2018年12月13日 (木)

今年最後の展覧会

そういえば、笠間市議会議員選挙はどうなったのだろうか?

12月9日が投票日だったはずだから、選挙結果はもう分かってるわけだ。藤本さんから連絡がないということはだめだったんだろうか。連絡がないということは、逆に当選したのを大袈裟に言うことを遠慮しているからなのだろうか。

気になってしょうがないので、ネットで調べてみた。

定数22のところに24人が立候補している。2人が落選となるわけである。

見てみると、上位の方から、名前と、得票数が並んでいた。当選した人には花がついている。10人を過ぎても藤本さんは出てこない…17・18・19… どきどきする。22・23あ、あった!23人目に藤本さんが載っていた。花はついていなかった。

…残念……

次回もがんばるのだろうか。次回立候補するときには、もっと時間をかけて準備をして、選挙運動もがんばらなくてはならないだろう。

バルコニーに銀杏の葉っぱがあった。どこからか飛んできたものだろうが、銀座に銀杏なんてあったかな?どこの銀杏の木なんだろう。12月の銀杏の葉っぱというのも不思議ではある。

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Steps Galleryであるが、今週の小山悦子展が終ると、来週は寺崎誠三展、12月17日(月)-22日(土)、今年最後の展覧会になる。

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誠三さんは全日在廊予定。特にパーティーは予定していないが、お酒は用意するようである。

最終日の22日に誠三展のあと、Stepsは内輪で忘年会をする。

今年も終るのである。

4Fのギャラリー58は先週忘年会も済ませていて、来週から冬休みに入るようである。Stepsより一週間早い。

Stepsの冬休みは12月23日(日)~2019年1月6日(日)

2019年は、一色映理子展でスタートする。

1月7日(月)-19日(土)

一色映理子は On the Steps などには出品してもらっていたが、個展は初めてである。初めてだが、年頭の個展に入れたのは、この個展に賭けているからである。

12月28日頃に案内状を発送します。わたしが書いた一色論も同封します。早ければ年内、遅くとも三が日には届くと思いますので、楽しみにしていてください。

『罪と罰』を読み始めたが、面白くて止まらない。これって、こんなに面白い小説なんだっけ?「カラマーゾフの兄弟」も面白かったが、それでも、がんばって読んだような気がする。「罪と罰」はがんばらなくても読める。面白いからである。小説が面白い理由の一つに、感情移入ができるかどうか、というのがあると思うのだが、人殺しをしてしまうラスコーリニコフに感情移入できるからで、昔読んだときは、若すぎて感情移入ができなかったから、途中でやめてしまったのかもしれない。

ラスコーリニコフはお婆さんを斧で殺したあと、現場に来たお婆さんの妹までも殺してしまうのだ。いったいこのあとどうするんだろう?

外套の内側に紐で輪っかを作って縫い付けて、そこに斧の柄を差し込んで隠し持つようにするところが、異様にリアルで恐い。


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2018年12月10日 (月)

掃除のつづきのつづき

まだ煙草は吸っていない。禁煙しているわけではない。ただ吸っていない状態が続いているだけである。これからまた吸い出すであろうし、いつでも吸えるのだが、たまたま吸っていない状況になっているだけである。

わたしはすでに糖尿病だから、禁煙糖尿にはならないわけであるが、禁煙したらなにか悪いことが起こるかもしれない。

禁煙糖尿ってなに?

ああ、そうか、禁煙して糖尿病になるのを禁煙糖尿っていうんだよ。

禁煙する人が増えてるよね。禁煙するとなにか健康になったような気がするのである。そして、禁煙したら、ご飯がものすごく美味しく感じてしまうのである。美味しいからついついご飯をたくさん食べるようになる。その結果、糖尿病になる。こういう人がかなり多いのである。という話を、糖尿病のドクターから聞いたことがある。おおっぴらには言えないんだけどね、と断わってから、ドクターは、禁煙というのも、すればいいってもんじゃないと思うなあ…とつぶやくのだった。

