2017年1月19日 (木)

お忍びマグカップ

1月19日(火)

中村ミナト展は連日盛況である。夕方になるとミナトさんの知り合いが増えて、ワインを開けるのである。今日も、金属作家の今井由緒子さん、勝又豊子さん、そしてミナトさん、「3人の鉄の女」が揃い、倉重光則を加えて宴会になってしまった。

昼には笠間から藤本均定成さんが来た。昨年の交通事故で、しばらく仕事を休んだりしていたのだが、復活して、ステップスで注文していたマグカップと湯のみを持ってきてくれる。

若い女の子を連れている。東京のギャラリーに紹介して回っているとのことだった。

「そういうことだからさ、これはお忍びなんだよ。お忍びということにしておいてね」

他言は無用ということなのだろう。

「わかりました。では、ブログに、お忍びで来た、と書いておきますね」

これが新作、お忍びマグカップである。

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今までステップスで販売していたのとは少し違っている。サイズが少し大きくなったのと、色がずいぶん濃くなっている。鉄の色といったらいいのだろうか。磁石にくっついてきた砂鉄のような渋い色合いである。

価格は変わらず一つ¥1,600である。

湯のみの方は数が少ないので、欲しい方はお早めにお求め下さい。

☆☆☆

小川洋子の小説の中に、「パーティー荒らし」が登場しているので面白い。

『夜明けの縁をさ迷う人々』(角川文庫)に収録されている『ラ・ヴェール嬢』という作品がそれである。

指圧師の主人公が、老婆であるラ・ヴェール嬢の足裏をいつもマッサージしているのだが、彼が、或る日、ラ・ヴェール嬢を街で見かける箇所。

「町で一度だけラ・ヴェール嬢を見掛けたことがある。金曜の夜、お客様の家へ向かって大通りを歩いている時、すぐ前を行く老人がラ・ヴェール嬢だと気づいた。毛玉だらけの青いカーディガンに、くるぶしまで隠れるフランネルの長いスカート姿、頭には花柄のネッカチーフを巻いていた。ベッドに横たわる姿よりも老いて見えたが、スカートの裾からわずかに覗く足で、すぐに彼女だと分かった。たとえ磨り減った革靴に隠れていても、私がその足裏の形を見逃すわけがなかった。

ラ・ヴェール嬢は週末の夜で賑わう通り沿いの、一段と華やかな明かりの点った画廊へ入っていった。オープニングパーティーでも開かれていたのだろう。中はお洒落に着飾った人々であふれ、美味しそうなご馳走とシャンパングラスが並んでいた。

「困るんです」

やがてすぐにラ・ヴェール嬢が、画廊の主人らしい女に腕をつかまれ出てきた。

「招待状のない方は、お引き取り願います」

女主人はラ・ヴェール嬢を通りへ突き出した。動揺する様子もなくラ・ヴェール嬢は、乱れたネッカチーフの結び目を直した。それから十分な間を取り、無礼な者を相手にしている暇はない、とでもいうかのように画廊に背を向け、私に気づきもしないまま再び歩きだした。

「あの、さっきのご婦人は……」

舞い戻ってこないようにと入り口で睨みをきかせていた女主人に、私は尋ねた。

「パーティー荒らしです。勝手に紛れ込んできて、料理を食べあさるんです。あのお婆さん、このあたりでは有名ですよ」

そう言い捨てて女主人は画廊の中へ消えた。私はラ・ヴェール嬢の後ろ姿を捜したが、親愛なる足裏は、もう既に人込みに紛れて見えなくなっていた。」

★展覧会

☆コレクション展 3 「反映の宇宙」

特集:上田薫

1月28日(土)-3月26日(日)

神奈川県立近代美術館 葉山

上田薫氏によるアーティストトーク

3月11日(土)午後2時-3時

☆ニパフ国際’17「夢で会いましょう」

1月30日(月)、31日(火)、2月1日(水)

3331アーツ千代田(銀座線末広町駅から徒歩2分)


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2017年1月14日 (土)

ブランカさんの本

1月13日(金)

