2019年1月22日 (火)

On the Steps 2019 搬入

1月19日(土)

一色映理子展の最終日、終る時間が迫ってから訪れた人が事務所に溜まってくる。望月久也、宇野和幸、西山真実、徳永雅之の面々が事務所で雑談に興じている。5時を過ぎて、一色が作品を片付け始めてしばらくすると、浜田浄さんが現われる。

「あれ?もう終わりだっけ?」

「ええ、まだ作品見られますからどうぞ」

一色は一番大きな「眼」の作品を梱包している途中だったが、他の作品はまだ壁に掛けたままだったので、見てもらうことができた。

浜田さんがわたしに話しかける。

「吉岡君てさ、カンバヤシアカツキ好きだよね?」

「はい、好きですよ」

カンバヤシアカツキというのは小説家の上林暁のことである。

「でも、どうしてわたしが上林が好きなのを知っているんですか?」

「ブログで書いてたじゃん。断酒宣言だっけな」

「ああ、断酒宣言について書いた。でもあれって、何年も前のことだったんじゃないかな」

「そう?」

浜田さんがブログを読んでるということにも驚いたが、なぜ上林なのか?

「上林暁は高知の出身だからさ、おれ、小さいときに近所で何度も見かけたよ」

「へえ!そうなんだ」

浜田さんは高知県出身で、上林暁は近所に住んでいたのだそうだ。上林暁は今生きていたら117歳である。浜田さんは80歳なので、浜田さんが小学生とか中学生の時には上林はすでに立派な小説家だったはずである。話をしたこともあるそうである。上林は東京にいたはずだが、しょっちゅう四国に帰っていたようである。

「おれ、全集もってるからさ、今度もってくるよ」

え?それって全集をくれるということだろうか?ちょっとだけ楽しみにしていよう。

そういえば上楽寛さんもこのあいだ「本」をもってきてくれた。それは河盛好蔵の「藤村のパリ」なのだが、手作りの本なのである。知り合いの方が、河盛好蔵が雑誌に連載していたのを毎号丁寧に切り抜いて、自分で製本したものなのであった。

「これは吉岡さんがもっていたほうがいいと思ってね…」

ありがたいことである。

1月20日(日)

On the Steps 展の搬入。今日は唐詩薏と下田哲也君が来る。京都から村松英俊君も駆けつける。そして、宇野和幸先生もわざわざ手伝いに来てくれたのであった。

作家の唐と下田、そして洪はみんな宇野さんの教え子である。吉村さんは以前、嵯峨美術大学で助手をしていたことがある。つまり作家6人のうち、4人が宇野さんの息がかかっているというわけなのであった。

みんなで豚カツ弁当を食べながらいっしょに搬入をする。

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11:00から始めて16:00には終了。

ざっと作品だけ紹介する。

洪 亜沙

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「イーランの昇天」 木に油彩、金箔、板、アクリル 49.0×38.5×5.2cm 2018 ¥25,000

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姜 善英

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「still life 2」 紙に鉛筆 27.0×30.0cm 2017 ¥42,000

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吉村 昌子

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「立夏-5月の水田」 キャンバスに油彩 27.3×35.0cm 2017 ¥38,000

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村松 英俊

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「Metronome」 メトロノーム、大理石 13.0×13.0×24cm 2018 ¥100,000

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下田 哲也

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「muscle contest 1・2」 紙にクレヨン、鉛筆、インク 21.0×29.7cm 2018 各¥10,000

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唐 詩薏

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「every single movement #11」 紙にインク 25.7×36.4cm 2018 ¥20,000

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搬入終了後、事務所で打ち上げ。ビールとワインで乾杯。

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16:00から飲み始めて19:00まで続く。

宇野さんは

「なんだかやっと正月が来たような気がする」

と言っていた。

帰りの電車の中で、わたしは林芙美子の『下駄で歩いた巴里』を読む。

これは、昭和6年、林芙美子がシベリア鉄道で、パリ、ロンドンに行く旅行記なのだが、帰りの旅費を持たないで出かけてしまう林の大胆さに驚くと同時に、その楽天さに勇気づけられたりするのである。何十日もかけて鉄道でシベリアを駆け抜けたところの描写が楽しく、しみじみとする。たとえばこんな文章は宝石のようである。よし、がんばろうかなという気持ちにもなるのであった。

「翌朝、私は歯の砕けそうな冷い林檎を駅で買って来て食事を済ませました。上の床の男は、黒パンと渋い赤い木の実を少し分けてくれました。婆さんは、ボロボロのビスケットにバタを塗ってくれました。私はみんな頬ばって食べたのです。美味しいと云うより嬉しくて悲しかったから。」

























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2019年1月19日 (土)

おまじない

今日は一色映理子展の最終日。一色はギャラリーに来てさっそく床を拭き始めた。いつもギャラリーに来たらすぐに床掃除をするのである。

わたしが掃除をサボっているわけではない。いつもクイックルワイパーで拭いたあと、特に汚れが落ちていないところは、ウェットティシュやゲキオチくんを使ってきれいにしている。

一色はいやみで掃除をしているわけではない。

「今日もよろしくお願いします、という気持ちで床を拭くんです」

と言う。絵を描くときも、まず床をきれいにしてから始めるのだそうである。

おまじないだね。

そういえば、以前ステップスで個展をしたアメリカの作家イヴァ・ハラディスもおまじないをしていた。

彼女は香を焚いた。ポッキーのような、お線香のような棒状の香に火をつけて、香の煙と香りを、作品一点ずつに吹きかけていた。

「売れますように」

と言いながら。

さて、来週は 「On the Steps 2019」であるが、水曜日スタートなのでご注意ください。

1月23日(水)-2月2日(土) 

日曜休廊/土曜日は17:00まで

参加作家

姜 善英/洪 亜沙/下田 哲也/唐 詩薏/村松 英俊/吉村 昌子

Onthesteps

特にオープニングなどは予定していない。姜さんは韓国にいるし、洪さんと吉村さんは大阪で、村松君は京都だしということで、みんな揃うということが難しいからである。

明日搬入なのだが、東京に居る唐さんと下田君、京都から搬入に来る村松君に手伝ってもらいながらなんとかがんばろうかな。

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2019年1月17日 (木)

訃報

作家の小山悦子さんが2019年 1月10日に大腸がんのため亡くなられました。

昨年12月のSteps Galleryでの個展の少し前から入院していたのですが、退院することができずに個展には顔を出すことができませんでしたが、これが最後の個展になってしまいました。

Stepsでは2013年から毎年個展を開催し、昨年が6回目の個展でした。

ご冥福をお祈りいたします。

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2019年1月16日 (水)

ミランの歓迎会とお別れ会

昨日、展覧会「遠くへ」のお知らせをしましたが、ミラン・トゥーツォヴィッチの来日についてもつけ加えておきます。

ミランは、2月22日に来日し、3月10日に帰国します。

2月22日は昼ごろ成田空港に着いて、そのまま車で倉重光則のスタジオに向かいます。ミランは、展覧会の搬入日まで、倉重スタジオに泊まりこみ、作品を仕上げる予定です。

それで、到着した日にスタジオでミランの歓迎会をします。たぶん夕方5時ごろからということになると思います。勝又豊子さんがおいしいおつまみを用意して待っています。参加したい、ミランに会いたい、という方は吉岡に連絡をください。

倉重光則スタジオは京急線の終点「三崎口」で降りてバスですぐです。

送別会もします。これもお知らせしておきます。3月9日に早稲田大学で高橋ブランカさんの講演会があります。16:00ごろ終る予定ですが、そのあと希望者は銀座に移動していただいて、ステップスギャラリーで講演会の打ち上げとミランの送別会を兼ねてパーティーをします。18:00から20:00ごろです。参加希望の方は連絡ください。

以上、歓迎会と送別会についてでした。

展覧会初日3月5日のレセプションについてもお知らせしておきます。通常はレセプションというと、挨拶があり、ワインを飲みながら歓談というふうになるのですが、WASEDA GALLERYは飲食不可ですので、レセプションは関係者の挨拶だけになります。レセプション後は、希望者を募り、大学近くのレストランで打ち上げをする予定です。割り勘です。当日お知らせしますのでよろしくお願いします。

☆展覧会案内

・水口秀樹展

1/16(水)-21(月) 会期中無休

10:00-20:00(初日15:00から/最終日18:00まで)

SPACE ZERO(渋谷区代々木2-12-10全労済会館B1)JR新宿駅から徒歩5分

作家は15:00から毎日在廊します。

水口秀樹は吉岡の大学の同級生です。

・山之内 葵 展

1/21(月)-26(土)

11:00-19:00(最終日17:00まで)

ガレリア・グラフィカ bis(銀座6-13-4銀座S2ビル1F)

山之内さんは嵯峨美術大学出身で、現在は多摩美術大学の大学院2年生。昨年からStepsでバイトしてもらっていますが、もう卒業なので、どうなるんだろう?

・第24回ニパフ国際 速報

トーク

3/10(日) 10:00-13:00 (3331アーツ千代田)

パフォーマンス

3/11(月) 19:00~ (東京 西荻窪「驢馬とオレンジ」)

3/12(火)・13(水) 19:00~ (東京 成城学園前「第Q芸術」)

3/15(金) 19:00~ (3331アーツ千代田)

3/16(土) 19:00~ 3/17(日) 16:00~ (大阪大正「劇団からくりスタジオ」)

3/18(月)-20(水)2泊3日 「信州セミナー」 (長野市)

3/20(水) 19:00~ (松本市「マツモトアートセンター」)

3/21(木) 15:00~ (長野市「モンゼンプラザ」)

スペイン、韓国、ベトナム、台湾から8人のアーティストが来日するようです。

ニパフの霜田誠二は2月4日(月)-9日(土) Steps Gallery で個展です。

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2019年1月15日 (火)

打ち合わせという名の飲み会

1月14日(月)

今日はギャラリーで展覧会の打ち合わせ。

一色映理子を7時で閉めてから、ワインを飲みながら始める。

何の打ち合わせかというと、3月に開催される「FAR AWAY 遠くへ」という展覧会なのであるが、打ち合わせというよりは、関係者の顔合わせという体裁で、気楽におしゃべりをしながら話を詰めようという魂胆なのである。であるから、実質は飲み会である。

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展覧会の概要をお知らせする。

☆展覧会名: FAR AWAY 遠くへ (日本・セルビア現代美術交流展)

☆会期: 3月5日(火)-14日(木) 日曜休廊

10:00-18:00

☆会場:WASEDA GALLERY(早稲田大学27号館B1F)

☆オープニングレセプション: 3月5日(火) 16:30~

☆出品作家

ミラン・トゥーツォヴィッチ

倉重 光則

十河 雅典

☆関連企画

講演会 「良くも悪しくも、セルビア」

講師:高橋ブランカ

日時: 3月9日(土)14:00-16:00

会場:小野講堂(早稲田大学27号館B2F)

ミラン・トゥーツォヴィッチは来日し、3月5日と9日に在廊

主催:早稲田大学 長谷見雄二研究室

企画:Steps Gallery

後援:在日セルビア共和国大使館

詳しくはまた会期が近づいたらお知らせすることになります。

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打ち合わせは、ミランが来日するので、その日程や担当者を決めたり、チラシやハガキのデザインチェックをしたり、かなりじっくり話をしたので、打ち合わせという名前の飲み会ではなく、飲み会という名前の打ち合わせになったかもしれない。

☆ブランカさんのセルビア案内

朝日旅行の「移動教室」というプランで、高橋ブランカさんが案内する旅 「私の好きなセルビア案内」というのがあります。

2019年 5月15日(水)-24日(金) 10日間

同行講師:作家 高橋ブランカ氏

企画:(株)朝日旅行 03-6858-9822

旅行代金:488,000

サラエボ、ズラティボル、ヴルニャチュカ・バニャ、ベオグラードと回るようです。

募集は20名程度と多くはないようです。

これもまた後日お知らせします。

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2019年1月11日 (金)

