2019年5月20日 (月)

気持ちで描く

昨日、全孝さんの作品を展示した。わたしの手は、白い油絵具でべとべとになってしまった。絵具が乾いていないのだ。

全孝さんは、ぎりぎりまで描いていたということがわかる。

展示は3時間かかった。

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ああだこうだと考えながら作品を移動させていたら思ったよりも時間がかかってしまった。

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いつも全孝さんの作品は気迫があって圧倒されるのだが、今回はなんだか違っている。搬入作業中にすでに驚いて、驚きながら展示をした。

絵を描いている人は特にわかると思うのだが、全孝さんの抽象画は、かなりレベルの高い技術を誇っている。「うまいよねえ…」とわかる人にはわかるのだった。

「祭壇 2019 No.5」 キャンバスに油彩 116.7×91.0cm 2019 ¥300,000

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ところが今回の作品には「技術」が隠されていて見えないようになっている。いや、見えないというよりも、ないのかもしれない。技術を捨てているのではないのかと思ってしまった。技術で描いているのではなく、気持ちで描いているのである。気持ちだけで描くってこういうことかと認識させられる。技術に頼らず描いているから、その言いたいことと気持ちがストレートに伝わってくるのだろう。

「祭壇 2019 No.3」 キャンバスに油彩 116.7×116.7cm 2019 ¥320,000

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気持ちだけで描いているということが、ちゃんと伝わってくるから作品は不思議である。

「遠い日いつかいつも…白い時間 No.3-2」 キャンバスに油彩 91.0×72.7cm 2019 ¥250,000

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この作品などは、ちょっと「怖い」感じがする。

フランシス・ベイコンが、インタヴューで

「あなたはなぜ抽象画を描かないのですか」

と問われて

「抽象画では恐怖を表現することができないからです」

と答えていたのを憶えているが、

佐藤全孝の作品は、恐怖を表現した抽象画の稀な例として数えられるかもしれない…などと思ってしまった。

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「祭壇 2019 No.8」 キャンバスに油彩 72.7×91.0cm 2019 ¥250,000

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佐藤全孝の「捨て方」を見に来てほしい。

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2019年5月18日 (土)

全孝さんの気概

5月18日(土)

朝、全孝さんから電話。

何を言っているのかよく聞き取れない。

たぶん、今日は搬入をよろしく頼むということだろうと思って、わたしは

「わかりました。大丈夫です。任せて下さい」

と言う。

佐藤全孝 展

5月20日(月)-25日(土)

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全孝さんは今年手術をした。たしか3回目だろうか。今回は舌癌である。今、話し方のリハビリをやっているそうだ。

手術のことを聞いたときに、わたしは、ああ、これは今年は個展は無理だろうなと思って、手紙を書いた(電話は無理だろうと考えたから)。今年の個展は中止にしますか?と聞いたのだ。そうしたら、やりますという返信があった。それなら、旧作でやりましょうねと提案したら、新作も出したいということだったので、無理をしないでくださいと答えたのだった。

さっきギャラリーに作品が運び込まれた。息子さんが車で運んで来た。大きな作品が12点。全部新作だった。

全孝さんは、搬入にも来ないし、会期中もギャラリーに来る予定はない。

明日わたしは、ゆっくりと展示作業をするつもりである。

ドイツから英子さんが来た。ウテさんの作品の一部を持ってきてくれたのだ。ウテさんは27日に来日予定である。

島崎藤村の 『春』(新潮文庫)を手に入れた。

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藤村は「昔」の人なわけだけど、昔の作品が、今の自分を力づけてくれる。奇跡的なことと思わざるを得ない。

林芙美子にも助けられたが、藤村の 『桜の実の熟する時』 と、この 『春』 に、わたしは元気を貰っている。

藤村が、北村透谷と親しかったというのは興味深かった。

「『この世の中には自分の知らないことが沢山あるー今ここで死んでもツマラない』

こう岸本は思い直した。彼は波打際で踏み止まって、そこからもう一度人里の方へ引返した。」

 

 