品川のセルビア大使館へ。今夜は高橋ブランカさんの出版記念トーク。会場は満員であった。

ブランカさんが日本語で書いた小説集『東京まで、セルビア』のお披露目である。

ブランカさんの紹介をまずしなくてはならない。写真はかなりぼけてしまった…

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高橋ブランカ

作家、翻訳家、写真家、舞台女優

1970年 旧ユーゴスラヴィア生まれ。1993年 ベオグラード大学日本語学科卒業。1995年 来日。1998年 日本に帰化。1998年~2009年、夫の勤務で在外生活(ベラルーシ、ドイツ、ロシア)。2009年から東京在住。著書 『最初の37』(2008年、ロシアで出版)、『月の物語』(2015年、セルビアで出版、クラーリェヴォ作家クラブ賞受賞)。

今回出版した本

『東京まで、セルビア』

発行所:未知谷(ミチタニ) ¥2,000

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表紙の写真もブランカさん。

タイトルの「東京まで、セルビア」というのは、「私にとっては、ここ東京もセルビアなのである」という意味とのこと。

未知谷の飯島さんが本の紹介をした。

会場から質問が出る。ブランカさんの本を出版するにあたり、どんな基準で彼女を選んだのか?「売れる」という見込みがあったからか?というものであった。飯島さんの答えは明快であった。「出版業というのは、もはや商業活動ではないのです。」

つまり、儲けるためにやっているわけではない、いい作品を選んでいるだけであるということだな。

このあと、ブランカさんの作品説明が簡単にあり、小説の朗読を俳優の西村清孝さんが行なう。ブランカさん本人の朗読もあった。

わたしは帰りの電車の中で読んでみたが、読み始めると、小説の世界にあっという間に持っていかれてしまう。面白い。

ブランカさんの日本語は日本人となんの変わりもない。文章力も日本の作家より上かも…と思うレベルである。セルビア語で書いて日本語に訳しているわけではなく最初から日本語で書いている。日本語の著書を自分でセルビア語やロシア語に訳したりしているらしい。

トークのあと、質問がいくつも出た。政治、歴史、宗教などについて、突っ込んだ質問が出て面白かった。宗教について本気で勉強をして、無神論にたどり着いたというのが面白かった。

話の中で、わたしの印象に残ったのはこんなこと。

「私はこれからも日本で、日本語で作品を書いていくつもりである。「女流」という言葉は西欧では「二流」という意味もある。しかし、日本で「女流」というとき、「二流」という意味は含まれていない。そこがいい。」

『本の雑誌』(2017年2月号)に江南亜美子さんが書評を書いている。

「…翻訳の問題を考えるとき、高橋ブランカ『東京まで、セルビア』(未知谷 2000円)はひじょうに興味深い。旧ユーゴスラヴィアのセルビア生まれた著者は、ベオグラード大学で山崎佳代子に師事し、1998年に日本に帰化した。ロシア語で創作した作品を日本語やセルビア語に訳し、また日本語で書いたものをセルビア語やロシア語に自ら訳すと、あとがきにある。

たとえば「しあわせもの」は、完璧に見える女友達のダリヤとの長い友情をヤスミーナが回想する。嫉妬や憧れが渦巻く思春期や20代を乗り越え、友愛的な関係を構築する40代のふたり。しかしふいに、異なる位相の語り手が現われ、ダリヤ本人すら知らないダリヤの人生のダークな部分を映し出していく。

あるいは「赤毛の女」では、「私」のよき隣人であり友人でもあるニーナの、赤毛にまつわるほろ苦いエピソードが集積されていくのだが、いつのまにか視点は「私」からふらふらと浮遊し、三人称へと着地する。

統御的な視点人物から、意識的にか無意識にか外れてゆく視点の自在さは、安定的な語りを求める読者をおそらくは不安に陥れる。固定的でない語りのゆらめき。しかしなんとも言えず魅力的でもある。本書でしばしばテーマとなる、「無神論」的視点の設定と呼びうるかもしれない。しかしまだ判断は保留しよう。この書き手が今後どんな作品をみせてくれるか、注目していたい。」

トーク終了後、かんたんなパーティー。セルビア料理をつまみながら、ラキアを飲んだら酔ってしまった。

酔ったまま電車に乗って帰ってきた。


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2017年1月11日 (水)

方丈記

昨年の読書は、ヘンリー・ミラーの『北回帰線』で終わったのだが、これがとても面白くて、またヘンリー・ミラーが読みたくなった。若いときの彼は貧乏でいつもお腹を空かせていた。晩年は裕福になったかというと、そうでもなくてお金にはずっとこまっていたようではあるが…

街をぶらついて、誰か知り合いがご飯をおごってくれないかなあと、とにかく食べることばかり考えていたようである。コーヒーの一杯でもいいから誰か飲ませてくれないかなあという具合である。