高橋ブランカ 『家の異人』

 家の異人

 あなたが語り手だったら、この話は若干違うだろう。それで念を押して言う――これは私のストーリーである。あなたはきっと頻繁に《違う》と思うだろう、文句も言いたくなるだろう。「君の話はいつもずれてる」とはあなたの口癖である。ずれているかしら……。ずれているとしたら、それは真実と、本当に起きたことと違うものになっているのか? それとも解釈、見る角度、ちょっとした補強になっているのか? 《補強》は可笑しいって? だって、ちょっとした誇張をせずに話せないの、私。女性で、物書きなんだから。つまらない本当の話と喜怒哀楽の調味料たっぷりの本当の話、どっちの方が聞きたい? それは印象に残る方だろう、文句を言うあなたもそちらを選ぶのではないかしら。私のずれている話はそういうものである。真実を偽ったことがない、とあなたも認めざるを得ない。

 土曜日の朝はしばらくベッドでごろごろした。昔の憧れ――週末はたっぷりと寝ること――が今となっては苦痛に変わってきた。ゆっくりするとはいっても、いつもの七時より七時半にそっと、あなたを起こさないように、ベッドから忍び出た。

 静かな居間を満喫していた。あなたが現れると同時にアナウンサーにスポーツ解説者、天気キャスタ―に大食い芸能人も私の聖地になっている居間に、笑いながら、食べながら、流れ込んで来る。朝から他人のハイテンションが苦手である。それであなたが寝てる間、私は……深海魚月面のクレーターだ。私の耳には快い壁時計の微かに聞こえる秒針の動く音だけが私は起きている、そして生きていることを証明する。外から聞こえる音――犬の吠える声、トラックのエンジン音、布団を叩く音――は嫌ではない。充分遠くて、聞こえるとは云え、私の静けさを侵さない。

 公園と周りのマンションをゆっくり見た。犬の散歩をする人、乳母車を押す人。車の数が少なくて、町は週末の落ち着いたペースの呼吸していた。もっとも、土曜日の早い時間でも模範的な主婦は布団を叩いたり、洗濯物を干したりしている。一体何時に洗濯機を回したのか、その人⁈ 公園の反対側に建っているマンションのある窓での妙な動きに気付いた。白くて四角い何かが上下左右に窓の中を行ったり来たりしている。初代のコンピューターゲームのように。何だろう、誰かがSOSを出しているか? まだまどろんでいる脳は数秒の遅れで分かる――その人は窓を拭いている! 土曜日の朝、七時半に。脱帽。私の目は数センチ離れたうちの窓にフォーカスを合わせた。この窓を最後に拭いたのは、いつだったかしら……? 

 またまた自分の主婦完成度に失望しているところにあなたが現れた。後ろから私のウエストに腕を回して、軽く首筋を噛んだ。

「おはよう……。外で何か面白いものを見つけた?」

「いや……二人の熱心な主婦の顔を想像していた。あと、太陽を浴びてセロトニンの分泌を促してたの

 あなたは笑った「口を開けて太陽をパクパク食べたと言わないで、お願い! 心配になる」「いいえ、あの人達ほどエクセントリックではないから、安心して」、と私も笑って、コーヒーを淹れに行った。

 あなたの手が自由になった瞬間に、まずは日産に載った矢沢永吉、それから自分がブスでバカをセールスポイントにしている女芸人と記者会見で泣いている政治家がうちに入った。

 コーヒーを飲んで、あなたが言った。

「誕生日プレゼント、何がいい? ごめん、今回は何も思いつかない」

「九年もよく持った! 正直に言って、私もそろそろネタ切れなの。あなたも今度考えて、ほしいものを教えて……。んで、私はぁ……一緒に劇を観に行きたい。そう、誕生日プレゼントはそれにしてちょうだい」

 あなたの口元へ移動したコーヒーカップは一瞬停止した。《嫌がってる、嫌がってる》と私は思って、あなたの断る言い訳を待っていた。でもあなたは乾いた咳払いをして「何を見る?」と訊いただけである。あの咳払いはあなたの癖――ね、意識している? 何かを気に入らない、反対したいけれども飲み込むしかない時、いつもそうして喉に物質的にないその障害物を払っている。演劇のなまじ現実的なところが嫌いなあなたは自分と戦い、私のために行ってくれることにした。現実と接点のない芸術作品が嫌いな私を映画館に誘わないあなたに見習って、私もあなたを無理に引っ張らなくなった。昔はあなたの芸術的な趣味を自分に似させようと、随分二人ともを苦しませた。悪かった。でもそれが分かってもう何年も一緒に劇場に行っていない。しかし今回は絶対にあなたにも観てほしい。

「好きではないのは分かるけど、今回は多分――いや、間違いなく、私と同じ気持ちで観るよ!」

「それはあり得ないだろう。俺らが芸術に関して同じ意見を持った試しがないじゃん。でもいいよ。誕生日プレゼントにそれが欲しいなら、チケットを買っておく。その後は最近発見したフレンチレストランに連れてってあげる」

 私は考えれば考えるほど確信を持った。この作品に限って文学などに関して見方と期待の異なる私たちは絶対に「だよねー」を連発する。二十分で天ぷら、カレイライス、ラーメンとステーキを、合計で三キロも完食しようとしている大食い芸人が殆んど噛まずに飲み込んで次の山もりのスプーンを口に入れるのを見たら気分が悪くなりそうで、テレビから目を背けて本を探しに行った。もう一度劇の原作の「物語がどのように作られるかという物語」が読みたくなった。

 当日は二人ともおしゃれな恰好をして出かけた。レストランでお酒を飲むつもりでいるから車には乗れない。それに天気も良くて、余裕を持ってまずは散歩を楽しむ。もっとも、私のハイヒールの靴は散歩には向かないのだが、あなたに寄りかかりしばらく歩いても足は痛くならない。その時思った――今となってはあなたも至って自然に私の手を取るのね。躾、成功

 いい席を取ってくれてありがとう。周りの観客の抑えた興奮を感じて、嬉しかった。劇場には、映画館にない、独特な濃い空気が漂っている。偉大な芸術との出会いを期待しているみんなの呼吸が違う。ここでポップコーンを出されても、誰も食べないだろう。礼儀上、風習上出ないからではなく、みんなの呼吸がそれに耐えられないだろうから。延々と口を一杯にしている大食い芸人を思い出して身震いした。

 後も何度か言ったと思うのだが、私はボリス・ピリニャークのこの短編小説は好きではないのである。最初にロシアで読むように勧められた時も、数年経って読み返した時も、つい先日、観に来る前にもう一度読んだ時も、やはり、ムズムズ感が残った。ピリニャークの作家としての人気と権威は大きくて、この作品もどさくさに紛れて「傑作」とされたのか? どちらかと言えば、私はそう思う。だからあなたと一緒に見たかった。文学的な名声云々を知らない、影響を受けないあなたにはどう映るか、知りたかった。

 二十世紀の初め頃のウラジオストックのアパート。若い金髪の女性、ソーニャ、は日本人のタガキの住んでいる部屋の前を通って、彼がロシア語で詩を朗読していることを聞く。「L」と「R」の区別のできない日本人のロシア語である。詩の次に彼は歌い出す。ソーニャはこらえきれずに笑うと、ドアが開き、タガキは言う「すみません。マドモアゼウをご招待すウのは失礼です。私が訪問をスウのをおゆウしください」

 そのロシア文学好きな男は日本帝国占領軍参謀本部の将校である。やることなすこと、変わっている――一日二回もお風呂に入る、夜はパジャマで寝る。皆に「キツネザル」と呼ばれている。だけどマナーは申し分ない。デートは、暗い所に連れて、キスを奪おうとするイワンツォフ准尉と違って、劇場で、しかも前列。ソーニャの部屋を訪ねると、必ず豪華なチョコレートを持ってくる。

 ソーニャは中学校を卒業して教師になろうと思っていたが、それも結婚相手が現れるまでのこと――古きロシアに暮らす他の多くの娘たちととりたてて異なったところはない。プーシキンとチェーホフのことは聞いていたが、中学校で必須になっている程度。人間は物事を理解する時自分の尺度が他の全ての基準になると独り合点するものだ、などと考えたことも一度としてなかった。

 ある日、タガキがソーニャの聞いたことのないブリューソフやブーニンの詩を朗読して、彼女の部屋に長居した時、急に顔が薄紫色になり、目が血走った。彼は慌てて部屋を出る。若くて世間知らずのソーニャは本能的に、それは男性の情炎が燃え上がっていると分かる。それで泣く。人種も全ても異なるその人を受け入れることができなくて。

 ところが、少しずつ彼女も惚れ始める。しばらくして、タガキは、外国人と結婚が禁止である規制を破り、ソーニャに求婚する。正装をし、白い手袋をはめ、家主の夫婦の立ち合いの元でヨーロッパの流儀で結婚を申し込む。

 タガキが膝をついているところで幕が降りた。休憩中に足を延ばそうと、劇場のスタンドカフェまで行った。コーヒーを飲んでいたら、隣に立っている若い男性の言うことが耳に入った。

「これって、いつ頃の作品だったっけ?」

 連れの女性は「確か、三十年代、ピリニャークが来日した後」と教えた。

「よくも、ま、人のことを猿呼ばわりして。腕が長くて自分の方が猿に似ている癖に!」

 彼女は笑った。私たちも笑いそうになり、視線を交わした。彼のコメントを腕の長い白人が聞いていると、私が彼らに背中を向けているから、分からないのである。

「あとさぁ、あれは何だったのか? 彼が朗読していると思ったら、顔色が薄紫になるわ、呼吸が荒くなるわ。いないよ、そんな人!

日本人は生理的にも違うとでも思っているのか、ロシア人⁈

 彼女は再び笑い、言う。

「文句が多いね。百年も前のことだからお互いの印象は多少歪んでも仕方がないじゃないですか」

 あなたも似ているようなことを思っていただろう。しかし私は違うことに関してあなたの意見が聞きたかったから、その時何も言わなかった。後で、食事をしながらゆっくり色々と話したかった。その段階ではまだ早かった。第二部の時間もきて、私たちは席に戻った。

 一人で敦賀港に着いたソーニャは警察にしつこく取り調べられる。ヨーロッパ風の建物も人間も食べ物もない。イカの匂いが漂うその小汚い、町とも呼べないところがソーニャに恐ろしい印象を与える。タガキの指示通りに夜行列車で大阪に行く。列車には男女ともに乗り、寝る前に他人に肌を見せるのを構わずに着替えると分かったソーニャは更にショックを受けて、一晩中眠れない。大阪の駅でタガキの兄が迎えに来て、深々とお辞儀する。握手をして貰えなかったソーニャは拒絶された気持ちを抱き、益々心細くなる。お兄さんにお手洗いに連れて貰い、《あっちへ行ってちょうだい》と手で伝えているのに、彼はずっとそこに突っ立っている。日本ではその仕草は《こっちへおいで》という意味があるとソーニャは知る由もない。

 やっとタガキと再会ができたソーニャはほっとする。彼は軍を除隊させられ、地方で二年間流刑されることになった。それから二人の落ち着いた生活が始まる。ソーニャは窮屈な着物と足の指の間にまめを作る下駄にも、時間とともに、慣れる。和食の調理も上手になる。日本語も少し話せるようになる――寝る前に「オヤスミナサイ」、お礼を「アリガトーゴザイマス」。タガキが読んでいるロシアの本を彼女もいくらか読む。タガキは昼間、読書の他に、何かを書く。夜は情欲的な夫に導かれ消耗する。

 流刑が終わってからソーニャの人生は一変する。急に大勢の人に敬意を払われ、家事も召使がするようになる。その変化は、夫は有名な作家になったからだそうだ。どういう小説を書いたか、とソーニャは一応夫に尋ねるが、彼はこれと云った答えをしない。教えて貰っても、どうせ自分には分からないだろう、とソーニャは納得してもう訊かない。しかしその小説の内容を知ることになる。ロシア語のできる記者に、作者は西洋人である妻を観察して、事細く書いた、と教えて貰う。彼女の全てがその本にある――情欲や下痢で身を震わせる姿まで。夫が四六時中自分に対してスパイ行為をしていたのである……