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2019年5月16日 (木)

関根伸夫の文章

一昨日のことであるが、ギャラリーを閉めて階段を降りたら、ギャラリー58で、関根伸夫が亡くなったと教えてくれた。メールで知らせてくれた人もいた。

今、ステップスでは関根伸夫の版画を一点だけ出しているので、なにか「縁」を感じる。

今回出している関根伸夫と菅木志雄の作品は、昔、山形のギャラリーで買ったものなのだが、なぜ山形かというと、こういうわけである。

わりと大がかりな版画の頒布会があって、全国のギャラリーを巡回していたのである。それが山形にも来た。名の通った作家の版画を安価に手に入れてもらおうとした企画だったようだ。菅さんと関根さんは、それに出すように頼まれて、頒布会用に作ったのだと思う。だから、かなり珍しい作品なのではないだろうか。

作品を買うと、作家本人による説明文がついてきた。非常に興味深いので、ここに載せてみたい。せっかくなので菅さんの文章も紹介する。

「〇のプロジェクト・△のプロジェクト」

関根 伸夫 

 彫刻・モニュメント・広場・はたまた版画に至る作品を構想する上で、今までの経験から類推するに、私の場合決して形態から始める例はないようだ。かならず構想する上での意味とか内容みたいなものをまず考え、それをデッサンとかスケッチという幾多のなぐり描きを経てしだいに形態もしくは形相を帯びてくる。この版画で試みているのはこの逆の作業、つまり〇とか△から形相を呼びよせる作業である。しかしここでも厳密に云うならば、「〇とか△から形相を呼びよせる作業」とあらかじめ、意味とか内容といったものを構想している点に気付かれたい。

 私は他人によく、極めて多種多様な着想を同時にやっているけどどうしてかと問われることがあるが、この真意は私にも不明である。唯いいうることは、常に今一番やりたいことを自分自身の起承転結あるいは脈絡なしに表現しようと考えることである。というのも、いかに多種多様な構想と表現をとっても、自分自身の範囲は限定されるし、限界が自らによって生成されると思うからである。

 例えばいかに遠くに石を投げても、世界からすれば自分からすれば自分からはほぼ密着した距離にしか投げられないと同様である。月が鏡であったなら…という歌謡曲があるが、真に月は鏡である。何故なら人間の思惟する範囲の月、その時の感情表現としての月しか古来月はない。

 何だかどうも変な方向へ道がそれたが、この版画は皆様にどう思われるかの方が私には興味がある。

 〇のプロジェクト

 △のプロジェクト

 そして次なる構想は

 ◇のプロジェクト

 を作ってみたいと思っている。

 

 

「版の次にくるもの」

菅 木志雄

 たいがいどこの家庭でも、印かんのひとつや、ふたつはあります。高価な中国産の印石にしろ、文具店で売っている木の三文判でも、その意味するところは、さしてかわりがない。

 〈これは、わたしのものです、あるいはわたしがしたことです〉という証明に使用するのが大半であるけれども、もしそれだけであるなら、外国人のように、自分のサインのほうが、より個人の特性をあらわすという点では、すぐれているのではないかと、考えられなくもありません。ところが、日本では、依然として印かんが重要な役割をえんじて通用しています。

 これは、どうしてか、わたしのひやくした解釈では、日本人はどちらかといえば、抽象性がつよいニンゲンだから、生々しい直筆よりも、ときには、字ともいえないような判(版)のシンボルのほうに、なにか独特のものをみるかもしれません。

 この意味で、日本人とは、〈版〉というものをかなり、さまざまな角度からながめ、拡大解釈できる素地をもっている。

 さて、わたしは、今回、「界置」と「集置」とふたつの版画(といっても画の部分は、おおかた抜けていますが)をつくりましたが、この両方とも、とくに絵柄というものはなく、印刷用の地紋を数種そのまま版におこして、かさねて刷り込んだものです。