あるとき、名案を思いつく。知り合いに手紙を出して、一週間に一回でいいから曜日を決めてあなたの家でご飯を食べさせてくれないかと提案するのである。これを10人くらいに出して、7人がOKしてくれれば一日に一回は食事にありつけることになるわけである。この思いつきは首尾よく成功し、友達の家でご飯をご馳走になるのである。こうしてミラーはなんとか食いつないでいくのである。この試みがなぜ成功したかというと、友達はみんなこう思っていたからである。

「一週間に一回ならいいだろう。毎日来られたら大変だしな…」

『北回帰線』を読み終わったら、東京の八重洲ブックセンターに行かなくちゃと思っていたのだが、なかなか時間が取れないので、とりあえず稲毛のくまざわ書店で2冊の本を買った。

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平野啓一郎『透明な迷宮』(新潮文庫)

三木卓『私の方丈記』(河出文庫)

平野啓一郎はあっという間に読み終わってしまい、今、三木卓を読んでいる。これは『方丈記』に自分の人生を照らし合わせながら解き明かしていくという体裁をとっているが、しみじみとしていいものである。『方丈記』は日本人の気持ちの原点に近いのかもしれない。

堀田善衛も『方丈記私記』というのを書いている。

倉重光則は今『方丈記』の「方丈」を制作中である。昨日は中村ミナトさんのパーティーでにぎやかなステップスギャラリーだったのだが、横浜のアトリエ・Kの中村きょうこさんがいらっしゃった。

「倉重さんは今搬入中なの。わたしが居ると邪魔みたいだからこっちに来ちゃった」

とのことである。何を作っているのかと訊くと

「ギャラリーの中に小屋を建てているのよ」

とのことだった。ははあ、このところ倉重のマイブームの小屋である。これは倉重の「方丈」なのである。『方丈記』のあの庵にあこがれているらしい。倉重の方丈はたぶん「方丈」つまり正方形ではなく長方形になるのではないだろうか。

三木卓によると、『方丈記』の方丈は3メートル四方くらいの大きさなのだそうだ。天井高は2メートル。3メートル×3メートルだったら、一人が住むには十分なような気がする。

ステップスギャラリーの半分くらいの広さである。ん?ということは、今わたしの居る事務所とだいたいおなじ大きさだな。ほほう…

ということはですね、わたしが書いているこのブログも『方丈記』ということができるのではないだろうか。

三木卓もすぐに読み終わってしまいそうだったので、3日前に八重洲ブックセンターに行った。

稲毛から総武線快速に乗って東京に向かった。その日はわりと車内が空いていたので、二人がけのベンチシートに一人で席を取ることができた。よっこらしょっと座って前を見ると、同じ二人がけの座席に20代ど見受けられるカップルが座っていた。なぜカップルであることが分かるかというと、いちゃいちゃしていたからである。

わたしは気になってじっと観察してしまったのだった。見てはいけないものを見ているような感じがしたのだが、そのいちゃいちゃの様子があまりにも下衆で、うんざりしてしまって気分がわるくなったのだが、やはり目を離すことができなかった。

男の方は、両手を彼女の太股の間に入れている。そして彼女はそれを「あら、だめよ」というように両膝でその手を挟んでいるのである。男は、頭を彼女の方にもたせ掛けて甘えたポーズをしている。おいおい、それは彼女のほうがやるんじゃないの?と言いたいが言えない。彼女はというと、そのもたせ掛けた男の頭を腕で抱きかかえるようにしていて、もう一方の手で、何と男の頬っぺたをすりすり撫でているのであった。さらに二人は目を半開きにして、うっとりとした表情でどっかにイッちゃっているのである。

東海林さだおなら石をぶつけるところである。

わたしはぶつけるべき石を持っていなかったので、電車が東京駅に着いたと同時に逃げるようにしてホームに駆け下りたのだった。

やれやれ、やってらんないね。口直しに八重洲ブックセンターで面白い本を買おうっと。

で、買った本がこの4冊。

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ヘンリー・ミラー『南回帰線』(講談社文芸文庫)

山川方夫『愛のごとく』(講談社文芸文庫WIDE)

フォークナー『フォークナー短編集』(新潮文庫)

ヘルマン・ヘッセ『春の嵐』(新潮文庫)