 そのショッキングな事実を知ったソーニャは最初に呆然とする。それから――私たちの二列目の席からよく見えていた――大きくて青い目から大粒の涙を流し始める。一言も言わない、泣きわめかない、引っ切り無しに本物の涙を流すその女優さんは大体の観客にむごい仕打ちをされたソーニャに同情をさせただろう。この作品に対して批判的である私までも――この場面では――ソーニャを可哀そうに思った。彼女に起きたことは恐ろしいと思わないのである。その出来事が私の中で何の感情を湧き起こさない。しかし彼女の苦しみは本物だと信じている。他人には無意味に見える人の哀しみはそれでも哀しみである。

 ソーニャは泣いている。彼女のドレスは風になびかせる。記者と二人で立っている崖の下の方から波の響く音がどんどん大きくなり津波が迫ってくるかのように、この女性の世の終わりを宣言している。

 舞台も客席も海水のではなく、音の津波に飲み込まれ、それがピークに達した時に轟きは、切れたギターの弦のように、ぷつっと止む。次の瞬間にソーニャは激しい勢いで舞台を去る。

 数秒間の暗闇の中で舞台は崖からタガキとソーニャが住んだ家に変わる。小さ目で質素な家には誰もいない。舞台の上に設置されたスピーカーからナレーターの声が流れ出す。

「私には人を裁くことはできない。でも私の使命は考えること。全てを考えること。特に物語がどのように作られるかということを。

 ソーニャはというと、シンプルかつ鮮やかな、実に素晴らしい文章で自分の日本生活を綴り、帰国願いを申請した。彼女は有名な作家の妻という地位も愛も感動に満ちた碧玉の時も捨てて、元の鞘へ、ウラジオストクの小学校の教師たちの元へ帰っていった」

 照明はそれから徐々に消え幕も降りた。次の瞬間に客席のライトが付き、拍手が始まった。私は観客の顔を見た。まずあなた――あなたはニュートラルな表情で強くもなく弱くもない拍手をしていた。他の観客の反応は様々だった。舞台に現れた俳優に満面の笑みで拍手を送る人もいれば、数回手を叩いて帰ろうとする人もいた。私たちは役者の二回目のお辞儀の後で、流れ始めた観客に合流してゆっくりと出口に向かった。通路が狭くて、速く歩くことが出来ない分、人の話をたっぷりと聞くことができる。私の前にいた二人の若い女性は、どうやらロシア語のできるお嬢さんで、ピリニャークの他の作品について話していた。彼女らが廊下に出たら私たちと違う方へ行ってしまったからはっきり聞こえなかったが、「……でも最終的に日本を批判するのはやむを得ないことだったでしょう」のようなことを言っていた。私は《そう、そう》と頷きながらあなたの手に引かれて反対方向に行った。出口の前で再びみんなはゆっくりとした足取りになる。三人の年配の女性の会話が耳に入る。

「百年足らずで日本はこんなに変わりましたね。今の日本人でさえ当時の風景、風習、警察の態度に戸惑いますね……ましてや言葉も何も知らない若いロシア人女性」

 他の二人も「そうですねー」と言う。

「私も嫌ですよ、そんなことを主人にされたら。人にはプライバシーの権利、というよりも、プライバシーの必要がありますもの。自分だけの空間だと思ったのを暴露されたらきっともうその人と一緒にいられないでしょう」

 と、もう一人の婦人が言う。三人目の女性は二、三度頷き、言った。

「しかしですね……何か大事な部分が足りないような気がします。何だか……一方的で。当時の日本の私小説を認めるか認めないかは置いておいて、一時盛んに書かれていたでしょう。今回の主人公のタガキという人も、谷崎がモデルではないかしら? 谷崎の手法に似ています。しかし、小説のあらすじを聞くことと作品を入念に読むのと、全然違います。書いた対象よりも肝心なのは書き方だと、私は思います」

 あなたもこの会話を聞いていた。私たちは視線を交わした。二人きりになるのを私は待ち切れなかった。出口をくぐって外に出た時に若い男性――さっき、休憩中に私たちの隣で立ってコーヒーと飲んだ若者――のコメントを聞いた。彼は連れの女の子に「ヒステリックな女! ロシアの演劇はもう勘弁して」と言った。

 私たちは笑った。周りに観客がいないと分かってから私もあなたの意見を尋ねた。

「で?」

 あなたはさっきの若者の口調を真似して言った「ヒステリックな女だこと! お願いだから、誕生日プレゼントはもうロシアの演劇を頼まないで」

「安心して、もうあなたを劇場に無理矢理に連れて行かないよ。しかし、私の言った通りだよ、この作品に対して私たちは同感であること」

 あなたは眉毛を持ち上げてびっくりした表情で私を見た。あなたの目には《これは何かの罠だ!》と書いていた。

「ドーカン⁈ あなたは感情が高ぶるような、大きなドラマのあるような演劇が好きなのに、今回は俺と同感?」

「そうなんですよ。だから連れてきたの。ま、テクニカルに言えば、あなたが私を連れてきました。ありがとうございます、ご主人様!

でさぁ、ここがみそなんです――《ヒステリックな女》……ちなみに、私たちは今どこに向かっているの?

 私は周辺を見回した。あまりよく知らない地区だった。「レストランはこの近くにある?」

「そう、すぐそこ。だけどまだ早い。もう少し散歩してから行こう。七時に予約している」

 確かに、夕食にはまだ早かった。六時前で、まだ明るかった。

「あ、でもあなたはハイヒールだね。歩ける?」

「私を支えてくださる優しいご主人様がいらっしゃる。大丈夫でございます」私はふざけて甘ったるい声で答え、あなたにもっと寄りかかった。茨木のり子が脳裏を過ぎった。

「私は何が言いたいかと云うと、これは最終的に一人の、教養も知性もない、その上にヒステリックである女についての作品になってしまった。ピリニャークは恐らく違うことを狙った、ちゃんとしたドラマを見せたがっていたと思う。しかし、そのドラマの核心を描き切れなかった。自分の近い人について小説を書くと云うことはいかに大変、いかにリスクが高いことだか、小説を書こうと思ったピリニャークの気持ちがすごーぐ良く分かる! これは物書き全員が気になることです。そして、それについて書くことにするなら、その問題の解決を見せるか、それができないなら――どちらかと言えばそれができないと思う。万能な処方になり得る一つの手口は存在しない――要するに、それができないから、せめてそのドラマ、その《身近な人を傷付けないで書いてみたけど、案の定、失敗しちゃった》と云う例を力強く、本なら読む人、演劇なら観る人の魂に一トンの鐘のように鳴り響くような作品にしないと、書く意味はない」

 肺の底に残った最後の空気を使い果たして言い終えて、大きく息を吸った。凄い快感を覚えた! やっと、何年も前からモヤモヤしていた気持ちを言葉にできた。多分声も身振りの大きかっただろう――通りすがりの数人の人はびっくりした表情で私たちの方を見ていた。

 言い切ったと思ったものの、実は大事なポイントを忘れたことに気付いた。

「より正確に言うと、なぜピリニャークのこの作品に合格点を与えられないかと云うと、その核心になる大きなドラマの構成がうまくいかなかったから。タガキの小説の大事なエピソード一つ二つを紹介すれば、読者は《この野郎! 愛してくれている奥さんのことをこんな風に書くなんて、最低!》と納得できたのに、彼は些細な、ドラマの一部に過ぎないはずの、この女性の性格の特色の一つであるヒステリーに重心を置いた。ヒステリックな人はどうでもいいことに、どうでもいい場面で、冷静さを失う。行列で誰かが割り込んだから、とか、天気が悪くて乗るはずの飛行機は飛ばないと知って、とかね。自分と人生を分かち合う人について書くのはいかに難しいかとう重大なテーマを書くなら、より安定している、ちょっとやそっとのことで乱れない人を主人公にしないと

 あなたはわざとらしい偉ぶる口調で言った。

「あなたはいかに幸せか、分かってるだろうね? 俺はどんな書かれ方をしても、暴れない、すねないから、感謝しろ」

 私の小芝居はまた視線を引いてしまった。両手であなたの顔をロックして数秒間ジーっとあなたの目に深く覗き込んだ――というよりはあなたが私の誠実な瞳に潜れるために止まり「感謝感激でございます」と言って笑い出した。確かに、あなた達日本人が言う通りなの、こういう時に人は照れるわ。でも私は本当にありがたく思う。あなたみたいな人は他にいないのである。

「要するに、タガキが酷いことをしたと読者が知るのは、タガキの小説からではなく、その小説は《スパイ行為》の結果としてできたものだと言うピリニャークからだ。読者はそれで納得ができるものだったら、何ページも書く必要はない。そのことを三行で伝えることができる訳。『日本にはタガキと言う卑怯な作家がいた。彼は若くてナイーヴなロシア人の娘と結婚して、四六時中彼女に対してスパイ行為をし、小説を出版する。教養では主人に見合っていなかったソーニャは自尊心と道徳心を振り絞り、地位を捨てて祖国に帰る』……文学よ、さようなら!

 私があまりにも熱くなるとあなたはいつもやっているように、少しは相手側を庇ってみた。

「でも時代背景を忘れてはならない。ソ連から資本主義の国日本に行かせて貰ったピリニャークは日本や日本人に何かしらの方法で泥を塗らなければならなかっただろう。綺麗なことを書きすぎるともう二度と国外に出して貰えないかもしれないし、下手すると、命もないかもしれない」

「それも事実。だけど助けにはならなかった。数年後彼は日本のスパイの容疑で処刑された。しかし、私はまた作品自体に戻りたい……」

 あなたは笑った。

「誕生日プレゼントは《演劇鑑賞、そしてあたしに思う存分に講義をする時間》だった訳? 別にこれ以上俺を説得しなくてもいいよ。確かにあなたが言った通り――この作品に関して俺たちは同感。ソーニャは色々な体験して人として成長したから、細かいことは置いておいて、全体的に得しているのに、小説についての又聞きで全てを捨てるなんて、精神不安定な人の話意外になっていないと俺も思う。俺は、ほら、あなたの小説の俺らしき人物が釣りに行くふりをして浮気をしまくるエピソードがあったじゃん? その小説が出版されてからどんなに多くの人に《釣り》関係のダジャレを言われたか知ってる⁈」

 私も何度かいた、人が遠回りに釣りの話題を出した時に。あなたは見事な立ち居振る舞いをしていた。

「でもね、それは俺と関係のないことだから、人にどう思われようと、気にしない。私たちを知っている人は、俺は釣りをしないと知っているし、私たちを知らない人達の意見なんかには興味ない。それが、例えば、俺の本当の、人に知られたくないことをあなたが使って、しかも明らかに悪用……悪用かな……何と言えばいいかね……それには明らかにあなたが俺を馬鹿にする、傷つける意図があったら、話は違うだろうけど」

「そう! そこがポイントなんです。作者の意図。タガキの意図なんかは私たちには知るすべもない。事実として彼は奥さんのことを書いたとしか知らない。でも同じ事実を良く見せることもできれば、悪く見せることだってできる、意図によっては。ピリニャークは『私には人を裁くことはできない』と言いながら、一方的にタガキを裁いている。ソーニャの主人を捨ててロシアで貧しい教師の生活に帰ったことを明らかに称賛している。そして彼、ピリニャークだけではない! ソーニャは偉い、当然のことをした、と言っている人が殆んど。今まで、あなたと話すまで違う意見を聞いたことはないの。だからどうしてもあなたにもこの作品を紹介したかった――いくら私はヒトサマの意見に流されないとは云え、さすがに他に誰一人も王様は裸だと言わないから微かに不安になり始めた。ちなみに……」

「ちなみに……」あなたは止まり辺りを見回した。おや、迷子になったのか? 私が悪い――気になることを話し始めると時間も空間も存在しなくなってしまう。もうかなり長く歩いていて、いくらあなたにすがったとは云え、足が痛くなった、でもそれさえ熱弁中に全く意識しなかった。