さて、掃除であるが、本棚の整理に入っている。整理とはなにか。それは捨てることである。本棚の整理とは本を捨てることなのである。冊子とかカタログとか、もう見ないなあ…と思うものを片っ端から捨てていったら、棚にゆとりができてきた。

ゆとりは大切である。

ちょっと休憩してお弁当を食べる。食べ始めると、お客さんがやってくる。食べ始めると必ず誰かが来るのである。ギャラリーあるあるである。やって来たのは浜田浄さん。

「お、お弁当食べてるの?ああ、そのまま気にしないで食べててよ」

お茶を淹れてテーブルに置く。

「なんで立って食べてるの?」

と言うので、立って食べるのが好きなんですよ、と答える。昔、入院していたときに、隣にいた患者さんが立って食事してるのよ。訊いたら痔なんだって。座ると痛いからいつも食事は立ったまま。それを真似しているうちに、わたしも立って食べるようになってしまったのである。

「へえ。そういえば、このあいだテレビで京都の人はパンが好きという番組があってさ、あれって、京都は職人さんが多いからなんだってね。職人さんは、食事をする間もなく仕事するから、立ったままでも食べられるパンが便利だったそうだよ」

「そうなんですか」

「昨日、孫と食事したんだけどさ、行列ができているパン屋さんがあったの。で、並んで買ったのよ。ラ・パンていう店。そう、食パンよ。SとMとLがあって、Sでいいんじゃないって言ったら孫がMがいいって言うんだよ」

「1000円くらいするんじゃない?」

「いや、600円だった。Lで800円」

「やっぱり美味しいんだろうね」

「まだ食べてないからわからない。今朝さ、ものすごく寒かったじゃん。だから早く起きて仕事したほうがいいんじゃないかと思って5時に起きて作品作ったのよ。…失敗だったね」

「そういうときはやめておいたほうが無難ですね」

「だから、今日は銀座に行く日にしたわけよ」

浜田さんは、香港だかのアートフェアに出す作品を制作中である。

浜田さんの携帯が鳴る。

誰かと待ち合わせしているらしい。

「今ステップスギャラリーにいるんだよ。…知らない?知らないの?こんなに有名な画廊なのに?」

と言いながらわたしのほうを向いてにやにやしている。

次に曽根原さんが現われる。あれ?先週来たよね?

「吉岡さん時間あったら、おしゃべりしてもらおうと思ってね…」

今日は棚の整理はもうできないな。

今読んでいる高階秀爾の『バロックの光と闇』はものすごく面白い。面白いからすぐに読み終わってしまいそうである。

また本を買っておかなくてはならない。

『林芙美子』(ちくま文庫)

ドストエフスキー 『罪と罰』 上・下 (新潮文庫)

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『罪と罰」はむかーし、高校生の頃に読んだが、途中でやめてしまった。で、今読んでみると、これが本の方から語りかけて来る感じなんだな。

林芙美子のアンソロジーであるが、「放浪記」も「浮雲」も入ってないから買うことにした。読んでみたかった「風琴と魚の町」などの掌編が載っていて楽しみである。

詩も入っている。

小説も好きだけど、わたしは林芙美子の詩が秀逸だと思う。

恋は胸三寸のうち

 処女何と遠い思ひ出であろう…

 男の情を知りつくして

 この汚らはしい静脈に蛙が泳いでゐる。

 

 こんなに広い原つぱがあるが

 貴女は真実の花をどこに咲かせると云ふのです

 きまぐれ娘はいつも飛行機を見てゐますよ

 真実のない男と女が千万人よつたつて

 戦争は当分お休みですわ。

 七面鳥と狸!

 何だィ! 地球飛んぢまへ

 真実と真実の火花をよう散らさない男と女は

 パンパンとまつぷたつに割れつちまへ!