ヘンリー・ミラーを見つけてわたしはうれしい。新潮文庫では「ヘンリ」という表記だったが、講談社では「ヘンリー」である。

山川方夫は前から狙っていて、稲毛の本屋さんで見かけていたのだが、ある日、本屋さんから消えていてありゃあ…あのとき買っておけばよかったと思ったりしていたのだった。また会えてうれしい。

フォークナーもいつか読んでやるぞと思っていたのだが、とりあえず短編から。

ヘッセの『春の嵐』はむかーしに読んだかもしれないが、パラパラめくってみたら、文章に記憶がなかったので買ってみた。

これでしばらく電車の中では変なカップルを見ずに本に没頭できることであろう。

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2017年1月10日 (火)

中村ミナト展スタート

昨日、搬入で、準備は全部終わっていたので、今日はゆっくりギャラリーに来てみたら、ドアの前に花が届いていた。

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あら、誰からだろう、とカードを見てみると、中村メイコさんからだった。

中村メイコさんとミナトさんは従姉妹なのである。メイコさんもミナトさんも本名である。中村家の女性は名前をカタカナでつけるのが慣わしになっているのだそうである。

大作のタイトルは「catch the light」である。微妙なバランスを保ちながら落ち着いている。

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事務所の作品

「zigzag」 アルミニウム ¥35,000

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「fold」 ¥80,000

これは2015年の東京国立近代美術館工芸館での個展に出品した作品の模型である。

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「box」 鉄 ¥25,000

これは珍しい鉄の作品である。ずいぶん昔の作品らしいが、昔はいろんなことをやっていたのである。

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「the air 1」 アルミニウム、デンマークの空気 ¥25,000

これも珍しい作品で、アルミのパイプに空気を閉じ込めたもの。デンマークで制作したもの。

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「tornado」 アルミニウム ¥30,000

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さて、そろそろパーティーの準備でもしようかな。



















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2017年1月 9日 (月)

ミナトさんの搬入

今日は中村ミナト展の搬入。搬入スタッフは瀬川君と原田君。

まず、作品のパーツを階段で運ぶ。

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こういう仕事は若者にすべて任せるしかないのである。わたしは見ているだけ。ミナトさんも見守っているのであった。パーツが揃ったところで作業開始。組み立ては3人にやってもらって、わたしは小品をオフィスに並べたりしている。

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ボルトで何箇所も留めていく。

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そして組み立てがほぼ終わる。

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ここからがとても時間がかかる作業に入る。床と作品の隙間や、作品の最終的な位置など、1cm単位で調整していく。今回の作品は微妙なバランスで左右が釣合っているので、細心の注意が必要だった。

照明もあれやこれやと考えていたが、結局スポットライトは使わずに蛍光灯だけでいってみようということになった。

小品はオフィスにこんなふうに並べた。

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たくさんある。

作品は、明日また一つずつ紹介したいと思っている。

ミナトさんはスタッフの二人とわたしを誘って松屋の銀座アスターで打ち上げ。

搬入後のビールはとても美味しい。これが、自分の個展でなくても美味しいのはなぜだろう?不思議である。

わたしはギャラリーに戻って、作品のリストを作る。作品の価格もミナトさんと相談しながら決めたのだけど、大御所というのは、なんであんなに作品の値段を安くしてしまうのだろう…

めちゃくちゃお買い得になっているので、みなさんお楽しみに!


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2017年1月 4日 (水)

秘密の花園

ギャラリーにラジオを持ち込んで、NHKを聞きながら、雑用と制作をぼちぼち始めたところである。

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みなさん、あけましておめでとうございます!

2017年もどうぞよろしくお願いします。

天気のよいお正月で、なんか、今年はなんとかなるんじゃないかなあ…と少しだけ期待を持っての仕事始め。

昨年暮れに一人仕事をしていたら、しーんとしたギャラリーはなんとなく寂しくて、なんで寂しいのかなあと考えたら、そうだ、音がないからだ、と気づき、家にあった古いラジオを見つけて、さっそくギャラリーに持ち込んだのだった。で、このラジオはAMしか受信できなくて、感度も良いわけではないので、ザーッとした背景音が流れていて、さらに時々ガガガガと雑音が入ったりするのだが、それが逆に妙な雰囲気をかもし出して、気分は昭和になっていくのだった。その雑音が入るラジオを聴いていると、この間のことだけど、朗読の時間という番組をやっていて、「秘密の花園」が読まれていた。「秘密の花園」というのは小説なんだろうか。題名はきいたことはあったが、読んだことはない。