 どちらも黒一色。

 なぜ、ちがうイロをくみあわせて使わないか。それは、イロによって、情緒的な(あるいは、感情的な)イメージをよびおこさせないためです。わたしは、単なる絵ヅラではなく、版の意味について考えてほしいのです。版が表わす〈絵〉ではなく、版ひとつ、ひとつのちがいについて考えてほしいのです。

 どこにでもある印かんのように、字のちがいだけでなしに〈版〉そのもののちがいについて、そして、その〈版〉のもっているシステムのちがいについて、思いをはせるならば、第三者は、しらずしらずのうちに、〈なにかを表わす〉ことの意味を、また、そこにあるもののそれぞれのちがいについて考えはじめているということになるでしょう。

 版画は、そのときすでに結果として、そこにあるのですから。

 

 

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2019年5月13日 (月)

ませてる高校1年生

5月11日(土)

ギャラリーを閉めた後、山形東高の同窓会。

後列右から2番目が渋谷先生。

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正式名称は「渋谷恒夫先生を囲む会」という。東京に居る東高のわれわれの学年が山形から年1回、渋谷先生を呼んで、飲み会をするのである。渋谷先生は英語の先生で、東京で学会のあるときに合わせて、わたしたちが飲み会を設定してきて、今回で26回目である。新宿あたりのお店で会を催していたのだが、わたしがステップスを始めてからは、ギャラリーが会場になった。渋谷先生は引退して、学会にも来ることもなくなったのだが、われわれの会のためにわざわざ山形から1泊の予定で来てくれるのである。ありがたいことである。先生は今年、米寿。身体は弱ってらっしゃるようであるが、今でもスキーをする。

健康のこともあり、幹事のK氏は、東京に来てもらうのはそろそろ無理じゃないかなと考えた。東京までご家族が付き添いで来てくれていたりするのも申し訳ない。今度はわれわれが山形に行って会を開くとか、ステップスは階段を昇るのが大変だから、東京でやるにしても、エレベーターのあるお店でやったらどうか、などと相談していた。それを先生に打診したところ、いや、いつものように東京に行くとの返事だったそうである。

挨拶で先生は

「こういう会に呼んでもらって、わたしは本当に幸せ者です」

とおっしゃった。

先生はわれわれの学年に特別な思い入れがあるのだろうと思われる。われわれは言葉通りの「悪ガキ」ばかりだった。悪いやつほど可愛いのかもしれない。

一人ずつ近況報告をすることになっているのだが、今までは、仕事のことや持病がどうのこうのという話が多かったのだが、みんな還暦を過ぎているからか

「孫が可愛い」

というような話題が増えてきたような気がする。お爺ちゃんの域に達しているのである。

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わたしも近況報告をする。ギャラリーのことやら山形の実家のことやらを話す。楽しみはギャラリーを閉めたあとに、教文館に寄って文庫本を買うことだと喋る。慶應大学で哲学を教えている山内君が来ていたので、この間、教文館で山内君の新刊を見つけたことを報告した。買おうと思ったが、きっと山内君がくれるだろうと思って買わなかったと言ったら、ウケた。

山内志朗 『天使の記号学』(岩波現代文庫)

同窓会のようなことは、わたしは本当は苦手である。集まる連中はみんなエリートで、なんだか気が引けてしまうのだ。しかし、ステップスが会場になってしまい、しょうがないのである。今日集まった奴らも半分は東大だし、大学教授も多い。しかし、何年も経って、思い出せない同窓生でも、ここから新たに友だちになっていく展開も面白いのである。

久しぶりに参加した吉田が挨拶に立った。

吉田は、友だちのいなかったわたしの数少ない友だちの一人だった。身体を壊しているので、今までなかなか参加できなかったが、今回は来ることが出来た。なぜわたしが仲良かったかというと、席が近かったからである。東高の席は出席番号順だったので、吉田、吉岡と隣になるわけである。わたしの次は渡邉明美ちゃんだった。吉田は、高校のころからかっこよくて、いわゆるイケメンだった。しかし、この何年かは病気のデパート状態になり、いつも体調がよくないようである。頬はげっそりと痩せてしまい、腰が悪いので杖をついている。歯はほとんどが部分入れ歯になっている。心臓や腎臓、肝臓が悪く、糖尿病でインスリンも打っている。それでも相変わらずダンディーでかっこいい。大学教授でもある。昭和のアイドル歌手が年をとった風貌である。