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2018年12月 8日 (土)

掃除のつづき

昨日から、わたしは煙草を吸っていない。なぜかというと、吸いたいという気持ちにならないからだ。なぜならないかというと、体調が悪いからだ。

大酒飲みの人が酒が飲みたくないと言いはじめたら良くない兆候である。どこか身体が悪いんじゃないの?と心配するはずである。体調が悪いのである。

煙草が吸いたい、酒が飲みたいと人が言うときは、体調が良いからそう言うんであって、健康なのである。

わたしは煙草が吸いたくないというくらい体調が悪いのだけれど、掃除をやっている。修行のようにやっている。壁のペンキ塗りは意外と早く終ったので、昨日は冷蔵庫掃除をした。冷蔵庫内をウェットティッシューを使って隅々まで拭いた。残り物の入った壜とか缶詰めとかを処分した。こういう入れ物に入ったものを捨てるのって、とても面倒である。壜の蓋がなかなか開かなくて、お湯に浸けたりしてなんとか開けられた。

今日は窓拭きである。ギャラリーの外の入り口と中の入り口、それとバルコニーの出入り口のガラス窓、あとは事務所の窓である。脚立も出しておく。

最初にざっと水拭きをする。雑巾が汚れる。ここではっと気づいたのだが、ドアや窓のガラスよりも、サッシの窓枠とかレールとか、そういうところの汚れのほうがひどいのである。よし、これも拭かねばなるまい。ガラスクリーナーで仕上げをしたあと、枠やレールをきれいにする。雑巾が真っ黒になるので、何枚かそのまま捨てた。

やれやれ、これでずいぶんきれいになった。来週は、床の汚れを落とすことと、本棚を整理するのが課題だな。

ちょっと休憩、と思って事務所に戻ったところへ、上條陽子さんが現われる。「コーヒー飲む?」と訊いて、返事がないうちにわたしはコーヒーの用意をする。上條さんはコーヒーが好きなので、絶対に飲むのである。

テーブルの上に置いてある 『中村傳三郎 美術評論集成』を見て 「これって徹さんのお父さんよね」と言いながら開いてページをめくっている。

この間の中国文化センターの展覧会のパーティーのときに、徹さんから聞いているとのことだった。中村傳三郎氏は生きていたら100歳を超えているので、一昔前の美術評論家ということになるのだろうが、上條さんは

「あたし、パリでお会いしてるわよ。フランスに留学していたころね」

と言う。おお、さすが上條陽子。

上條さんは、コーヒー美味しいわね、と言いながら、展覧会のチラシを出す。

上條さんが企画している展覧会である。

「パレスチナ・ガザの画家を支援する交流展」

1月17日(木)-22日(火)

10:00-18:00(初日15:00-18:30・最終日10:00-15:00)

相模原市民ギャラリー(JR横浜線相模原駅ビル・セレオ相模原4F)

日本の作家が100人以上参加する。

主催:パレスチナのハートアートプロジェクト(代表 上條陽子)

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パレスチナから3人のアーティストを招待しているのだが、実際に来れるかどうかはわからないそうである。外務省と掛け合っているのだが、かなり面倒らしい。もしこの人たちが日本に来られたら、迎えに行けますか?と言われたので、上條さんはもちろん行きますと答える。迎えに行くというのは、羽田や成田に行くのではなく、ガザまで行けるか、という意味である。上條さんはもしそうなったら行くのである。命がけの企画である。

「やらなくちゃいけないのよ」

これを、腹をくくるというのだな。

関連イベント

1月17日(木)

①15:00-16:00 ガザアーティストトーク

②16:30-18:30 オープニングレセプション

1月18日(金) 14:00-15:40

映画「オマールの壁」 上映+トーク

パレスチナ自治区で生きる若者たちの無情な現実

1月20日(日) 14:00-16:00

講演 「パレスチナとは?ガザとは?」

講師:徐 京植(ソ・キョンシク) 東京経済大学教授

1月21日(月) 14:00-16:00

映画「ぼくたちは見た」

上映+トーク  監督 古居みずえ

パレスチナの3人が来日できる可能性は2%と言われているそうである。

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2018年12月 6日 (木)