「あ、ここか。大丈夫、大丈夫、分かった。もう少しこのまま真っすぐ行ってから、確かに……右に曲がってレストランの方に出られるはず。はい、何でしたっけ、ちなみにって?」

 私は再びあなたの腕に寄りかかりせっかくの申し出に甘えた。

「と云うのは、どの物書きだって遅かれ早かれ、多かれ少なかれ、自分の近い人を小説の題材に使うもの。その人を中心人物にするか、その人特有の、例えば、仕草だけを全然違う人物に縫い付けるかの違いだ。言うまでもなく、それは大変デリカシーの必要な作業なの。多くの人は傷付いた。だからと云って作家はもう身内の者を書かないということにはならない。トルストイを見てご覧! 殆んどの人物に実在のモデルがあった。それでなにー―トルストイは駄目な作家なの⁈ 一々誰かを傷つけたらどうしようとビクビクするなら一層のこと物書きを辞めればいい。

 もう一つ大事なことは、人を書くというのは、人を観察する。ピリニャークはタガキの場合それをスパイ行為と呼んでいるけど、私に言わせて貰えれば、それは観察だ。そしてきれいごとだけじゃダメなの。本物の人間臭さがないと、書く意味はない。アンドレ・ジードが言うように『美しい気持ちからはダサい文学作品しかできない』。ごもっともです! ジード先生、ありがとうございます! 葛藤、悩み、苦労、憎悪などのない作品は人の心と記憶には残らない。それは人の性質だ。カタルシスを求めているの。ピリニャークは『物語はどのように作られるか』と分からないふりをして、子供に『赤ちゃんはどこかから来るの?』と訊かれてコウノトリ云々でお茶を濁している大人と同じことをやっている。知っているに決まってる! 書くというのは厭らしくて罪深い行為なの。書く動機さえ罪深いよ! 自分が書く感情、思想なくしては世界は不完全だと思っている作者は罪人だ……」

 今度はあなたが私の目に覗き込んだ。

「本当にそう思ってるの? どうしたんだろう? 雪でも降るんじゃない?

 私にしては謙虚、自虐でさえある発言だった。私らしくないとあなたは思うのだけれども、ナルシストに見える人は大抵その反面自分の価値、自分のやっていることを強く疑う性質もある。それをあまり口にしないだけなの――半分は弱みを見せる恥ずかしさで、半分は近い人に心配を掛けたくないからである。たまには、いろんなことがたまり過ぎてくると、ぜんまいをめいっぱい巻かれた……あ、このフレーズを終えることができない……。 セルビア語で、凄い勢いで喋る人のことを《ぜんまいを巻かれたように喋る》と言う。日本語には似ているような例えはあるかしら……? ま、あなたは私の変な日本語でもいつも理解している」

 その日はある意味で決算期だった。四十二歳になったその日に三十代の引力が弱くなっていくことを感じ始めた。まだ若さと連想される、まだこれから充分にいろんなことを始められる三十代は刻々と過去になっていく。確実に。新幹線の車窓で一瞬見え、通り過ぎた風景のように。気にしていない風に装ったが、かなり不安である。体も変わる、あの大きな夢も諦めなければならない。あなたの愛は私の宝物だが、ママと呼ばれることはとうとうないだろう。そして、そのあなたの愛……当然のこと、いつまでもある、と安易に信じるのに私は色々なことを見てきて、色々な本を読んできている。あるかもしれないし、ある日突然、あるいは徐々に――結果に大きく変わりない――あなたは私から離れるかもしれない。人生とは毎日新しく当たり外れがでる宝くじである。そして……私たちの年齢差もあって、あまり楽観ではいられない。あなたのお母さんと最初に会った時のことを今でも鮮明に覚えている。

 背筋を伸ばしてソファーの端っこに――今にも立ち上がって去りたがる様子は明らかだった――座り「あの子よりいくらかは年上だと聞いていますが」と言った。

「はい、クネン……キューネン……」と私はどの言い方が正しいか混乱になって、年上で、しかもろくに日本語も話せない嫁は嫌われるに決まっていると思い、焦ってしまった。お母さんは左の眉を上げて――そういう時にあなた達親子はそっくりである――同じ感じで、イントネーションを上げながら「クネン⁈」と繰り返した。クエスチョンマークとビックリマークのセットは警察の笛のように聞こえた。ま、そのことを悩んでも始まらない……

 ピリニャークの小説についてやっと考え方がまとまったから、全部あなたと分かち合いたかった。だから普段より喋る勢いが……めいっぱい巻かれたぜんまい、としか言いようがない。あなたは「女性というものは延々とベラベラ喋る生き物だけど、セルビア人の喋りは一段とパワフルだな。何だろう? 国民性? 体が日本人の女性より大きいから肺活量も大きい、かな?」と時々言うのだが、私って、本当に、普段から……?

「書く行為の罪深さは認めるけど、念のために言っておく――書くのをやめるつもりはないよ」 

 と言った時に不思議な格好の男性に気付いた。中年太りで、帽子――シルクハット⁈――を被っていた。私たちに近付き「奥さん、映画はいかがですか?」

 あなたは戸惑っていた。「映画? どこでやるんですか?」

 男は嬉しそうに私たちを手で招き、角を曲がった。昔風の映画館の看板の縁にある電球が付いたり消えたりしていた。LEDの知らない時代の趣があった。あなたは多少神経質に辺りを見て、小さい声で私に言った。

「なんかおかしい。先週この地区に来た時に、この映画館も他の映画館もなかった」

「来た目的が違ってただ単に気が付かなかっただけでしょう

《世の中は不可思議なことだらけ》と言うあなたの見解と違って《一目ではそういう風に見えなくても万事には論理的な説明が付く》と言い張る私がいる。その映画館も一夜で生えてきたと思えないから、軽々しく言った。

「やっとあなたの好きな非現実的と遭遇したね!

 あなたはあまり乗り気ではなかった。私も、どちらかと言えば、演劇では充分で、そろそろお腹も空いてきたから、シルクハットに丁寧に断る方法を考えていた。彼はそれに気付いたようだった。

「奥さん、大変注目を浴びている作品です。ご主人も興味深くご覧になれます」

《大変注目を浴びている作品》にしては、入り口には人影もなかった。もう引き返そうとしたところでポスターを見かけた。暗い宇宙に地球があって、手をつないだ二人の姿が太陽に向かって歩いている。逆光で二人ははっきりとしないのだが、少し宇宙人のシルエットにも似ている男女である。作品名は「家の異人」だった。

 私の心臓はそこで大きくスキップした。編集段階にあり、もう直出版される私の小説の題名である。あなたはそれを知らない。小説はもうすぐ出るとは分かっても、題名は知らない――私もまだ最終的に決めていなかった。同姓同名の人もいれば、同じタイトルの作品があっても何ら不思議はない、と私は自分に言った。あなたは入りたくなさそうな顔をしているのに、私はその映画が観たくなった。タイトルはともかく、内容は私の小説に似ていたら、後から現れた私の小説はどうなるか、不安になってきた。盗作したつもりはなくても、共通点があれば、大事になりかねない。誕生日である私に断れないあなたも、じゃ、見てみよう……と言った。

 観客は入り口にいなかった理由が分かった――みんなはもう着席していた。空いているたった二席に私たちが座ったら、シルクハットは映写室に向かって「いいよ!」と言って、スクリーンの方からはまず大勢の人の賑やかな声、そして数秒おきにカメラのシャッター音が聞こえてきた。それからスクリーンには写真が現れた。二人の日本人男性、一人の日本人女性、そして白人の男性一人が輪になって楽しそうに会話をしている。壁には、どうやら、写真が飾っている。

 おや……⁈

 パシャッ。さっきの写真の日本人女性は今度後ろから映っていて、肩越しに違う外国人男性を見ている。その男性――もちろん、ボバだ!――は一緒に立っている三人の日本人男性に透明な液体――言うまでもなく、あれはラキヤである――を注いでいる。よく見ると、みんなは微かに顔が赤い。あら、ま……。あの時の再現だ。そして私の小説が始まるシーンである。鳥肌が立った。

 パシャッ。大きめな白黒のポートレートの前で二人の女性、私の知らない日本人とセルビア大使館のイエレナはそれぞれ写真の二か所を指差しして話している。パシャッ。皆より背の高い美男子、日本人、が一人で写真を見ている。パシャッ。美男子、カメラ目線。パシャッ。美男子、カメラを意識したのか、目を伏せる。パシャッ、パシャッ、パシャッ。連続の写真がそこから映像に変わった。写真を何枚も撮られた美男子――九年経って、今はもっとかっこいい――は私の右に座ってしげしげと私の顔を眺める。目に《これは一体どういうことだ? 説明しろ》と書いてある。答えようがない。論理的な説明は何一つ浮かばなかった。私を助けたのはナレーター。スクリーンのこと――目と耳さえあれば分かることまで――を事細かく伝えてくれた。

  東京、銀座。エレベーターのないビルの五階にあるギャラリー

 である。のぼる人には延々と終わらないように見える階段を自虐

 的に使って、ギャラリーにStepsと名を付けたオーナー、芸術家

 の吉岡まさみは、そちらの眼鏡の男性だ。吉岡は長年セルビアの

 アーティストと交流がある。自分もセルビアで展覧会をやり、

 Stepsでもセルビア人の絵画、写真などを展示している。今のは

 セルビア人女性の写真家の個展のオープニングの最中である。彼

 女はここから沢山の花、褒め言葉、そしてこの美男子を持ち帰る

 ことになる。

 「キャー、いいね!」と若い女性観客の声が聞こえてきた。「あたしも喜んで彼を持ち帰りたい」もう一人の女性が言ってその周りの観客は笑った。私はあなたを見た。あなたは呆れた顔を作ったけれども、まんざらでもない雰囲気が漂っていた。

 三か月後二人は同棲を始める。彼は早速籍を入れたがるが、性 

 ホルモンのかたまりである二十四歳の男の判断は当てにならない

 と知っている彼女は妥協策として取りあえず一つ屋根の下に引っ

 越す。

  それぞれの勤務先で離れて過ごす時間以外に愛し合う。最低限

 の料理を二人で作っては、愛し合う、最低限の掃除をも二人でし

 て、また愛し合う。整理整頓はあまり得意ではないが、言われれ

 ば片づける彼は可愛くて仕方がない。あまりにも幸せだから、彼

 は家族の話を自分からしないことに当分気付かない。「ご両親は?」

 とある日に尋ねたら、「いるよ」と彼が答える。

 「それは良かった。で、どこにいる?」

 「埼玉」彼は彼女をうつ伏せにして、背中にキスをする。

 「埼玉なのに、この何か月間、一度も帰っていない! 仲が悪い?」

 「ま、ね……」

  お母さんから何度か電話を受ける。会話の彼側は――「うん…

 …うん……うん……じゃ、ね」である。

  よく二人で映画を観たりこじゃれたレストランで食事をしたり

 する。彼女も和食を食べる。お寿司が大好物である。麺類も好き

 ではいるものの、静かに口に運ぶ。日本人と同じ食べ方だと、む

 せるし、子供の頃から「音を立ててはいけない」と言われている

 から、みんなと同じくすすると食卓のマナー違反に思えて仕方が

 ない。

  最初の頃、外では手をつないでくれない彼の余所余所しい態度

 に戸惑うのだが、ただ単にそういう習慣がないと分かると、自分

 から彼の手を取る。しばらくすると彼も自然にそれができるよう

 になる。日本人は西洋人のように感情を表さないとは知っていて

 も、この国のカップルはどうしてもタンパクに見える。

「人の前ではべたべたするもんじゃない」と不機嫌そうな男性のコメントが聞こえてきた。「手をつなぎたいけど、照れちゃうよね」と私たちの後ろに座っていた若い女性同士が言っていた。