秘密の門の鍵を手に入れた少女は、その門を開けて、秘密の花園に入っていく。まあ、よくあるファンタジーなのだが、さらにじっと聴いていると、その少女は花園を巡って歩くわけなのだが、ただ歩くのではなく、縄跳びをしながら進んでいくのであった。縄跳びをしながら花園を巡っていくということは、もちろんそういうことはありうるわけであるが、わたしには、それが妙に不気味な映像として脳裏に浮かんでくるのであった。なんかシュールで怖い。これはぜひぜひ「秘密の花園」を読まなくては!と本屋さんで探す本のタイトルの一つを手に入れたのであった。

銀座の、エレベーターのないビルの5階で、雑音ラジオを聴きながら、怪しげな作品を作ったり、年賀状を整理したりして何ということもなく時間が過ぎていく、この状況も充分にシュールなのだから、ここも秘密の花園であるといえるであろう。

さて、このあいだ、ギャラリーの床を大掃除してきれいになったことをお伝えしたが、もう一度お知らせしたい。

これはギャラリーの半分だけ床を磨いたところである。

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手前が磨いたところで、奥がこれから磨くところ。ずいぶん違うでしょ。

で、これは事務所。

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手前が磨き終わった事務所側で、奥がまだ手をつけていないギャラリーの床。纐纈君と一井さんが、ゲキおちくんを使って、床を這い回りながらものすごい力を入れて汚れを落としていったのだった。もちろん、わたしは毎週、毎日、ギャラリーの床を拭いていたのだったが、いかんせんワックスをちゃんとかけていなかったので、拭いても拭いてもすぐに汚れてしまっていたのだった。しかし!今回は大丈夫である。超強力ワックスをたっぷり塗ったわけなので、しばらくは床はぴかぴかなのである。汚れてもすぐに落とすことができるはずなのである。

なんで、そんなに床のことを書くのかというと、うれしいからなのである。

いやあ、床がきれいだとうれしい!

このきれいな床の上でわたしは今作品を作っている。

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colored bar に色を塗っているところである。今2色目が終わったところであるのだが、ここまで3ヶ月かかっている。さらに色数は7~8色になる予定である。本気でがんばらないと、来年7月の個展に間に合わないのである。

休んでいる時間はない。

来週からの展覧会は「中村ミナト」。ピカピカの床にアルミニウムの彫刻が1点だけ置かれることになる。9日に搬入なので、搬入の様子は9日にお知らせできることと思う。

中村ミナト

1月10日(火)-21日(土)

初日17:00-19:00 パーティー

ミナトさん、張り切っています。ぜひご参加ください。

中村ミナト論を書きました。会期中にギャラリーで配っていますので読んでくださいね。年賀状を送った方には同封しました。年賀状は今日発送したばかりですが…

倉重光則は横浜で個展です。

倉重光則 -WINDOW-1月14日(土)-31日(火)

11:30-19:00(日曜18:00まで)16(月)23(月)休廊

最終日17:00まで

パーティー 初日17:00~

ATELIER・K(横浜市中区石川町1-6三甚ビル3F)

Steps Galleryは2017年の予定はすべて埋まっています。現在2018年の予約受付中です。

今年も気合を入れています。ぜひギャラリーに作品を見に来てください!

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2016年12月28日 (水)

忘年会と2017

ヘンリ・ミラーの『北回帰線』のなかに、マティスの絵画についての文章が出てくる。

過激な性描写で発禁にもなったこのはちゃめちゃな小説の中に、こんな珠玉の美術評論が挟まれていることに驚愕してしまう。

マティスの作品についてだけで4000字以上が割かれており、その詩的描写は、妖しく美しい。

その中のほんの少しだけ抜書きしてみる。

「午後おそくなってから、ぼくはリュ・ド・セエズにある画廊のなかでマチスの男や女たちにとりかこまれている自分を見いだした。そしてやっと、ぼくは人間らしい世界の周辺に立ちかえった気がした。いま、絢爛と燃えあがっている壁のあるその大ホールの入り口で、ぼくは、しばらくたたずみ、日常の灰色の世界がばらばらに崩れ、人生の色彩が歌や詩となって噴出するときに経験するショックから、やっと立ち直った。自分自身を見うしなうほど自然で完璧な世界に、ぼくははいりこんでいた。そして、どんな場所、どんな位置、どんな姿勢からでも焦点の合う、まさに生命の中枢部にひたっているという感覚を味わった。………」