立って話をしているのが吉田。

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身体はよくないのに、吉田は煙草を吸う。バルコニーで煙草を吸っている吉田が、いきなり

「吉岡ァ、岩木山に行ったの憶えてる?」

と言う。ああ、確か行ったような気がする。

「移動教室だよ」

「憶えてる憶えてる」

東高は遠足とか旅行とかなくて、修学旅行もないのである。高校1年生で行く移動教室が3年間で唯一の宿泊行事だったのである。

吉田が言う

「おまえは、岩木山でも絵を描いてたよな」

「うそ!?ホント?」

憶えていない。

「水彩で山と空を描いてて、雲がこう2つ浮かんでたよ」

憶えていない。わたしはスケッチブックを持っていったのだろうか。そんなに熱心に絵を描いていたのだろうか。不思議である。

「バスガイドさん憶えてる?背が高くてものすごい美人のガイドさんいたじゃん」

「おお、憶えてる」

というか思い出してきた。そういうガイドさんがいた。美人すぎて、みんな気持ちが昂ぶっていたようだった。すごい人気であった。

バスの会社である山形交通の幹部は、東高の1年生だから、ガイドも若いのがいいだろうと考えたのかもしれないが、ガイドさんはみんな入社間もないような若手ばかりだった。10代だったんじゃないかな。

学年は300人くらい居たはずだから、バスは6~7台だったかな。その中の一人がとんでもない美人だったわけである。わたしが乗っているバスのガイドさんは違ったけど。

吉田の話によると、吉田を含めた3~4人で「美人」を喫茶店に呼び出して、「交流」していたようである。

「おれたちはスパスパ煙草吸いながら話したんだよ」

ませたガキどもである。

ガイドさんに連絡を取って呼び出す生徒も生徒だが、それに応じて出てくるガイドさんもかなりである。

しばらくして、ガイドさんからは

「今度結婚します」

という連絡が入ったとのことだった。

まてよ…

そういえば、わたしも自分のバスのガイドさんの家まで行ったことがあるぞ。

確かそのガイドさんは土田さんといったはずである。みんなに「ドダちゃん」と呼ばれていたので憶えている。背が低くてぽっちゃりしている。美人というわけではないが愛嬌があった。何回か手紙をやりとりしたはずである。ということは、おれは住所を訊いていたんだね。ませた高校1年生である。

ガイドさんたちはおれたちのことをどう思っていたんだろうか。

で、「ドダちゃん」から手紙が来て、ガイドは辞めて、ガソリンスタンドに勤めるんだ、ということが書いてあったと思う。

それで、わたしは彼女の実家まで遊びに行ったのである。実家というのはどこにあったのかなあ。大石田か余目(アマルメ)だったのではなかったか。汽車で1時間以上かかった記憶がある。ドダちゃんは車で迎えに来てくれていた。彼女の実家では家族に挨拶して、彼女の部屋にも入れてもらった。食事もご馳走になったかもしれない。

わたしは思い出した話を吉田にした。

「ガイドさんたち、今はどうしてるんだろうね」

煙草を吸いながらそんな話をしていると

「記念写真撮るぞ!」

と声がかかったので、ギャラリーのテーブルを移動させて、みんなで写真を撮る。

そのあと、応援団だったK氏が、応援歌「おお勝利!」の音頭をとり、みんなで歌う。高校球児みたいに大きな声で歌う。

「フレー、フレー、ヤマトー(山東)」

「フレー、フレー、渋谷!」

とエールを送って、会はお開きになった。

吉田は

「じゃあ、またな」

と言って、杖をつきながら、階段を降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

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2019年5月11日 (土)

