める。グビグビ飲む。美味しい!ミミガーとゴーヤチャンプルー。シークヮーサーサワーを挟んで海ぶどうとグルクンの一口揚げ。最後にたらこのおにぎり。

横浜からまたグリーン車で稲毛へ。酔っぱらってしまって読書家は読書ができなかった。

 

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2024年2月21日 (水)

趣味としての読書

今日から「刺繍の物語」展スタート。あいにくの雨だが小雨だから大丈夫かな。輸入業者のシュミットさんからセルビアワインが6本届く。オープンして2時間もたっていないのに、ヴァ―ニャの織りの作品が3点売れた。幸先がいい。

土曜日にコレクション展の搬出と「刺繡の物語」の搬入で疲れが出たのだが、次の日の日曜日は切り替えて横浜へ。在廊日を書いておいたからか、訪れてくれる人が多かった。夕方、永野のり子が来廊。元町で食事をしようということになって、永野の知っているフレンチの店へ。コース料理をおごってくれる。かたじけない。永野は、ステップスギャラリーはやめないでね、困る人も居るんだから、と言う。経営がきつく、いざとなったら私が援助するから、と言ってくれる。かたじけない。

高階秀爾の『エラスムス 闘う人文主義者』を読みながら帰る。高階さんは美術史家だが、美術以外の著作もあり、それもみんな面白い。

エラスムスの『痴愚神礼讃』を探してみよう。

月曜日はマッサージに行って疲れを癒す。マッサージを受けながら、はっ!と気がつく。2月18日はウテさんの誕生日だった!メールしなきゃと思ったが、今日は19日だ。でもドイツは時差があるから大丈夫かもと思ってメールしてみた。英子さんが、ウテさんの誕生日はオノ・ヨーコと同じなんだよと言っていたのを思い出す。

火曜日は新宿の眼科に行った後、東京駅前の丸善で『痴愚神礼讃」を探す。時間をかけて探したが見つからず…仕方がないので、何かほかの本を買うことにする。3冊購入。

ホフマン 『黄金の壺/マドモワゼル・ド・スキュデリ』(光文社文庫)

ホフマン 『くるみ割り人形とねずみの王さま/ブランビラ王女』(光文社文庫)

田山花袋 『一兵卒の銃殺』(岩波文庫)

ホフマンが2冊買えてうれしい。

前から思っていたことだが、読書って趣味に入るんだろうか?ということである。

よくよく考えると、わたしには趣味と呼べるものがない。釣りが趣味ですとか、クラシックのコンサートは毎月3回行きますとか言ってみたいのだが、これといって、好きなことって何もないのである。だから、趣味は何ですかと訊かれると困る。

一番お金をかけていることが趣味である、とも言われるが、もしそうだとすれば、わたしの趣味は読書ということになる。本には月に2万円は使うような気がする。

でもさ、世の中にはとんでもない読書量の人がたくさんいて、大きな声で、趣味は読書です、なんていうと、笑われてしまうような気がする。

聞こえないような小さい声で言ってみよう。

「趣味は読書です」

 

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2024年2月17日 (土)

刺繍の物語

来週は「刺繍の物語」というタイトルの3人展が開かれます。

刺繍の物語

ミラン・トゥーツォヴィッチ/ヴァ―ニャ・パシッチ/古賀亜希子

2月21日(水)- 3月2日(土)

どんな展覧会なのか、わたしが短いテキストを書きましたので、これでご理解いただけたら幸いです。

糸が結ぶ物語

吉岡まさみ

 

 セルビアの画家ミラン・トゥーツォヴィッチが52歳の若さで亡くなったのは2019年のことだった。心筋梗塞だった。2020年、Steps Galleryで預かっていた作品を飾って追悼展を開催した。作品は完売した。彼はローマ法王の肖像画を描くように頼まれていたのだが、作品に手をつける前に亡くなったのだ。無念ということさえ感じる間もなく、あっけなく天国に逝ってしまった。

 亡くなった後も、ミランの影響力はさまざまな人たちに広がり続けている。ひょっとしたら、天国から話しかけたり、指示を出していたりしているのではないかと思われるほどだ。

 