このあと、こういう描写がきらめきながら展開していく。

美術は、こんなにも我々に影響を与えるものであることを、何度でも思い起こす必要がある。

12月27日(火)

忘年会。例年は20人近くの作家が集まって賑やかに楽しく飲んだり食べたりするのだが、今年は7人と少人数。

こんな少ない人で、ひっそりと忘年会をするのもわたしはとても楽しい。

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夕方5時から始まって、お開きになったのは10時に近かった。

人数が少ない分だけ、深い話がたくさん出来てとても有意義だったし、作家さんそれぞれの苦労やら作品に対する思いやらを聞いていると、自然に元気が湧いてくるのだった。

作家同士でこういうおしゃべりをすることは大切なことなんだなあ…と思った夜であった。

12月28日(水)

大掃除。今年は纐纈令君と一井すみれさんに来てもらって、ギャラリーの床拭きとワックスがけをしてもらう。特に事務所の床の汚れがひどく、二人ともへとへとになってしまった。

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事務所を終わって三人でランチ。焼肉を食べてからカフェ「どんパ」でコーヒー。

今は、ギャラリー内の床をやっつけているところである。

多摩美の一井さんは大掃除が終わった足でそのまま実家の神戸に帰る予定。みなさん、楽しいお正月を過ごしてもらいたいものである。

Steps Galleryも今日で終了。

来年は1月10日(火)から、中村ミナト展でスタートする。

初日はパーティーを開く予定なので、みなさんどうぞいらっしゃってくださいね。

わたしは明日と明後日は制作。その後はお休みに入ります。新年は1月5日ごろからギャラリーに「出勤」する予定にしているが、どうなるか分からない。

ブログもお休み。1月10日前には再開することになると思います。

では、みなさん、良いお年を!


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2016年12月26日 (月)

人生のお土産

霜田誠二作品動画です。撮影は寺崎誠三さん。

https://youtu.be/Gj_uk-gjcXs

12月22日(木)

パフォーマンス第1日。

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最初の10分くらいは、拾ってきた枯れ草のようなものを使って、いろいろな動きを披露していたが、その後からは、詩の朗読に移り、60分間、詩を読み続けた。

詩の朗読をして欲しいと、じつはわたしがリクエストしておいたのだった。でもこんなに長時間読み続けるとは思っていなかった。霜田誠二の朗読を初めて聞く人は、おそらくぶったまげると思う。ここ何年か(たぶん20~30年)は朗読をしていなかったので、今回初めてという人が多かったことと思う。身体全体で搾り出すようにして紡ぎ出される言葉は、それ自体が生き物のようにわたしたちのハートに突き刺さってくるのだ。

パフォーマンスアートの関谷泉さんも、今回初めて聴いたようで、ショックを受けていた。

「こんなの聴かされちゃったら、わたしもうパフォーマンスなんてできないワ」

と焦っていた。

12月23日(金)

パフォーマンス第2日。

今日のお客さんの中に、メキシコから来たロベルトさんがいた。かれは学生時代にメキシコで、霜田誠二の「オン・ザ・テーブル」を見てこれまたショックを受けて、ずうっと霜田の影響を受け続けているという。現在はメキシコの大学の教授のようである。日本語が全くわからないはずだが、彼も霜田の朗読に新たなショックを受けたようであった。言葉っていうのはその意味だけでなく、その響きだけで、何かを確実に伝えるものなのである。

いっしょに来ていたアーティストの山本聖子さんが通訳をしてくれた。彼女はメキシコに留学していたことがあり、スペイン語が出来るのである。

わたしは、ロベルトさんに日本におけるパフォーマンスアートの現状のようなものを話した。要するに、霜田誠二であっても、普通の日本人はパフォーマンスアートなんて眼中にない、そもそも美術に関心のない国民なのであるから、日本では「行為芸術」はなかなか生き延びることが難しいのである…と。

パフォーマンス終了後、打ち上げでワインを飲んでいるところへ、早稲田大学の長谷見先生が現れる。

「灯りが点いていたから寄ってみた。本当は明日来ようと思ってたんだけど、急に糸魚川に呼ばれちゃって」

彼は建築科の教授なので、災害が起こったときなどに、しょっちゅう呼ばれるのである。

糸魚川の火災の検証をしたり、復興会議に出たりするのだろうな。

12月24日(土)

パフォーマンス第3日。

これは、参加者にパフォーマンスの途中で、使用した枯葉を配っているところ。

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クリスマス・イヴだから、お客さんは全然来ないのではないかと心配していたが、世の中にクリぼっちはけっこう居るようで、用意した椅子はほぼ埋まった。