心の支え

コレクション展の初日に、評論家のS氏が、菅木志雄の版画作品を見て言う。

菅木志雄 「集置」 リトグラフ 50×64cm 制作年? ¥300,000

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「吉岡君、これはダメだよ。まだ見せちゃだめ。もう少し隠しておいた方がいいよ。あと何年かしたら(値段が)どーんと上がるから」

そんなこと言われても出してしまったのだからしょうがない。

そもそも、菅さんは版画作品は作ってないはずだから、これは超レアなのである。菅さんの版画を見たことのある人はいないんじゃないかな。

この作品の右下を見ると、こんなふうになっている。

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これは、どんなふうになっているのかというと、版が3枚あり、それを順番に重ねて刷っているのである。重ねたんだよ、ということがわかるように、こんなふうに隅を切っているわけである。版の元になっているのは包装紙である。市販の包装紙の図柄を版にしているのである。

S氏は「隠しておけばいいのに」

と言うが、隠しておけないのよ。

見せたいのである。こんなの持ってますけど何か?ってね。

ギャラリーに来る人は、みんな珍しそうに見ていく。さっと見て出て行く人はなにも知らない「素人さん」である。

お客さんを品定めするのに都合がいい。

ボイスとか、菅さんとかの作品は、売れないかなあ…と毎日期待しているのだが、こころの奥底では「売れないといいなあ」と思っている自分もいる。

売れてしまったらたぶん寂しくなってしまうだろう。

今回こういう展示をしてみて、この作品は、わたしの心の支えになっていたんだなあ、という事実を発見して、ちょっとびっくりした。

コレクターと呼ばれる人たちもこういう気持ちなんだろうか。見せたいし、隠しておきたい。売れるといいけど売りたくない。

いい作品は、心の支えになるのである。

誰かの心の支えになるような作品を作らなければならない。いい加減な作品は支えにはならないだろう。

島崎藤村の 『桜の実の熟する時』を読み終わる。

次に 『春』を読まなくては、と思って教文館に行く。新潮文庫を探したが、『春』だけなかった。岩波文庫にはあったのだが、新潮文庫で読みたいと思って書棚に現われるまで待つことにした。岩波文庫のは字が小さいのだ。

で、なにか読むものが欲しいと思って買ったのが

澁澤龍彦 『滞欧日記』(河出文庫)

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澁澤龍彦の文章は、あまり好きではない。馴染んでこないのだ。サドの小説は澁澤が訳しているが、他の人の訳で読みたいと思った(それでもサドは面白かったのだが)。人を見た目で判断してはいけないが、澁澤の見た目も好きにはなれない。

三島由紀夫は太宰治が嫌いだったそうで、作品だけでなく、見た目も嫌いだと書いていた。

三島だって、他の人をそんな風に言える風貌ではないだろうに。

澁澤はなんでいつもサングラスをしているのだろう?どの写真でも斜に構えて格好つけている。鼻持ちならないほど気障である。ヨーロッパに行ったときは奥さんといっしょだったのに、奥さんの写真は1枚もない。全部自分が写っているのである。ビジュアル系のロックバンドのボーカルみたいである。自分のことをかっこいいと思っていなければできないポーズでファインダーに収っている。

まあ、そんなことなのだが、この 『滞欧日記』に関しては、非常に面白いと思った。

ヨーロッパ旅行記なのだが、そのほとんどが美術館巡りである。写真も豊富である(澁澤は写ってなくていいのに必ず写っている)。

『春』を手に入れるまで、これで我慢しよう。

 

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2019年5月 8日 (水)

もっと上等な生活

クッツェーの 『恥辱』を読み終える。大学教授がどんどん転落していく話だが、ものすごく面白い。

「いいえ、そうよ。彼らといても、もっと上等な生活はできやしない。なぜなら、“もっと上等な生活” なんてどこにも無いからよ。あるのはこの生活だけよ。」

あるのは「この生活」だけなんだよね。この生活をやっていくしかないのだろう。

「宵闇がせまる。ふたりとも腹はすかないが、とにかく食べる。食すことはひとつの儀式であり、儀式の積み重ねは物事をたやすくする。」

達観。

☆展覧会

関水由美子 展

5/10(金)-15(水)