 ミランは、気に入った人、気になる知り合いを選んで肖像画を描いた。古賀亜希子もミランのモデルになった一人だった。古賀は何度かセルビアに行き、モデルになるだけでなく、個展を開いたり、セルビアの街や人物を写し、ミランの作品や制作の様子を捉えてフィルムに収めていったりした。ミランを写した写真は大勢の興味を惹いた。ヴァ―ニャ・パシッチはミランの最後のモデルになった。モデルをしていた当時はまだ大学生だったが、彼女は刺繍作品を作っていた。ミランはヴァ―ニャの肖像画に刺繍糸を取りつけた。

 

 おそらく、今回の展覧会は天国にいるミランが古賀に

「ヴァ―ニャと亜希子とオレの三人展をやってくれ」

と指示を出したものだろう。

 

 ミランの油絵と、ヴァ―ニャの刺繍、それにミランを写した古賀の写真を並べて三人展とすることになるのだが、その中で、特に注目されるのは、古賀の写真にヴァ―ニャが直接刺繍を施した作品だろう。

 モノクロ写真には、ミランがキャンバスに向かって筆を走らせている姿。そのミランに刺繍糸がまとわりついていく。写真を撮った古賀と写真の中で制作しているミランと、刺繍糸を刺していくヴァ―ニャの三人が、糸でつなぎ合わせられていくように見える。

 三人の濃密なつながりは、作品を通して見る人の心にも入り込んで、人と人との関係、巡り合わせの不思議にしみじみとした気持ちになるだろう。

 

 

 

 

 

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2024年2月16日 (金)

セルビア大使館にて

2月15日

夕方からセルビア大使館へ。今日2月15日はセルビア共和国の建国記念日なのだが、この日、表彰式があり、ステップスギャラリーも表彰される12組の個人、団体に選ばれていて、緊張して式に参加した。

大学教授とか、ジャーナリストとか錚々たるメンバーに囲まれて心底恐縮してしまった。サッカーのセルビア代表チームのコーチをしている喜熨斗勝史さんとかもいて、華やかな感じがした。

一人ずつ大使から表彰状をいただき、写真を撮り、短い挨拶。緊張しっぱなし。表彰状はこんな文面で、日本語とセルビア語で書いてある。

「表彰状  駐日セルビア共和国大使館は文化分野に於ける日本でのセルビアの認知度向上への貢献を称え、ステップスギャラリーをここに表彰す

  特命全権大使 アレクサンドラ・コヴァチュ」

知り合いでは、古賀亜希子さんと嶋田紗千さんも表彰された。

表彰のあとは、ワインとセルビア料理が出て歓談。

ステップスギャラリーのHPに写真がアップされる予定なので、あとで見てください。

 

大使館に向かう電車の中で読もうと思っていたのは、ロバート・ノージック『生のなかの螺旋』(ちくま学芸文庫)なのだが、これがいまいち飽き足りなくて、途中でやめてしまった。リバタリアニズムの思想家であるとのことだったので、期待していたのだが…

本を食べ物に喩えることがある。読書を、本を食べると言ったりする。ノージックの文章は下手ではないし、内容も、これを食べれば、栄養もつき、エネルギーにもなると思うのだが、いかんせん味がないのだ。翻訳のモンダイではないような気がする。

で、稲毛駅で2冊本を買っていった。

高階秀爾 『エラスムス 闘う人文主義者』(筑摩書房)

長谷川櫂 『小林一茶』(河出文庫)

高階さんも長谷川さんも味のある本を書く。

さて、明後日の日曜は横浜の個展に行かなくちゃ。

ステップスギャラリー HP

https://stepsgallery.jp

セルビアとの軌跡を開いてください。

 

 

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2024年2月12日 (月)

石川町の海ぶどう

2月8日(木)

わたしの個展の搬入日。稲毛から横浜へ、総武線快速グリーン車で。横浜から石川町。11時集合ということにしていたのだが、10時少し過ぎに着いたので、ポティエでコーヒー。コロンビアを頼む。美味しい!チェーン店のコーヒーとは違う。

11時アトリエ・K。搬入スタッフも到着。木下敦也、田崎亮平、新埜康平の3人。木下君はここで何回も個展をやっている常連なので、いろんなことが分かっている。

まず、壁に作るテーピング作品を選んで、OHPで位置を決める。それから、用意してきた写真を壁に貼る。稲毛のバスの窓から携帯で撮った写真を横1メートルに伸ばしたもの。