  九月のある日である。手をつないで散歩に出かけている。休日

 で、天気のいい日だ。空気から真夏の湿っぽさが殆んどなくなり、

 三か月耐えた褒美として気持ちのいい日々が続いている。彼女は 

 時々大きく息を吸って、幸せそうな顔をする。「いい香り!」風

 が方々からキンモクセイの匂いを持ってくる。「こういう香水があ

 れば……」

  彼は笑う「いやぁ、日本では売れないね。日本人にはキンモク

 セイはトイレを連想するから」

  彼女も笑う「こんなことを言って申し訳ございません。日本人は

 ヘン。死体の匂いがするくさやを食べるくせに、この素晴らしい

 香りをトイレと連想する……」

  そうやって少しずつお互いの国について知る。セルビアの大使

 館に友達がいて、大使も気さくで親切な方なので、大使館に行く

 機会が多い。彼はそこでセルビアの食文化などと親しむ。セルビ

 アの映画も彼は見たことのない活気があって、新しい作品が日本

 に来れば必ず観に行く。もっとも、戦争の暗い話を避けている。

 一本のそう云う、後味の悪い映画を観て、「これ系の映画はもうい

 いや」と言う。「それもセルビアの現実だよ」と彼女が言ったら、

 彼は「……分かるけど、何もわざわざ二時間も憎悪と殺し合いを

 見なくてもいい」と答える。

  殺し合いどころか、日常生活のちょっとした不愉快なことをも

 避ける傾向にある、とある日彼女は分かる。日本語の勉強をした

 り、日本語で小説を書いてみたりする彼女は少しずつ本とパソコ

 ンに向かっている時間を延ばして、彼はその間独りでテレビを見

 る。彼女の邪魔にならないように違う部屋に行く。休憩をする時、

 または単純に彼が恋しくなる時に、コーヒーを入れて持って行っ

 てあげる。部屋に入る度にテレビから笑い声が聞こえる。昼夜、

 平日休日、誰かしら何かしらを食べて、どこかしら笑うきっかけ

 を見つける。彼女もそのうちコメディアンを覚えて、好きな芸人

 もできるものの、どんなに寛大に見ても下品としか言いようのな

 い人が多いことを認めざるを得ない。たまには真面目な番組を見

 ようとすると、彼はチャンネルを変える。そう云ったある日に二

 人は初めて喧嘩をする。もっとも、喧嘩は適切な言葉ではあるま

 い――彼はムッとして部屋を出る。

  きっかけは沖縄のアメリカ軍基地である。オスプレーにヘリ、

 事故が相次ぐ。幼稚園に部品が落ちた時にお母さん達は、幼稚園

 の上を飛ばないように署名を集めて、東京まで行き、防衛省に提

 出したという番組の途中で彼はリモコンを手に取る。彼女は「待

 って、変えないで! 見たいです」と言う。彼はボソッと「こん

 なの見てもしょうがない」と言う。彼女は腕を組み、彼に向かっ

 て厳しい口調で言う「私が知っている限り、これは深刻な問題。

 だけどみんなは他人事のような態度で、一向に解決ができない」

 「そうだよ、深刻な問題だ。それが仕事である人でも解決できな

 いんだから、俺らはあーでもないこーでもないと言っても始まら

 ない」そして彼は部屋を出る。これから意見が合わない時に、違

 う部屋、あるいは自分の中にこもる。

  あなたは私の耳元で囁いた「残念でした。俺は典型的な日本人だったらこうはなってただろうけど」

 確かに、議論の好きな人だ、あなたって。脳トレのためにいくらでもやる。お酒が入るとより長くて細かくなる。そうだね、典型的な日本人ではない。

  時間と共に彼女は彼の気持ちを傷つけまいと気を付けるように

 なる。正解が簡単に出ない問題に対して彼は意見を持っていない

 ――向き不向きとう云うものがあり、みんながみんな地球温暖化、

 グロバリゼーション、民族主義の問題に取り組まなくてはならな

 い訳ではない。それが不得意な人に劣等感を植え付けることのみ

 に成功する。しかしそういう場面を避けることにしても、たまに

 は熱いバルカン半島人の血が騒ぎ、抑えることができない時もあ

 る。ある日彼は逃げないで、自分の考えを事細かに述べてから彼

 女の出るであろう反論も同じく賛成と反対を使いながら言って、

 結論を出した「満足? 私たちはこれで世界を救った? とうか、

 議論が大好きで得意なあなた達セルビア人はセルビアの問題を全

 て片付けたか?」

 あなたは再び私の耳元で囁いた「これは驚いた! あなたも自己批判ができるとは……」私は大人気なく、赤んべえをした。

  一年後二人はお互いの試用期間に満足して、結婚する。彼女の

 家族は式をセルビアで上げることを望んでいるので東京では取り

 あえず籍を入れる。

 「あなたの誕生日が近くて、その日にしようか?」

  彼女はカレンダーを見る。

 「それは嬉しい……あ、でも、平日で、私は仕事だわ」

 「関係ない。俺が届けを出す」

  彼女は目を見開く。

 「ありえないでしょう! 結婚は二人がするものですよ!」

 「そうだよ。二人ともサインした届けを俺一人がその日に出す。

 法律上何の問題ないよ。ね、そうしよう。俺は日付を覚えるのが

 苦手、結婚記念日かあなたの誕生日、絶対にどっちかを忘れる。

 あなた達女性はそこがうるさい」

  それで彼女の誕生日に、彼女が仕事でいない間、その日が休み

 である彼が婚姻届けを出す。夜、セルビアの家族と友達から相次

 ぐ電話で、誕生日はどう過ごしたか訊かれて「仕事をして、帰り

 に買い物を済ませて、彼と夜ご飯を作った。今食べ終えたところ。

 これからは二人でお皿を洗う。あ、ちなみに、結婚もしたの」一

 万キロ離れた向こう側の受話器からの反応は「えー⁈」「なにそ

 れ?」「どーいうこと⁈」である。

  結婚もしたと云うことで、深い交流にしなくても彼の両親に一

 度は会うべきだと彼女は主張する。彼はため息をつく。言ってい

 ることは間違っていないのだけれど……。「そんなに不幸な顔をす

 るのに理由があるはずでしょう。ガールフレンドに言わなくても

 いいかもしれないけれど、妻には言うべきですよ。どうしたの?」

 「……簡単に言うと、俺は親の期待に応えることができなかった。 

 両親は医者で、小さいクリニックを営んでいる。俺が継ぐべきだ

 ったけど……医学に向いていないし興味もないから受験に落ちた。

 体育大学を出てフィットネスインストラクターをやっている息子

 は、うちの親、特に母親からする、失敗作だ

  彼が言うほどの鬼のような両親ではないがとりたてて暖かい歓

 迎を受けたとも言えない。でも彼女はそれで安心する。自分から

 は敬意を払った、常識の知っている人だと見せることができたか

 ら。その義務を果たしてから調和に満ちた日々が流れ始める。仕

 事の傍ら日本語の勉強に日本語での執筆に力を入れる。セルビア

 の外国語大学で習った日本語が正し過ぎて、彼と話しても「です・

 ます」を使い、笑われる。日本語を習い直しながらセルビアで味

 わえなかった日本を五感で吸収する。筆試しに自分なりの枕草子

 を綴ってみる。《高貴》と《陳腐》とに新しい意味合いを与える。

 『春は……曙ではなく、ジンチョウゲ。ニオイバンマツリ同様に、

 ここは日本だと思えない自己主張が強い香り。冬の間に我慢をし

 た、と言わんばかりしている。春も安定してくると、ツツジ。派

 手な外見に上品極まりない香り。

  夏は畳の匂い。セミの鳴き声で振動している神経を

 落ち着かせる力がある。

  秋はオレンジ色である。トイレの匂い消しのキンモクセイの小

 さい花といい、柿といい。オレンジ色は髪の黒い日本人にはとて

 も良く似合う。金髪には合わない。義理の弟への日本土産のしゃ

 れたオレンジ色のTシャツは早速パジャマ役になってしまう』

  ……と云った感じで少しずつブログに書く。最初は友達しか読

 まない。それからは友達の友達。知らない人からもコメントが入

 り始める。そしてある日出版社から連絡がくる。編集者と会う。

 感じのいい、誠実そうな若者。日本に住んでいる外国人のエッセ

 ー本にしたいとのこと。その段階ではまだちょっとした珍獣であ

 ることは彼女には分かっている。彼は、スタートとしていいじゃ

 ない? と応援してくれる。彼女は早速取り掛かりいくつかのテ

 キストを書いて編集者に送る。

 「いいですね。この調子でいきましょう。所々日本語の言い回し

 を直させて頂きますが」「勿論、日本語のニュアンスを日本人に任

 せさす」

  更に書く。編集者は入念に読む。臨月には「せっかく写真家で

 もいらっしゃいますので、写真も付けてください

と言われる。

 実感が湧いてくる。まともな国では物事は進む。ある国と違っ

 て……

  胸を高鳴らせて写真を選ぶ。その間編集者は彼女が新しく書い

 たものを読んでメスを入れる……のはずなのだが、二か月も三か

 月も連絡がない。日本人とのコミュニケーションではまだ幼稚園

 児である彼女は「どうすればいいのでしょう?」と自分の一番近

 い日本人に尋ねる。「メールを送る。ドーナサイマシタカー? っ

 て」

  彼女はメールを書く。

  自分が連絡を怠っている方ではないのに「ご無沙汰しておりま

 す」と書く。天候だの、咲いている花だの「いかがお過ごしでし

 ょうか」と書く。相手が多忙の中いかに彼女みたいなちっぽけな

 人に注意を払うことはできないか理解しつつ「編集はどこまで進

 んだか教えて頂けたら幸いです」と書く。

  会った時の彼女の印象は正しかった――感じのいい、誠実そう

 な人で、早速返信してくれる。大変、たいへん、タイヘン申し訳

 ございませんって。目まぐるしく忙しいって。でも読みましたし、

 とても面白かったって。もうしばらくお時間をくださいって。

  彼女には若くて素敵な旦那がいる。好きな仕事もある。大好き

 な日本語の勉強、と執筆、と写真、と……一日に入り切れないほ

 どの内容が常に吹きこぼれている。つまり、彼女は焦らずに待つ。「待ってください」と言われたから。どの契約書よりも約束を重ん

 じる日本人に。

  更に半年は過ぎる。丁寧な《駄目でしたら駄目だと言ってくだ

 さい」を送る。《とんでもないです、駄目だなんて。忙しいだけで

 す》

  ソフィア・コッポラ監督の「Lost in Translation

では笑える

 ところがある。私たちの主人公は自分の「Lost in Communicationでは笑えない。彼女の夫は軽々しく「あ、やる気がないのね、その人に。もう忘れなさい」と言う。おしまい。彼から見ると、このエピソードは終わった。彼女はと云うと、本を出版して貰えなかったことよりも、もっと重大な災害に遭ってしまった。信頼を裏切らた。