パフォーマンス終了後は打ち上げ。

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みんなでワインを飲みながらおしゃべりに花が咲いた。宴もたけなわになった頃にさらにお客さんが増えたりした。

霜田誠二がおもしろい言葉を発する。

「作品ていうのは人生のお土産だね」

こんな人と出会った。こんな作品を見て感動した。せっかく生まれてきた人生、ここでお土産を買っていこうぜ。

わたしはこの言葉が気に入ってしまったので、どこかで使わせてもらおうと思っている。

作品を買うのではなく、お土産を買うんだっていう発想は、ひょっとしたら作品を売る側の人間にとっても考え方を大きく変えるヒントになるかも知れない。


   

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2016年12月22日 (木)

だらだら

昨日はわたしはお休みなのだったが、一歩も外へは出ずに、家で寝ていた。昼間も泥のように昼寝をしていたのだった。しかし、まだまだ疲れは取れず、今ギャラリーでぼうっとしている。

やることは本当に山のようにあるのだが、とりあえずブログを書いて息抜きをするぞ!とパソコンに向かったのだ。どうでもいいことを脈絡なく、読者のことを全く考慮せずに好き勝手にだらだら書いていくのがわたしの理想とするところである。

今日は霜田誠二のパフォーマンス第1日めだが、まあ、あと何時間かあるので、それも気にしないで書いていくのである。霜田は今日は慶應大学の授業があるので、ギャラリーにはパフォーマンス開始ぎりぎりに到着する予定である。

世の中は忘年会とクリスマスでお忙しいようであるが、本当に忙しいのかな?

忙しいって言ってる人は、一年中忙しいのであって、暇なときは一日もないのである。

「今、忙しい」

と言っている人は結局どんな時でも暇ではないので、わたしは相手にしたくはない。

ずっと忙しいままでいてね。

今週でStepsの展示は終了。

26日は眼科に行く。27日はギャラリーの忘年会。28日はギャラリーの大掃除だもんね。大掃除は床を思い切り拭いて、ギャラリー睦でもらった強力ワックスを大量にぶちまけて、ギャラリー床をピカピカにする予定である。ギャラリーは壁が大切だが、床も同じように大切なのである。

そして冬休みは、のんびりする。少しのんびりしたら制作をする。今来年のわたしの個展「colored bar」の作品を作っているのであるが、棒に色を塗るだけなのだが、かなり凝った塗り方をしているので、時間がかかるのである。個展は来年7月なのだが、逆算していくと明らかに間に合わないことが分かっているので、実はあせっているのだ。

4月の「Art Cocktail」の小品も同時に作っている。これは小さいけど新シリーズの試作でもあるので、緊張しながら作っている。

霜田誠二は昔の出版物をたくさん持ってきていて、それをぱらぱらめくっているとかなり懐かしいし、面白い。パフォーマンス「花嵐」の記録集は、1988年発行なので、今から28年前である。霜田誠二も若かった。

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けっこう大掛かりなことをやっていたのである。

幻の詩集「店」もある。

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もうほとんど巷には出回っていない。わたしも一冊持っているはずだが、どこかにまぎれてしまっている。これは1981年発行だから、霜田誠二28歳のときの詩集である。「その店に入ると」という書き出しの99編の詩篇が収められていて、これはH氏賞の候補にもなったのだったが、惜しくも受賞は逃した。1篇がとても長いのだが、その一部を書き出してみようかな。たとえば「45刑務所」

「その店に入ると捕まえられる。数人の男がぼくをあの刑務所に入れると言う。あの刑務所は有名だ。あそこでは残酷な刑罰が毎日行われている。豆腐のような刑罰だと言われている。ひどい拷問が行なわれている。或る朝看守が檻を見回ると受刑者たちは豆腐のように倒れていた。急いで鍵を開けて受刑者を抱き起こすと、看守の手の指から受刑者はこぼれ落ちてしまった。……」

これはほんの冒頭部分である。50行中の3行だけである。こういう非常に張り詰めたイメージが延々と続く。そういう詩が99編ある。

こういう、ちょっとシュールで辻褄の合わないイメージを持続させていくのは並大抵のことではない。自費出版だったので、文字どおり、「食べるものもない」という貧窮状態だったようである。