準備ができたので、先にランチを取ることにする。今日は木の芽が開いていたので、蕎麦を食べることにする。中村さんが「私がおごるわよ」というので、甘えることにする。12時前に入ったので、5人座ることができた。中村さんは鍋焼きうどんで、他の4人は天せいろ。鍋焼きうどんが美味しそうだった。今度来たら鍋焼きうどんにしよう、と決心する。

ギャラリーに戻って作業開始。3人は黙々とテープを貼っていく。わたしは木に彫刻刀で彫り描いた旧作を展示する。

途中で、問題が発生。ギャラリーが広い分、テープの量も予想外に消費量が増えて、このままだとテープが足りなくなってしまいそうだったので、方向転換。つまり、作品のいくつかの部分を削除することにしたのだ。こことここを止めましょう、ここはこんなふうに修正して、と指示を出す。

6時前に作業終了。予定通りの時間だ。

疲れました。

わたしは、OHPを持って銀座へ。ステップスにOHPを戻す。こういうことは早めにやっておかないと、あとで苦労する。

2月10日(土)

稲毛から石川町へ。早めに行けば木の芽で鍋焼きうどんが食べられると思っていたのだが、今日は土曜日、お店の前にはすでに何人も並んでいたのであきらめて、焼き肉屋さんでカルビ丼を食べる。ポティエでコーヒー。ソフトクリームも頼む。ここのソフトクリームは日本一美味しいと思う。

個展初日。一応パーティーの用意はしているが、たぶん誰も来ないだろうなあ…倉重、勝又、小林誠とひっそりと飲もう、と思っていたが、夕方からお客さんが増えてきた。パンとか、唐揚げとかお寿司とかを差し入れてくれる人も居て、少しずつ賑やかになってきた。上條陽子がシャンパンを抱えてやってきたので、思わずハグ。作品を買ってくれる人も居た。

パーティー終了後、何人かで二次会へ。倉重おすすめの沖縄料理屋さん。何が美味しいの?と聞くと「チャーハン」と言う。「チャーハン??」本当かなあ。店の前に来て、「ここの台湾料理は美味いんだよ」とか言っているので信用できない。店が混んでいたので、われわれ8人はぎゅうぎゅうに詰めて座った。みんなはシークヮーサーサワーを頼んだが、わたしは妙にビールが飲みたくなって、生ビールをと言う。注文をするときに、タコライスが食べたいという意見が多かったので、それを頼んで、料理が届いて、かき混ぜていたら、倉重が、これだよこれ!と言う。倉重のいうチャーハンというのはタコライスのことだったと判明する。やっぱりね。メニューを見ると、スパムチャーハンというのもあった。これは今度食べなくては。

倉重が今度は「海ぶどうが美味いんだよ!」というので注文する。みんなで二皿をつつけばいいんじゃないかな。海ぶどうは何回も食べたことがあるが、この店の海ぶどうは格別だ。一口食べると、新鮮であることがよくわかる。沖縄から空輸しているらしい。いくらでも食べられる。海ぶどうを追加注文する。わたしはビールのあとシークヮーサーサワーを追加。ちょっと飲み過ぎているかも。

帰りは酔っぱらったまま横浜から総武線快速に乗る。

 

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2024年2月 7日 (水)

展示は楽しい

2月4日(日)

コレクション展の搬入。石倉さんが手伝いに来てくれる。全孝さんの息子さんが作品を運んできてくれる。

石倉さんとお弁当とビール。ゆっくり作業を始める。

わたしは搬入作業が好きである。今回の展示は全部自分でできるので嬉しいのである。石倉さんには「もう少し下だね」とか、説明図を描いて、こんなふうにしてくださいと指示したりする。

けっこう満足できる展示になった。疲れたけど。

2月5日(月)

天気予報では雪になるとのことだったが、ステップスは月・火休みにしてよかったかも。マッサージに行ってのんびりする。

雪は積もるみたいだね。

2月6日(火)