 「ね、分かりますか? 私は多分日本人を美化してきたでしょう。

 最近自覚して、いろんなことに関しては冷静になった。しかし信

 頼となると……だって、日本人のトレードマークだよ! 他の

 国々のチャラい国民と違って日本には侍がいた。名誉に泥を塗ら

 れたら切腹してたよ。侍自体はもういないけど、その精神はある

 程度残っている

  彼は彼女の怒りと落ち込み――誰かが《混ぜるな!》とラベル

 をはるのを忘れたみたいで――を宥めようとする。彼女は爆発す

 る。「最低! よくも馬鹿にして! 外人だから? 相手が日本人

 だったら、こうはしなかっただろう」

  彼は引き続き彼女を落ち着かせようとする「日本人対外人の問

 題ではないと思うよ。きっとその人が個人的に何か抱えているだ

 ろう。何等かの事情で約束が果たせないことになって、それが言

 えなくて……」

 「うまくいかなくなったなら遠まわしでそれを言えばいいじゃな

 いですか⁈ 日本語ほどエレガントに断る言語はない。私も充分

 に逃げ道を提供してあげたし」

  彼はため息をついて「その人が切腹しないとあなたは許さない

 のね」とぼそぼそ言いながらテレビの音量を上げる。彼にとって

 話しても解決のできないことは話す意味はない。すなわち、考え

 るのも時間の無駄である。彼女もおおむね同感ではあるのだが、

 実体が無くなってもその幽霊に付きまとわれる彼女に、きれいさ

 っぱりそのことを忘れて芸人と楽しく笑っている彼は得体の知れ

 ない生き物に見えてくる。足・腕は二本ずつ、目と耳の配置も一

 緒で、話せる二か国語も彼らを同じ種にしているのに、彼――そ

 して彼と同じ日本人であり男性であるその編集者――の中を覗い

 てみると、彼女のナビはその風景を全く認知しない。

  しばらくの間は執筆と写真を実の結ばないもの、これから永住

 するつもりでいた国の住民を、自分の裏を絶対に見せない、黒と

 思っても白と言う人達のように見てしまう。沈みかけている彼女

 を、意外なことに、彼がうまく引っ張り出す。新しいカメラを買

 ってあげて写真を撮る意欲を起こさせる。頻繁に家から連れ出す。

 小説を書かせて日本語を直してあげる。彼女が再び自力で漕ぐよ

 うになったらそーっと手を放す。

 「せっかく良く思って貰っているのに、ねぇ」と斜め後ろに座っている年配の女性が言った。

それには同じぐらいの年齢の男性の声が「日本人と言っても、人それぞれだからな……」と言った。

 それからの映像は早送りになった。朝に二人はコーヒーを飲んでテレビを見ては、玄関を出る。夜は食事をして、彼はテレビ、彼女はパソコンの前へ。外は桜が咲いたり、公園が緑になったと思ったら、もう紅葉に替わったりする。彼女はウェストのゆるい服を着ていると思ったら、コートのボタンが閉まらなくて蟹股で歩く。あなたの視線を感じて目を合わせる。その心配そうな眼差しは《それについて書いたらまた傷付くんじゃない?》と言っていた。私はスクリーンに目をやった。赤ん坊のいる家族の普通のシーンが早送りで替わっていた。

 子供を産めないなら、子供を書くことができる。少なくとも小説で夢を叶わせることを許してちょうだい。

 最初の流産は最初の小説の直後に起きた。あなたはそれを知らない。考えてみれば、物書きとしてのスタートも流産(死産?)だったのね、あの編集者のおかげで。

 子供の話をするとあなたは反応しないと気付き《そろそろ子どもを……》と自分は欲しいことを示した。《急がなくてもいいじゃないか。あなたと二人で、俺は充分に楽しい》とあなたは私を抱いたり、くすぐったりして真面目な話に発展することを避けていた。私は分からなくもなかった――あなたは二十代で、まだしばらく自由でいたい。子供ができるともう甘えない――義務、義務、義務の生活が、生活を楽しむ活気がなくなるまで続く。それでもう少し待つことにした。最初の小説の出版の二週間前に妊娠したと分かった。嬉しいような、あなたの準備ができていなくて困ったような、複雑な気持ちだった。そして本が店頭に並んで間もなく流れた。出血が普段より少し多めだったこと以外に何もなかった。本が出版されて興奮状態だったからそれほど深刻に考えなかった。だから妊娠も流産もあなたに言っていない。

 四十代の海岸が肉眼で見えてきた時に二回目に身ごもった。有頂天だった! 愛するあなたがいて、家族はみんな健康で、本は二冊も出していたし、普通に、人間らしく話が通じる出版社があった、そして念願の妊娠――幸福感で胸が破裂するのではないかと思った。病院で超音波写真を貰って全速力で走りたい気持ちをやっと抑えて帰った。素人が見て殆んど分からないそのグレーと黒の心理テストみたいな写真をあなたは数秒見て「へー……」と言うだけだった。私は構わなかった――自分独りで二人分、三人分、いや、十人分幸せだったから。心拍確認はできていなのだが、それはきっと私が早く検査に行ったからである。先生に、一週間後にまた来るように言われた。一週間後も心拍確認はできず、先生は少し心配している顔をしたけれどもまだまだ可能性はあると慰めてくれた。

 ゆっくりうちに帰った。セミが一段とうるさく鳴いているような気がした。誰かが近くでクラクションを鳴らし、思わず耳を手で覆った。周りにいる人達はみんな足を引きずって歩き、携帯電話で話している人達は大声を出していて、全ての音が私の聴覚には過剰だった。避難するかのように帰る。町のシュールな騒音と自分の子宮の痛々しい沈黙から隠れるのに。うちの部屋の鍵を開ける前に、隣の玄関の横でセミの死骸が横たわるのを見かけた。

 次の日の夜、仕事から帰った時に、照明が微かに届いているその死角に同じところで同じ角度で横たわっていた。その次の日も、またその次の日も、毎日隣の玄関前を通る際に目が行ってしまった。住人のドアの開け閉めにも、管理人さんの掃除にも、風にも耐えて

いる死んだセミ。

 そのままもう一週間が過ぎて、病院に行った。

《残念です……。手術……。予約……》

 あなたから「そんなに悲しまないで、また作ろう。大丈夫だから」

 と云う言葉が聞きたかった。その代わりにあなたは「そんなに悲しまないで、子供がいなくても俺たちは幸せ。ね、元気出して!」

 と言った。一日中泣くのを我慢して、何とかやり通せると思ったのに、その言葉を聞いたら泣き崩れてしまった。あなたは――自分なりに――慰めてはくれた。

「俺、誰かの父親になる自信はない……よ。っていうか、親になったら、絶対にその子供を不幸にする。ああ。うちの両親が俺にあーあしろ、こーしろ、と常に自分のように仕立てようとした。それが嫌で、嫌で、しょうがなかったのに、今度は自分に子供ができたら、無意識に同じことをやるだろう。人から聞いた話だと、大抵そういうパターン」

 私は答えなかったからあなたは続いた。

「子供っていうのはね、俺から見ると、世界一惨めな存在だ。家庭では嫌なことばかりさせられて、好きなことはなかなかさせて貰えない。学校では先生に叱られ、同級生と先輩に虐められる。俺はもう一回生まれるチャンスがあったら、断る。もう一回子供でいたくない。それと同じように自分の子供にも苦労をさせたくない……」

 その話にはもう戻ることはなかった。しかし、忘れた、時間と共に癒された、訳ではない。あの時のセミの死骸のように、私の感情、私の思考が行き交う道端にずっと横たわっている。死んでいるのに、存在感がある。この小説はあなたと私の話なので、どうしてそのことを言わずにはいられるの?

 映像の早送りは所々普通のスピードに戻り、彼と彼女の(私が小説でしか産めなかった)息子が入園、卒園、小学校の入学、卒業、中学校の入学、卒業をする場面をカラーの薄い、8ミリカメラで撮影したかのような、ガラガラという音に伴ったものになっていた。やがてそれも終わり、映画は再び速度、カラー、音声などが本来のペースに戻った。

  彼女が朝ごはんを作っている台所に息子が入り「おはよう」と

 言って冷蔵庫から牛乳を出す。コップに半分入れてちびちび飲む。「朝ごはんはいい」と言う。

  彼女は心配そうに息子を見る。パジャマがぶかぶかで青年の細

 さを強調している。目の下には熊ができている。「ご飯を食べない

 と駄目だよ」と彼女が優しく言うと、息子は「いい。食欲がない」

 と答える。彼女は納得がいかないのだが相手は幼稚園児ではなく

 て母より背が高い十八歳の男子で、無理矢理に食べさせることは

 できない。

 「遅くまで勉強した?」

 「三時まで」

  彼女はため息をつく。シャワーから出てきた夫に「この子は食

 べない、寝ない」と訴える。

  夫は普通の顔に普通の声で言う。

 「子供じゃあるまいし、自己管理はできるはずだ。それができな

 くて受験に落ちたら自業自得だ」

  彼女はまたため息をつく。大学受験まであと二週間ある。息子

 はやせ細った割には必死に勉強している風でもない。最近彼女が

 仕事から帰って来ると彼はリビングでプレーステーションでゲー

 ムをしていることが多い。

  その日の夜である。塾から帰って来た息子に夕食を出して一緒

 に座る。彼は、食べると云うよりもナイフとフォークを取ったり

 置いたたり、食べものをお皿の左右に動かしたりしているだけに

 見える。

 「この間分からないと言ったことを塾の先生に訊いた?」

 「……うん」

  彼女は息子の性格を知っている。遠慮の塊で、人に面倒を掛け

 ない、時間を取らない。

 「遠慮して何の得にならないよ。受験に落ちたら一年間が無駄に

 なるし今まで払ってきたお金も捨てたことになるし……」

 「分かってるよ!」と息子は声を荒げる。反抗をしたことのない

 息子のこのような反応は彼女を余計に心配させる。これ以上に息

 子の気持ちを悪くしないように独りにして、彼女は夫の側でテレ

 ビを見始める。

  寝る前に水を飲みに、台所に入る。息子は使った食器を洗った

 が、彼女が出した料理は殆んどそのままゴミ箱の底にある。彼女

 はミルクココアを作って息子の部屋に行く。ノックしてから入る。

 息子はスマートホンで何かを見ている。彼女の「勉強は?」に「今

 は休憩中」と答える。彼女はココアを置いて、部屋を見回る。開

 けてある教科書もノートもないことに気付くが何も言わないでド

 アを閉める。

  彼女が朝ごはんを作っている台所に息子は入り「おはよう」と

 言って、冷蔵庫から牛乳を出す。

 「遅くまで起きてた?」

 「二時半まで」

  彼女は持っているカップをカチカチと爪で叩き、歯を噛みしめ

 る。数秒間は自分と戦って、言う。

 「勉強したか、ゲームをしたのか、分からないけど、いずれにせ

 よ夜更かしは良くない。仮に猛勉強したとしても――ちなみに、

 最近は遊んでばかりいるに見えるのですが、別に文句を言ってい

 る訳ではありません。誰かがごみ収集もしなければなりませんね

 ――ですから受験に失敗するか成功するかのことを言っているの

 ではなくて、夜更かしで体を壊してほしくないと云うことだけ分

 かって貰いたい」

  息子は牛乳を飲まずにパックを冷蔵庫に戻して自分の部屋に行

 く。しばらくすると玄関で靴を履く音がして、きついことを言っ

 た彼女は良心が咎め、せめて心暖かい見送りでも、と玄関の方に

 行く。廊下で息子にぶつかる。彼はトイレに駆け込んで嘔吐する。

 そのシーンであなたの視線を感じた。何も言わずにクエスチョンマークだけを浮かべていた。私には自分と全く関係ない話がいくらでも書けるとあなたは知っているけれども、この場面で《これは何の意味があるのか? 何を狙っている?》と、他の観客より早く知りたがっていただろう。

 牛乳さえ飲まなかった息子は胃液しか吐けなくて、洗面台に行

 ってうがいをする。彼女は居ても立っても居られない。「今日はう

 ちに残って、ゆっくりしたら? お母さんが学校に電話をする」

  息子は「いいっ」と言って玄関に向かう。夫は落ち着かない彼

 女に「放っておけばいいの。あなたは相変わらず過保護だよ」と

 言う。彼女は呆然とする。息子には厳しすぎる、夫から見ると甘

 すぎる……

  夫をも見送り自分にもう一杯のコーヒーを淹れてテレビの方を

 ぼんやり眺める。付いていない黒い画面では彼女にしか見えない、少し色あせた映像が流れる。

  彼の父親が倒れた、と母から連絡があって二人は赤ん坊の息子

 を連れてお見舞いに行く。孫が生まれてから彼の両親は頻繁に東

 京に来たり彼らを埼玉に招いたりして、親子関係は修復している。

 お父さんの心臓発作は命に別状はないのだがもう若くない、以前

 の仕事の量をこなすことはできないサインである。

  病院の廊下で彼は二人組の男性に声を掛けられる。名前を呼ば

 れるまで彼は二人に気付かなかったのか、気付かなかったことに

 しているのか、彼女は訳あり雰囲気を察知する。一瞬だけ無意識

 にブレーキを掛けてから彼は固い微笑を浮かべて「おー……」と

 言う。

 「お前、ここで何してる?」と二人は彼に尋ねる。

 「親父が入院してる。お前らは? もしかして……」

 「そうだよ」一人は白衣の襟を直す。「研修してる。で、お前は? 