でも、死にそうに貧乏な話ってなんであんなに幸せそうに語れるのだろう。ヘミングウェイもそうだったし、今読んでいるヘンリ・ミラーもそうである。

そういえば、白石かずこの詩集を読んでいたとき(めちゃくちゃ昔だけど)、白石さんが霜田誠二のパフォーマンスの感想を書いているのを発見して驚いたことがある。

天気予報では今日は暖かいはずなんだけど、全然暖かくない。ちょっと寒いくらい。予報は予報でしかない。

あ、そうだ『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎』(ちくま学芸文庫)は本当に面白かったなあ。人間としての哲学者像がよく描かれている。

今読んでるヘンリ・ミラーの『北回帰線』も飽きない。ヘンリ・ミラーってこんなだったんだと驚く。とにかくはちゃめちゃなのである。ヘンリ・ミラーの生活も、その小説の書きかたも。

ストーリーというストーリーがないので、実はわたしはとても読みやすい。どのページも等価でどこから読んでも味わえるのである。これを読んでいて、わたしはストーリーが嫌いなのであるということが分かってしまった。推理小説とか、演劇とか、映画とか、とにかくストーリーを追っていく作品は退屈なのである。だから何なの?と思ってしまうんだな。ストーリーに頼るなよと言いたい。ストーリー無しの作品が書ける才能ってすごいわけなのである。ヘンリ・ミラーを読むととにかく元気が出るのはなぜなのだろう。

アナイス・ニンが「序」を書いている。

「根源的な現実へのわれわれの嗜欲をとり戻す―もしそういうことが可能だとすれば―そういう力のある小説がここにある。…それはオプティミズムをもペシミズムをも超えている。…」

今年中に読み終ってしまいそうなので。また本屋さんに行こうかなあ。

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2016年12月19日 (月)

霜田誠二の絵画

Steps Gallery 2016年最終の展示は「霜田誠二」である。巷はクリスマス気分が満ちてきているようであるが、Stepsは地道に展示をする。

今日からスタート

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作品は予想通り50点になった。

霜田は簡単な略歴を数行で書いているので、まずそれを紹介したい。

[霜田誠二(しもだせいじ)]

1953年長野市生まれ。高校紛争、家出少年を経て1975年からパフォーマンスを開始。ニパフ代表。アーティスト。詩人。現在、武蔵野美術大学造形学部、慶應大学文学部、非常勤講師。これまでに世界50カ国を超える400の国際芸術祭に出演。また各国でパフォーマンス・アートのワークショップを開催し、各地の様々な世代にこの表現の持つ豊かさと可能性を伝えている。2000年NYベッシー賞受賞。

今回の霜田誠二の展示作品は、キャンバスにアクリルで描いた「動物」である。彼は昔からTシャツに様々な動物を描き売ってきた。わたしはそのTシャツの絵が好きだったので、Tシャツではなくキャンバスに描いてと言って描いてもらったのだった。

キャンバスにアクリルで描くのは初めてだったからか、彼は「描けない」、「難しい」となんどか泣き言を言いにギャラリーに来たりしていたが、とにかく一旦始めてしまえば、のめりこんでしまって物狂おしくなるまで止まらなくなるのだった。

「座る猫」 キャンバスにアクリル 22×27cm 2016 ¥25,000

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「象 2」 キャンバスにアクリル 16×27cm 2016 ¥15,000

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「背景ってどうすればいいの?」とか悩んでいたようであるが、面白い画面に仕上がっている。決して「上手」な絵ではないが、なぜか魅力的なのである。これを続けて描いていき「努力」していくと「上手く」なっていくわけなのだけれど、不思議なことに上手くなっていくと、作品は売れなくなったりするのである。絵を描いたり発表したりしている方はそういう経験があるのではないだろうか。上手くなると逆に伝わらなくなる何かがあるのだと思う。

「キリン 2」 キャンバスにアクリル 22×27cm 2016 ¥25,000

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「飛ぶスズメ 6」 キャンバスにアクリル 27×45.5cm 2016 ¥42,000

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作品は「上手い」とか「センスがいい」とかいうことはじつはどうでもいいことで、要するに我々の生活や人生に刺激を与えてくれるものでなくてはならない。そういう意味では、霜田の絵画は、我々を不可思議な空間に誘い込み、人生って意外に面白いんじゃないの?ということを示唆してくれたりするのである。

「ゴジラ」 キャンバスにアクリル 16×27cm 2016 ¥15,000

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「二匹」 22×27cm キャンバスにアクリル 22×27cm 2016 ¥25,000

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