今日は新宿眼科の診察だが、午後3時半からなのでゆっくり家を出る。雪は積もっているが晴れているので普通に歩けた。

新宿に着いて、診察の前に喫茶店へ。「ピース」でアイスコーヒー。「ピース」は何も飾り気もない殺風景な喫茶店である。昭和の雰囲気。いつもアイスコーヒーを頼む。ホットコーヒーはあまり美味しくないのである。でもわたしは「ピース」が好きである。

杉浦日名子が「私は蕎麦が好きなのではない。蕎麦屋が好きなのである」と言っているのと同じである。コーヒーが好きなのではない。喫茶店が好きなのである。そっけない雰囲気が好きである。「飯尾和樹のずん喫茶」に登場するようなこじゃれた店ではなく、あまり愛想よくない店員がいるのがいい。そして客をほったらかしにしてくれるのもいい。こういうところが本当に癒されるのである。ほったらかしにしてはいるが、コップの水が無くなるとちゃんと注ぎ足しに来てくれる。

2月7日(水)

晴れ。今日からコレクション展「古い作品」が始まる。珍しい作品が並んでいるので、みなさんお出かけください。

今日はこれからセルビアの作家ヨヴァンさんが挨拶に訪ねてくる。今、7丁目のGALLERY HAYASHI で個展を開催している。セルビアの作家だからラキアを出そうかな。

明日は横浜のわたしの個展の搬入がある。そういえば、という感じでほとんど忘れていた。他人の作品を飾るのは好きなのだが、自分の作品展示はなぜか楽しくないのだ。スタッフとランチは何を食べようかな、などということばかり考えている。

10日(土)が初日。ワインを用意していますので、横浜まで来れそうな方は、ぜひお立ち寄りください。

来週はセルビア大使館で表彰式もあるし、なんだか今月は忙しいのであった。

 

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2024年2月 2日 (金)

古い作品

来週はギャラリーコレクション「古い作品」、2月7日(水)- 17日(土)。

「古い」というのは比喩ではない。何年も前の昔の作品なのである。

4人の作家の作品を並べるのだが、串田治のものはギャラリーにあるものを展示する。佐藤全孝さんのは、ギャラリーにもあるが、それとは別に数点の絵を息子さんにもってきてもらう。木嶋正吾作品は、現在はハガキを貼り込んだ絵画が知られているが、わたしは金属を貼りつけた作品が好きなので、それを持って来てもらった。30年前の作品である。宇野和幸は、本当に古い作品を持ってきた。何と芸大の学生時代の作品である。これは40年前のもの。

案内状のハガキには全孝さんの「静物」を使った。抽象画しか描かない全孝さんの、珍しい具象画である。パステル画教室で教えていた時に、生徒さんに見せるための参考作品として描いたものである。ハガキには2015年と書いてあるが、2005年制作のものである。

搬入は、明後日の日曜日に、石倉仁一郎さんにお手伝いしてもらう。木嶋さんと宇野さんは、時間が取れない、お二人とも大学教授なので忙しいのだ。串田治さんと佐藤全孝さんは天国に居るので、地上に降りて来るのは難しいらしい。

2月12日(月)は、串田治夫人と佐藤全孝夫人が来廊する予定。

 

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2024年1月30日 (火)

倉重弟

このあいだ、倉重光則の弟さんが美容室をやっていたことを書いた。で、村松友視の『ピカビアの星』にそのことが書いてあると報告したが、兄である倉重光則も登場する、と本人が言っていた。「ちょこっとだけ出てくるんだよ」と言っていたので、本をぱらぱらめくってみた。「ちょこっとだけ」というのだから、倉重が出てくる場面を探すのは大変だろうなあ、全部読まないとその個所は出てこないかもしれない、と思ったが、あらら、数ページ進んだところで登場している。

 

・店の名前であるPIKA-BIAは、1879年生れのフランスの画家、マルセル・デュシャンやマン・レイらとニューヨーク・ダダの形を作ったフランソワ・マリー・マルティネ・ピカビアからとった。ヤスはとくにピカビアという画家にこだわっているわけではなかったが、現代美術家である兄の影響だった。

 

「ちょこっと」どころではない。弟との会話が続いていく。最後には殴り合いの喧嘩までしている。少し長いけど、今日は時間があるから、書き写していってみよう。

 