 東京にいると聞いてるけど、東京で何してる?」

  数年前だったら彼女は三人の男を無礼に思ったのだが、今は普

 通に見ていて、思う《相変わらず不器用だな、日本の男子……》。

 明らかに彼の連れである彼女に二人の男性も挨拶しなければ、彼

 も紹介してくれない。

  夫は乾いた咳払いをして言う。

 「フィットネスインストラクターをやってる。あと、結婚して、

 こいつを育てている」とやっと彼女と子供を紹介する。

  二人は彼女にぎこちない会釈をして、彼に「日本語ができる?」

 と訊く。夫が答えられる前に彼女は敢えて強い訛りを込めて言う「ニホンゴ、ダメ」。何となく彼らと話したくない。彼女は抱いてい

 る息子をセルビア語であやして、三人の男の会話を聞く。

 「お漏らし事件から何年経ってる?」と一人の研修医が言う。彼

 女の夫は「さ、ね……」と神経質そうに笑い、どう見てもそこに

 留まりたくない――彼らに対して斜めに立ち、こまめに重心を足

 から足へと移す。もう一人の研修医は話に付いていけない様子で

 ある。

 「お漏らし事件って? 誰かが……?」

 「知らない? あ、そっか、お前は三の一だったな。いや、

 とは言わないけど、最後の化学のテストの時間が終わって、難し

 かったから全問解けなかった人は結構いた。その中の一名、

 は言わないけど、その一名の股が濡れていた。必死に《汗》だと

 言い張ってたけど、俺には分かった――ちょう厳しい母ちゃんに『医学部、さよなら』と言わなければならないから、ちびっちゃっ

 た。だろう?」

  その男性は「だろう」のところでまた彼女の夫の方に向き、い

 じわるそうに彼を見る。夫の脇の下には大きな汗のしみを見かけ

 彼女はとっさに彼の袖を引っ張って、セルビア語で《行こう》と

 言う。セルビア語は分からないものの、連れて行かれることは明

 らかなので、彼は二人の男性に「ごめん、行かなくちゃ」と言っ

 て彼女について行く。

  このエピソードは夫婦の会話に上がることは一度もない。

 今度は私の方があなたを見た。どう反応するかしら、と思って。不満そうな顔をするのか? 《どうってことないよ》と云う笑顔で「これは違反だよぉ!」と言うのか? 怒って「とうとう一線を越えたのね……」と言って映画館を出るのか? それらは全部言われても当然のことばかりだった。しかし、あなたはこちらに見向きもせずにスクリーンから視線を外さなかった。歯を噛みしめて、顎の筋肉がレース前に神経質に足踏みしている競走馬のようだった。あなたにとってこのエピソードは思いがけないものだったのが分かった。寛大なあなたもさすがにこのことを思い出されていい気分にならない。私の小説を読む人もこの映画を観る人も関係ないのである。出演してきたあの二人の同級生も、きっと、あなたにとってどうでもいい。これはもはや完全にあなたと私のことである。私があの時に全部――あなたの決まり悪い表情、姿勢、汗のしみ――を見たこと、それをずっと覚えていたこと、そして、自分の、忘れることのない痛みに結び付けて活字にしたことが私を許しがたい罪人にする。女らしく勝手に一人で泣ければいいのに、あなたをも巻き込んでしまった……

 スクリーンに目をやっても、内容についていけない。またあなたの顔を見たものの、あなたが私たちの間に降ろしたシャッターはずっとそのままだった。

 なぜこのようなことをしたんだろう? あなたはきっと考えたのだけれども、唯一に答えられる私には訊いてこないだろう。後味の悪い話を避ける質だから。

 それで、なぜこのようなことをしたんだろう? 単純に、私が同情を求めて、して貰えなかった時と同じような辛い気持ちを味わせたかったからである。ちょっとした復讐なの。つまり、意図的だった。私はあなたを愛している、それでも痛めつけた。愛って、複雑で矛盾しているのね。色々な面を持って、裏が腹黒い。

 もう一つあなたは傷つくと分かりながらもこのエピソードを使った理由がある――読者と批評家受け。私の愛おしい人よ、世界は未だに男性を中心に回っている。男の方がやっていることはより深い、より偉大である。そうだろう? 男の苦痛の方がより苦しい、より痛々しい。女性の涙にはだーれもピクッともしない。そのためにあなたの屈辱の場面を利用した。ピリニャーク同士、物語がどのように作られるかお分かり頂いたかしら?

 気が付いたら映像がフリーズして、白髪交じりの彼と彼女は手をつないで、誰かに呼ばれたようで、カメラの方を振り向いているところに太い文字の「家の異人」、そして細字の「完」が降りてきた。館内の照明が付いて、観客は出口の方に流れ始めた。あなたはまだ私と目を合わせなかった。通路をゆっくり歩いているといろんな意見が耳に入った。

「国際結婚って、やっぱり難しい。そんな印象を持ちました。私だったら、できないでしょう」

「いやぁ、相手が外国人じゃなくても、うちは大変。同じ日本人でも、この人は何考えてるか、毎日不思議でしかたがない」

「言える……」

「息子は可哀そうだったね。あの母親の国でも何が何でも子供を大学に通わせるのか、それとも彼女が日本に染まってしまったのか」

「何をおっしゃいますか? 高学歴がさも悪いかのように。後々仕事を選べるようになったら、親に感謝しますよ

 研修医との出来事についてコメントをする人はいなかったのであなたの機嫌は徐々に直るだろうと思った。むろん、人の意見はあなたにとってどうでもいいことで、そのエピソードを誰も言及しなくても、私のしてしまったことがあなたを傷つけたと分かっていた。前に行った私は後ろに手を伸ばし、あなたが私と指を絡めるのを待った。普段ならどんな人混みの中にいても、私たちの手は間違いなくお互いを見つける。今回はそれはなかった。

 外に出たら、私は努めて元気良く言った。

「さてと、食べに行こう」

 あなたは、両手をポケットに突っ込んだまま答えた。

「予約の時間はもうとっくに過ぎてるし、食欲もない。帰ろう」

 注

 東京外国語大学出版、スラヴ文化研究第九号掲載のボリス・ピリニャーク著沼野恭子訳の「物語がどのように作られるかという物語」の一部を引用しています。この場を借りて、沼野教授の全面的なご協力に感謝の意を表したいです。

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2019年1月10日 (木)

高橋ブランカの小説・予告

お伝えしていた、高橋ブランカさんから、小説『家の異人』が送られてきた。これを紹介するわけだが、今日は載せない。予告である。なぜかというと、すごく長いので、みんな戸惑うのではないかと考えたからで、とりあえずワンクッション置いて明日改めて載せるということにしたのである。

長いといっても、ドストエフスキーみたいな長さではない。小説でいうと、長編ではなく中編といった感じだろう。たとえば、文庫本でいうと50ページというところか。たいした長さではないが、これをブログに載せると、とんでもない長さに感じるだろう。でも面白いからぜひ最後まで読みきってください。

彼女はなぜこの作品をわたしのブログで紹介していいと言ったかというと、ちょっとだけ、ステップスギャラリーとオーナーの吉岡というのが出てくるからなのだった。もちろん話のメインではなく、ドラマでいったら、通行人くらいの出演なのであるが、それでもなんだか楽しい。

ブランカさんは、日本語で小説を2冊出していて、今度のこれが3冊目になるはずなのだが、出版の目途が立たないので、吉岡のブログでと考えたわけである。セルビア人にしてはとてもせっかちである。

出版社と原稿の最終的な校正もなにもしていないので、これは生原稿ということになる。そういう意味では貴重な原稿かもしれない。

ブランカさんは、セルビア語では書かないで、いきなり日本語で書く。

送られてきた原稿は縦書きなのであるが、ブログに編集すると横書きになってしまうが、その辺はご容赦願いたい。

では明日!

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2019年1月 8日 (火)

レーズン

鼻血が出る食べ物がある。食べ過ぎると鼻血が出るから気をつけてといわれる。

ピーナツ、チョコレート、レーズンがそれである。

本当だろうか。

わたしは子供のころからレーズンが大好きだった。幼稚園のころ、風邪を引いて寝込むとレーズンを買ってもらえた。レーズンとは言わずに干しぶどうと言っていた。一袋買ってもらって、調子に乗って食べていると、一袋ぜんぶ食べてしまうのだった。鼻血は出なかったような気がする。

今朝、レーズンを買った。

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ギャラリーで調子に乗って食べていたら鼻血が出た。

今度はチョコレートとピーナツでも試してみようか…

このあいだ、一色の展示が終って、ギャラリーの事務室でぼうっとしていたら、ギャラリー58のゆきこさんが来て

「吉岡さん、本好きだよね?」

と言う。ちょっと来てと言って58に連れて行かれる。新潮社を退職した方がいらっしゃってて、彼が担当した本をたくさん持ってきていて、好きな本をあげるとのことだった。

単行本や文庫本がたくさん積まれていた。

「わお、好きなのをいただいていいんですか?」

いくらでも持っていっていいといわれて、わたしは2冊選んでいただいてきた。

アラン・ブース 『津軽』(文庫、1995年)

安部公房 『題未定』(2013年) 初期短編集である。

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まだ 『罪と罰』を読み終わっていないし、林芙美子と木田元も残っている。四方田犬彦の『見ることの塩』も読まなくてはならない。

その次に読みたい本もある。ゴンクール兄弟が書いた『ゴンクールの日記』である。岩波文庫に入っているはずだから、近いうちに手に入れたいと思っている。

さっき高橋ブランカさんが来た。今3冊目の小説ができていて、出版を待っているのだが、なかなか進んでいないようだ。出版業界も大変なのである。

気が短いブランカさんは、今度送るから、吉岡さんのブログで読めるようにしていいよ、と言う。この小説にはステップスギャラリーと吉岡も登場するからである。

どうなることやら…




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2019年1月 5日 (土)

一色映理子の first place

1月5日(土)

2時から一色映理子展搬入。

大作3点と小品13点を持ち込む。

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やはり正月はずっと制作で無理をしたらしく、風邪を引いたそうだ。かなりバテバテである。

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5時過ぎに終了。

作品論は前回載せたので、作品の写真だけ紹介する。

「SPIRIT」 キャンバスに油彩 162.0×194.0cm 2017 ¥1,500,000

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「first place」 キャンバスに油彩 60.6×91.0cm 2018 ¥400,000

Firstplace

「光の在り処」 キャンバスに油彩 27.3×22.0cm 2019 ¥60,000

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「透明な朝に祝福を」 キャンバスに油彩 15.8×22.7cm 2019 ¥45,000

Photo_5

「祈り」 キャンバスに油彩 19.0×27.3cm 2019 ¥55,000

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「光は知っている」 キャンバスに油彩 33.3×24.2cm 2018 ¥60,000

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「透明な日」 キャンバスに油彩 33.3×19.0cm 2018 ¥55,000

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ステップスで個展をやるのは初めてになるんですよねえ…とつぶやく一色。

彼女のもう一つのfirst place なるのだろうか。

月曜からスタートです。

みなさんのおいでをお待ちしています。

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2019年1月 3日 (木)

謹賀新年

明けましておめでとうございます。

2019年もどうぞよろしくお願いします。

長期的な展望がないまま、とりあえず1年を乗り切るという姿勢のまま、2019年も走り抜けたいと思います。

Steps Gallery も8年、なんとかやってまいりましたが、今年はギャラリーの転機になるのではないかと思っています。どちらに転がるかわかりませんが、やれることはやる、やるしか手はないのであるから、身体にだけは気をつけてがんばりたいと思っています。

昨年のクリスマスあたりから体調最悪で、ずっと調子が悪かったのですが、今日は、年賀状とメールチェックのためにギャラリーにやって来ました。いろんな整理がいま終ったところです。