Gallery キットハウス (大阪市住吉区長居東3-13-7)

Sekimizu

 

横須賀幸男 展

5/13(月)-18(土)

コバヤシ画廊 (銀座3-8-12ヤマトビルB1)

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中村陽子 展

5/18(土)-31(金) 月曜休

ATELIER・K (横浜市中区石川町1-6 三甚ビル3F)

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串田治 展

6/10(月)-16(日)

トキ・アートスペース (渋谷区神宮前3-42-5 サイオンビル 1F)

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2019年5月 6日 (月)

コレクション展、明日から

ギャラリーコレクション展

5月7日(火)-18日(土)

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今回のコレクション展は販売もしています。

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ヨーゼフ・ボイス

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関根伸夫

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菅木志雄

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ドラガン・バーボヴィッチ

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フランク・ディテューリ

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明日からまたギャラリーの営業を始める。発作が治まってくる。身体が反応しているようだ。

今日は、新宿の眼科に目薬を貰いに行く。銀座に来て、1丁目のギャラリーを少し見てから、山形のアンテナショップで、酒を買う、「初孫」。これは今週の土曜日の同窓会用である。山形東高の同窓会である。2000円以上お買い上げのお客様にプレゼントがあり、「さくらんぼ 玉羊羹」とでん六の「甘納豆」を貰う。ギャラリーに酒を置いてから、三越に弁当の注文をしにいく。弁当20箱を予約。セブンイレブンでビールを大量に購入。これも同窓会用。

勝又さんからメール。ロサンゼルスの展覧会は開催されるようである。アートコア・ギャラリーは今年いっぱいはスタッフでなんとか運営するようである。とりあえず嬉しい。

明日からまたがんばるかな。

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2019年5月 5日 (日)

そじる

4月29日にコレクション展の搬入が終ると同時に急激に体調が悪くなる。溜まった疲れが出たのと、気持ちが緊張から解放されて身体にまで影響しているのだろう。30日は一日寝ていた。起きようと思っても身体が動かないのだ。頭の中が空漠になり、眩暈に似たふらつきと眠さが襲ってくる。これはベーチェット病の発作である。まだまだベーチェット病はわたしを離してくれないようである。こういうときは寝ている以外に解決の方法がない。

5月1日、発作が治まらないまま山形へ。

新幹線の中でも、山形に着いてからも眼をつぶったままだった。

墓参りに行ったり、米沢の親戚の家に顔を出したりした。

米沢はわたしの生まれたところである。幼稚園まで米沢で過した。羽黒川という川に架かった橋の袂に「ばあちゃんの家」はある。

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しばらく歩くと大きな杉(?)の木がある。根元には弁天様が祭ってあり、ばあちゃんは毎日のように弁天様に挨拶をしに行くのだった。

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それにしても樹木は長生きである。わたしが赤ちゃんのころからあるこの木は今でもこんなふうに変わらずにいるのだから、人間の人生なんて儚いものである。

山形に行く度に、山形弁をチェックすることになるのだが、今回は「そじる」という言葉が耳に残っている。

一冊のノートがある。使い続けると所々シミができたり、紙に穴が開いたり、綴じ紐がほつれてきたりする。要するにボロボロになってくる。これを山形弁で「ノートがそじで来た」

と言う。

そじるというのは、古くなってボロボロになって汚れて使い物にならなくなることを言う。「そじる」にいちばん近い言葉は「劣化する」だろうか。

年をとると身体もそじる。わたしは身体だけでなく頭もそじてきている。

山形の実家に近くに八幡神社がある。小学校のころからここはわたしたち子供の遊び場で、この境内を駆け回っていた。ここの木も樹齢100年を軽く超えているのだろう。昔と変わらずそのままで生きている。そじていない。

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神社の通じる細い通り道があるのだが、ここに小さな石が埋め込んであり、地上部分は子供用の椅子くらいの大きさなのだが、これも、ずっと昔からそのままである。

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なんでもない石なのであるが、わたしは山形に帰るたびに、この石がそこにあるのを確かめに行く。あ、まだあった、と思って安心するのである。