・「ピカビアは、小説も書いたし詩集も出したけど、美術活動に関しては絵画以外の表現手段にはまったく手を染めなかったからな」

「つまり画家であったわけだ」

「画家として、自分自身をくり返さない……そういう考え方というか、生き方なんだね」

「そうなってくると、ピカビアってやっぱりすごいんだな」

「すべては今日のためのものであり、昨日や明日のためには何物もない……これがピカビアの信条だね」

「兄貴も同じってことか」

「そういうこと……」

兄は、ピカビアの話をいつも熱っぽく語った。何度も同じことを話すケースもあったが、兄貴はそうやってピカビアへの思い入れをみがいているんだなとヤスは思った。だが、そんな兄にとって、ピカビアという偉大なる存在がアキレス腱となっているのではないかという不安が、つねにヤスの中にあったのも事実だった。

・「兄貴、しばらく個展やってないだろ」

「ああ」

「どうしてやらないの」

「俺には俺の呼吸ってものがあってね」

「でもさ、どこかで線をもうけないと実現できないんじゃないの、自分の呼吸にまかせておいたら、いつまでたっても潮が満ちるってことはないんじゃないか」

「おまえが店をもつのとは訳がちがうんだよ」

「それはそうだけどさ」

「俺はね、どうしてもおまえみたいにライト感覚ではうごけないんだよ」

・「自分の店をつくるっていうのは、おまえにとってはたしかにひとつの夢だったけどさ、それは俺がアトリエをもつっていうのと同じじゃないの」

「……」

「つまり、夢をつくる場所が手に入っただけのことなんだよ」

「兄貴のアトリエとは少しちがうと思うけど……」

「いや同じだ。問題はそのあとだよ」

・「兄貴のどこかに差別感があるんじゃないの」

ヤスは、兄の気の昂りを見て、わざと攻撃的に言った。兄はコーヒー・カップを床に置き、ヤスと真正面から向い合った。

「差別感?おだやかでない言い方だな」

「兄貴がやってるのは高級な芸術、俺がやってるのは単なる商売、そういうふうに思ってるんじゃないのか」

「……」

「それは半分くらい当っているのかもしれないけど、そんなのふつうの芸術観だよね」

「……」

「仮にもピカビアの弟子を標榜する者の感覚じゃないよな」

「おまえ……」

「ピカビアの芸術は人生そのものだなんてセリフ、ちゃんちゃらおかしいんだよね」

次の瞬間、兄の拳がヤスの頬を痛打した。

…………

「ヤス、喧嘩の場所を選ぶなんて、子供だましもいいとこだぜ」

兄の言葉が終わらないうちにヤスは立ち上り、左のフックを兄の右頬へ叩き込んだ。兄は、立てかけてあった自分の作品の上へ倒れた。

 

倉重は昔から変わってないのだった。

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2024年1月27日 (土)

もの派

1月26日(金)

倉重光則と勝又豊子が来てしばらくおしゃべりをしていく。小野田くんの話になる。倉重が評価する作家で、今スイスで展覧会をやっているらしい。二人が、アトリエ・Kに行くというのを見送ってしばらくすると、小野田くんがギャラリーに入って来る。