今年は、ロサンゼルスに行く予定だったのですが、身体のことを考えて、今回はパスしようかなあと考えています。

倉重光則にこのことを話したら、展覧会はパスしないで、作品だけおれたちが持っていくから、展覧会には出品するように、と言われています。

十河さんからメールがあって、100m歩くのがやっとだ、とのことだった。わたしと同じベーチェット病なので辛いのである。しかも、150号の作品を持ち上げたら、そのまま壁に激突して、手の指を骨折したそうである。正月になったら病院に行くと言っていたが大丈夫なのだろうか。

ワーキングホリデイでロンドンに居る田崎亮平からメール。シェアハウスに引っ越してアルバイトも始めたそうである。何のバイトやってるんだろう?語学学校にも通い、作品制作もやると書いてあった。がんばってほしい。

昨年の忘年会のときに、出席者に一人ずつ挨拶してもらったのだが、倉重が「ギャラリーとかまわって作品を見ても、衝撃的な作品に出会わない」と言っていたのが気になっている。1年か2年に一つ出会えればいいかなあ…、いや5年に一回かなあとつぶやいていた。衝撃的な作品がないのである。今年はいくつ出会えるだろうか。

Stepsの一色の個展でとりあえず衝撃を受けてほしい。

明後日、一色映理子展の搬入があるので、作品はそのときに紹介したい。まだ作品が終っていないと言っていたので、おそらく一色の正月はなかったのだろうと思う。

一色の在廊予定日

1月7日(月)・8日(火)・11日(金)・14日(月)・15日(火)・19日(土)

お年賀をかねた郵便で、一色論を送ったのだが、ギャラリーからのお知らせを受けていない方もいると思うので、ここで載せておきたい。

一色映理子の記憶 -first place

吉岡まさみ

 蒸しむしする雨の日だった。日本橋の高島屋に一色映理子の作品を見に行った。第10回「前田寛治大賞展」(201888日-14日/日本橋高島屋6階画廊)に出品している。28名の作家が、それぞれ大作を1点ずつ飾っている。案内状の説明によると「この賞の目的は、前田の画論や作品に顕現された新写実主義を受け、現代における写実主義の新たなる展開や可能性を探ることにあります。」とあり、さらに「現代における写実主義を志向する若手作家を推薦委員により選抜していただく指名応募制」であると書かれている。一色はこの展覧会に出品できることを歓びながらも、ちょっと迷っていることを明かした。

「私は写実を目指しているわけではないし…」

 と言うのだが、せっかく推薦してもらったんだから、出品していろいろな人に作品を見てもらうのは有意義なのではないかとわたしは言った。


 会場に入ると、「写実」を目指す作品がずらっと並んでいて、どの絵も圧倒的な技術と画面の工夫により、レベルの高い展覧会になっていた。わたしはひと通り会場をまわったあとで、一色の作品の前で立ち止まる。

 見ようによっては、一色の作品は「写実」である。対象とその周囲のあるものを丹念に写していくという点では確かに写実と言えるのだが、他の作品群と比べると何かが違っているのに気づく。写実主義の絵画は、そこに何が描いてあるのか、一目でわかるし、写実的に描いてあるわけだから、観るほうは、特に先入観も知識もなしに画面を楽しむことが出来るのである。しかし、一色の絵画は、他の作品とは違って、何が描いてあるかとっさにはわからないのである。画面が白く光っていて、その明るい光の中に、人物のような黒い影が見えるだけである。彼女の絵画作品の多くはその画面が光っていて眩しい。蛍光塗料を使っているわけでもなく、ただ油絵具で普通に描写しているだけなのに、なぜか非常に眩しく感じるのである。しばらく画面を見ていると、そこに描かれているのは、部屋の中に座っている老齢の男性だということがわかる。この人物は一色の祖父である。窓を背景にして横向きに座っている。座卓が前に置かれていて、その滑らかな平面には、祖父の姿が逆さまに映っている。窓には白いカーテンが揺らいでいる。さらに見続けると、描かれた図像は、シルエットと光のなかに飲み込まれてしまい、光だけが残像としてわたしたちの網膜に焼き付けられる。


 高島屋を出ると、雨は降り続いていて空はどんよりとした灰色だった。傘を差して歩きながら、わたしは、フランシス・ベイコンがインタヴューに答えてこんなことを言っている一節を思い出した(デイヴィッド・シルヴェスター『フランシス・ベイコン・インタヴュー』 ちくま学芸文庫)。インタヴュアーがベイコンに写実について尋ねる場面である。

 「写実的な絵(イラストレイション)とそうでないものの違いを定義してもらえませんか。」

 「思うに、写実的な絵(イラストレイション)は、描かれているフォルムが何なのかを知性を通して直接的に伝えますが、一方、非写実的な絵はまず感覚に作用し、それからゆっくりじわじわと現実に戻っていくのです。」


 一色の絵画は、ベイコンが言うところの「非写実的な絵」ではなかろうか。

 ベイコンは続けて言う。

 「どうしてそうなるのかは、わかりません。現実自体が非常に曖昧であり、姿かたちも実はたいへん曖昧なのだ、ということに関係があるのかもしれません。だから、非写実的で曖昧な記録のほうが現実に近づけるのでしょう。」


 一色は、ずっと祖父母の姿を描いてきた。愛媛の実家に帰り、祖母の世話をしながら、そのかたわら二人の姿を描いてきたわけである。と、書くとなんでもないことのようであるが、よく考えてみて、自分なら出来るかと自らに問うてみれば、それは「無理」というしかないだろう。まず介護しながら作品を作るということは実際には不可能に近い。また、自分の身内を描くというのは、気持ちの面でかなりの覚悟がいるはずである。一色が選んだ「祖父母を描く」という行為が並々ならないエネルギーを要することであるのは、ちょっと想像してみれば容易に察しがつくはずである。さらに注目すべきは、その表現方法である。ひとことで言うなら「対象を光の中に置く」という描き方である。人物であろうが風景であろうが、それが見えるということは、光の中にあるということである、ということは物理学者でなくてもわかることであるが、一色の描く光は、ものを照射してその色や形を浮かび上がらせる働きをするものではない。光は対象物を包み込んで、浮かび上がらせるどころか、その形と存在をぼかしてしまっているのである。祖父母を描く場合、二人は部屋の中に居て、静かに座っていたり、横になっていたり、あるいは抱き合っていたりする。部屋には窓から外光が強烈に差し込んでいて、部屋全体を満たしている。眩しい光は情景をロマンティックに彩ったりすることもあるし、それは美しいという言葉で表しても差し支えはないのであるが、わたしにはそういうふうには見えないということを強調させてもらいたい。光は予期せぬ闖入者として、窓から暴力的に襲いかかっているようにも見えるのである。祖父母は光の攻撃にただ耐えている姿に見えてしょうがない。光は優しさであると同時に凶暴性も備えていると感じてしまうのだ。


 一色は、光を捉え、自分の中で、優しさと暴力性の象徴としてのこの眩しさを画面に定着しながら、光を飼いならし、時間を、人生のかけがえのない瞬間を表す手段として、美しく変化させる。

 それにしても、一色の描く光は、なぜこんなに眩しいのだろうか。

 この彼女の光の秘密を解き明かすべく、わたしはこの論考を始めたのだが、うまくいくかどうかわからない。


 彼女は祖父母の姿のない部屋も描いている。そこには窓があり、窓にはカーテンが掛けられ、風になびいている。座卓があり、光沢を帯びたその面に部屋が映っている。ここでも光は容赦なく入り込んできているのだが、照射すべき対象を失った光は、部屋の中をたゆたいながら、優しさなのか、攻撃性なのかわからない姿を晒しているばかりである。


 最新作の「first place」では同様に、リビングルームと思われる部屋を描いているのだが、やはりそこには人物は登場しない。十畳?二十畳?広い空間である。奥に全面ガラスの引き戸があり、厚いカーテンが掛けられている。カーテンが開いたところは白いレースのカーテンが覆っている。強い光が差し込み、床面には光と影が道を描いている。左の壁面には出窓があり、やはりそこからも白い光が入り込んで、植木鉢と見られる器状のものを照らし出している。じつは、今わたしがこれを書いている時点では、作品は未完成なので、細部の様子がはっきりとは分からないのだ。一色は作品の途中経過の画像を送ってきたので、それを見ながら書いているのである。画面の左手前には大きな楕円形のテーブルが置かれていて、椅子が五脚見えるが、画面から切れてしまっている部分があり、そこにも一脚あると想像できる。全部で六脚である。椅子がいくつあろうが、どうでもいいことのようにも思えるが、そこに座るであろう人のことを考えると、椅子の数はなにかを伝えてくるはずである。

 一色のこのリビングルームは、0歳から10歳までに過ごした神戸の自宅だそうである。このなんでもない部屋が、光を受けて、異様な緊張感に包まれた空間になっているのは驚くべきことである。しかもこの絵はこれから仕上げにかかることになる未完成の作品なのである。わたしは、これがこのまま未完成のままでもいいのではないかと思った。それは、私たちの想像力を刺激して、一色とは別の物語をそこに付与していくことになるからである。彼女が、これをどのように完成させていくのか楽しみであるし、2019年に発表することになる個展でわれわれはそれを見ることになる。


 それにしても、この「first place」の不思議としか言いようのない空気感はどこかから来るのであろうか。それは一色の個人的な記憶に関わることであるし、そこに込められた思い出や経験の堆積としての記憶が私たち自身の記憶のどこかを刺激するからであろうと思われる。


 田舎や故郷のある人は、自分の幼少期を過ごした場所に帰ると、懐かしさとともに言い知れない安堵感を覚えるものである。ああ、田舎は相変わらず私たちの記憶にあるままの姿でいてくれる。「ふるさとの山はありがたきかな」なのである。私たちは、このふるさとの山を忘れないでいて、今も生きていることを感謝するのだが、そのときに、こう思ったことはないだろうか。

 この山はわたしを憶えていてくれた。


 わたしが山を憶えているのではなく、山がわたしを憶えているのだ。


 場所には記憶があると言ったのはコリン・ウィルソンだったろうか。それは比喩として言ったのではなく、実際に場所は人や事件を記憶しているというのだ。もちろん科学的な見地からいったら、場所が記憶を持っているはずはないのだが、「ふるさとの山に向かひて言うことなし」と言うときのわたしたちは、「僕はこの山のことを憶えているし、ずっと忘れない」という気持ちだけでなく、逆に山のほうが「お前のことは憶えているよ」と言ってくれているような気がする、あの気持ちは、山には記憶があるという擬人法で語る以上のものがあると信じるからだ。


 一色の描くリビングルームも、一色のことは忘れないだろうし、ここで10年間過ごした彼女の時間を記憶しているはずなのである。


 つけ加えておくが、この、記憶を基にした作品が、私たちの琴線に触れ、心を揺り動かすのは、一色が、明確なテーマをもち、卓抜した技量を駆使し、それを覚悟をもって表現しているからであって、「気分」だけで描いているわけではないことを知る必要がある。そういう意味では、一色の描く「眩しい」光は、単なる「工夫」ではなく、彼女独特の「技術」なのかもしれないし、「眩しい光」でしか表すことのできない時間が存在するということなのかも知れない。


 「first place」に関しての一色からのメールには、こう書かれてあった。


 「物心つく前からこのカーテンの前で光に包まれながら、空中に舞う塵をずっと目で追っていた記憶が、一番最初の記憶としてあります。私の原点の光の場所です。」


 一色が幼少期を過ごしたこのリビングルームに、どんな思い出があるか私たちは知らない。そこには、楽しいことだけではなく、辛い経験や痛みを伴う時間もあったのかも知れない。しかし、彼女はそこに光を当てることで、記憶を確認していく。一色の記憶と、場所の記憶。その二つをつなぐための光なのであると理解することで、一色の作品は私たちに近づいてくるだろう。


 「私にとって、光は、透明な生命を包むものであり、畏れ敬うような膨大なエネルギーでもあります。それを幼児の頃からカーテン越しに光合成しながら感じていたように思います。」



(よしおか まさみ/美術家・Steps Gallery 代表     20191月)

 

 

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