石も木も、わたしの寿命の何倍もそこで「生きて」いくのであろうと思うと、すこし気が遠くなるのである。

5月4日

山形から東京に戻る。帰りにそのまま千葉まで電車に乗り、ギャラリー睦に行く。倉重光則+高島芳幸の二人展の初日に顔を出そうと思ったからだ。6時までだから間に合うだろうかと思ってギャラリーに電話をするとむつさんは「吉岡先生が来るまで開けてます」と言う。

ギャラリーに着いたときは、パーティーがほとんど終っていたが、むつさんはわたしに食べ物をとって置いてくれた。

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高島芳幸作品。

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倉重光則作品。

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5月5日

亀有の串田治宅に行く。奥さんが駅まで迎えに来てくれていた。

追悼展の打ち合わせと作品選びをする。実際にアトリエで作品を見ると、その数の多さに圧倒される。これでは、1回の展覧会では紹介できない。

夏になったら、選んだ作品を車でStepsまで運んでもらうことにして、わたしは小品を一つと、木のレリーフ作品をもって帰り、ギャラリーで壁に掛けてみた。

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これは1989年の作品。そじてないね。

追悼展の展示はかなり時間がかかりそうである。

 

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2019年4月29日 (月)

搬入が終る

昨日は午後からギャラリーに来て、コレクション展の搬入。倉庫から作品を探し出して、とりあえず並べてみる。

菅木志雄と関根伸夫の版画は意外と大きいな。菅さんの版画は制作年不明である。そもそも買ったのが30年くらい前なので、かなりの年代物である。ボイスのコピー作品も年代がわからない。兎のシリーズものだからこれも古いはずである。鉛筆でサインがしてあって、よく見ると「A.P.」と書いてある。ボイスはこれを版画作品として出したということになる。

配置を決めて、壁に掛けたら、もう夜になっていた。

今日は、作品の値段を決めて、キャプションを作る。データを打ち込んで印刷して、ハレパネに貼って裁断する。壁にキャプションを取り付けて、ライティングをやったら、もう4時である。

作業を続けてやる体力がなくなってきているような気がする。

そういえば、土曜日によこすかよう子展の搬出をやっているときに、倉重光則と勝又豊子が来廊。ロスの展覧会をどうするかという話になる。じつはロスのギャラリーのディレクターが亡くなったのである。90歳を超えていたので、それはある意味仕方のないことなのだが、われわれの展覧会は無くなるかもしれない。ギャラリースタッフが今どうするか検討中らしい。しばらくは様子見ということになりそうである。

かなり疲れが溜まってきているので、明日は一日休むことにする。明後日から山形である。

山形にもって行く本を3冊購入。

J・M・クッツェー 『恥辱』 (ハヤカワepi 文庫)

永井荷風 『浮沈・踊子』 (岩波文庫)

島崎藤村 『桜の実の熟する時』 (新潮文庫)

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クッツェーは 『マイケル・K』 しか読んだことがなかったはずだが恥辱っていう小説は読んだという記憶がある。しばらく考えて、同じタイトルのクンデラの小説であることに気がつく。クッツェーの訳は鴻巣友季子なのでうれしい。この人の翻訳は上手である。

3冊持っていくのは重いので、どれにするかゆっくり考えようかな。

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2019年4月27日 (土)

甲斐さん個展中

先日までひたちなかのジョイフル本田で個展をやっていた甲斐さんですが、引き続き茨城で個展です。水戸にある千波湖のほとりにあるカフェで開催中です。

水戸のかた、茨城のかた、茨城に行く予定のあるかた、ぜひお立ち寄りください。ジョイフル本田では小さな作品を1000点描いた甲斐さんは疲れていますが、なんとかふんばってます。

甲斐千香子 展 「住む、ピース@千波湖」

4/27(土)-5/6(月)

10:00-18:00(最終日16:00まで)

入場無料

好文cafe(水戸市千波湖半)

甲斐さんは5/5・6 在廊します。

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