「箱舟展でご一緒させていただいた小野田です」

わたしは初めて会う。小野田賢三、ご存じのない方も多いと思う。コンセプチュアル系の作品を作っているが、海外での発表が多いので、国内ではなかなか見られない。

「今バーゼルで展覧会やってるんじゃないですか?」

「そうなんですけど、いろいろあって向こうには行けなかったんです」

彼と一緒に若い女の子がついてきている。中国人の留学生で陳さん。芸大でもの派について調べているという。日本語もなんとか会話できる。

「李禹煥についてはだいたい調べ終わって、書きました」

「菅木志雄は?」

「スガキシオ?」

「そう」

「ああ、わかります」

スガキシオと聞いてもわからないが、漢字で書くとすぐわかるのだった。

もの派は、彼女の生まれる前が全盛期だったわけだ。それを今研究しているというのはエラいと言わねばならない。

三人で原口典之や倉重の話をする。倉重は作品によってはもの派なんだけど、本人は認めない。

「70年代とか、80年代って、ギャラリーとかどんな雰囲気だったんですか?」

もの派の作品だけを見てもわからないことがいっぱいあるのだ。

「当時はインスタレーションばっかりでさ、絵画で個展とかやると、何、絵なんか描いてんの?ってバカにされたよ」

そういう時代だった。

「アルテ・ポーヴェラとかもいっしょに調べた方がいいかもね」

せっかくなので、この間作ったわたしのミニカタログをあげる。倉重とかもテキスト書いているから。わたしのテーピングの作品も実はもの派なんだよ、と説明する。

「もの派にすごく影響うけててさ、おれ、隠れもの派なんだよ。この作品はさ、遠くから見ると絵画ふうのイメージだけど、近づくとテープのモノとしての存在が前に出てくる」

「あああ!なるほど、そうですねえ!わかります」

わたしのテーピングのもの派的なところをすぐに理解してくれた人は初めてだ。

カタログをぱらぱらめくっていた陳さんは

「あ!この人知ってます!」

と声をあげた。霜田誠二が書いたテキストのページだった。

「パフォーマンスの人ですよね?私はワークショップを受けたことあります」

さすが霜田誠二である。海外では有名人なのである。

 

それにしても今週は寒い。明日の日曜日は久々の休みだから、マッサージを受けて思い切りのんびりしよう。

 

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2024年1月24日 (水)

1月の疲れ

On the Steps 2024 作品をざっとスケッチする。

木本小百合

キャンバスにアクリルで、4点の絵画を並べる。真ん中の2点は、山の風景を描いたもの。両脇の2点は抽象画である。具象と抽象とセットで鑑賞するらしい。その組み合わせが不思議である。

成山亜衣

少し離れてみると色面を強調した抽象画であるが、近寄って見ると、それは人物などを描いた具象作品なのである。見る人や視点によって、具象や抽象に変化する。

安藤菫

夜の植物を描いた絵画、樹脂粘土で作ったレリーフ。人物の手と聖書。砂やビーズを固めて作った魔法の草など、多彩な技法を駆使する。

田中啓一郎

木枠に麻布を張って、抽象的な形を描いたり、木枠を裏返して組み合わせたりしているが、どう見ても絵画作品ではない。絵画という枠組みを利用したコンセプチュアル作品である。つまり観る作品ではなく、考える作品である。

新埜康平

日常のなんでもない風景をポップに描いているが、「絵」の外側には文字を描き込んでいて、謎めいた空間を作っている。

今日は初日だが、パーティーをするでもなく、ただ淡々と展示して、静かに過ごしたい。

わたしは疲れているのだ。昨日は、病院だったのだが、待ち時間に読もうと思って持って行った本が、1ページも読めなかった。目が開かないのである。身体が休憩を要求している。

思えば、今年は正月から疲れていた。1月1日から起き上がれなくなった。夕方、地震があってもやはり寝たままで、3日まで布団の中にいた。4日に起きられるようになる。5日と6日は倉重光則の搬入。7日にマッサージ。8日から13日まで6日連続でギャラリー。14日にマッサージ。マッサージで生き延びている感じだな。で、15日から20日までまた連続でギャラリー。17日はアトリエ・Kに行ったけど。で、次の日の21日と22日はOn the Sreps の搬入。そして昨日の病院である。午前中に新宿の眼科で目薬をもらったあと、女子医大の糖尿病内科の診察。待ち時間はぐったりしてしまった。ポール・オースターの『冬の日誌/内面からの報告書』を持っていたが、開かず。セリーヌと野溝七生子とがっつり系の作品を読んだ後だったので、オースターなら読みやすいだろうと思っていたが、やはり身体は言うことを聞かないのだった。帰りに神保町レジオンの平石裕を見る。ギャラリーの三上さんに、壁の穴を埋めるのはどうするのかと訊かれたので、パテで埋める前に紙やすりで平らにすることが肝心だよと教える。紙やすりをかけないでパテを使うと、壁のでこぼこが目立つようになる。

今週が終わると日曜にまたマッサージを受けるまで休みがない。まてよ、つまり、15日から27日まで13日間、休みなしで働いていることになる。無理しちゃだめだよね。明日は、ギャラリーミーティングの新年会がある。ギャラリーQ、コバヤシ画廊、ギャラリー58、ギャラリィ・K、ギャラリー椿、藍画廊、ギャラリィユマニテのオーナーが集まる。

今日は静かに過ごそうっと。

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