降ったり止んだり

どうも一日雨のようである。

寒いし、薄暗いし、これに雨が重なると、何とはなしに憂鬱になる。

雨だから、ギャラリーに来る人もおそらく数人ということになるだろう。

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昨日は一日休みだったが、体調もおかしくて、一日ぼうっとしていた。

駅前までバスで出て、マツモトキヨシで買い物をした。喫茶店に入って、コーヒーを飲みながら煙草でも…と思ったが、なんだかそういう元気もないのだった。

急にお腹が空いて、低血糖のような感じになってきたので、マックに入り、ポテトLをホットコーヒーで流し込む。

林芙美子の 『浮雲』を出して読んでみるが、続かない。

デカダンという言葉があるが、林芙美子も『浮雲』の主人公ゆき子も女デカダンである。行き当たりばったり、破れかぶれなのである。

貧しくすさんだ生活を続けているのだが、そういう中でも「ゆき子」は世の中を冷静に、突き放して見る眼を失わない。

「…微妙な虹が、人間の心の奥底には現われては消え、現われては消えてゆくものなのであろう。そこをもどかしがって、人間は笑ったり泣いたりしているだけのようにも考えられた。人間はそうした生きものなのであろう。」

「歴史は一貫して、数かぎりもない人間を産んで行った。政治も幾度となく同じ事のくり返しであり、戦争も、何時までも同じ事のくり返しで始まり、終る……。何が何だか悟りのないままに、人間は社会という枠のなかで、犇(ヒシメキ)きあっては、生死をくり返している。」

『浮雲』も終りかけてきたので、「次」を買っておく。

高階秀爾 『バロックの光と闇』(講談社学術文庫)

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「一九七七年初春、パリ市民たちは突如出現した鉄とガラスの巨大な建造物にどぎもを抜かれて騒然となった。」

という冒頭の一文から始まる。ポンピドゥー・センター、これを高階はバロックであるとして論を進める。

上手いよねえ、この人。

さて、本を読んで一日過すわけにもいかないので、なにか仕事をしなくちゃいけないのだが、非常にだるい。

12月に入ったから、少しずつ大掃除を始めてみようかな。窓ガラス掃除というのがある。ガラス面が、触るとざらざらしている。拭かなければならない。でも今日は雨だから止めておこう。

冷蔵庫の掃除もある。これも拭き掃除をしなければならないが、冷蔵庫のドアを開けると寒そうなのでやりたくない。

床掃除。これは、黒くこびりついた汚れが所々に見えるのだが、これをこすって落とすと筋肉痛になりそうである。

そうだ、壁塗りをしよう。壁の全面をローラーでやる本格的なのではなく、筆で、汚れの見えるところだけを選んで塗っていくのである。

そうだ、それにしよう。

お昼のお弁当を食べてから始めることにする。

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2018年12月 3日 (月)

被昇天のマリア

今、わたしは腕が筋肉痛でけっこうつらい。

土曜日の小山悦子展の展示作業を一人でやったからである。小山さんの作品はものすごく大きいわけではないのだが、しかしこれがものすごく重いのである。作品も重いし、額も相当な重さである。一人でこれを壁に掛けるのに、いろんな工夫をしながらがんばった。

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疲れたあとにお風呂に入ってから、「ちくしょう…」とつぶやきながら飲むビールは美味しいから、それはそれでいいのだけれどね。

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今回の作品は、最新作もあるが、何十年も前の作品もある。わたしの独断で決めてわたしの判断で展示位置を決めた。

アラーキーがどこかで、写真集を作るときに一番難しいのは「順番」であると言っていたが、絵画の展示でも、並べる順番は重要である。作品の内容や色等を考えながら、展示スペースの中でストーリーを作っていくのがコツである。

作品にキャプションはつけなかった。小山さんが入院しているので、タイトルも値段もなにも分からないからである。こういうことがあってもまったく慌てないようになってしまったわたしは成長したのか、老人になってしまったのか、どちらかわからない。

今回の展覧会のタイトルは 「被昇天のマリア」だから、もう全部作品のタイトルは、被昇天のマリアでいいのである。小山さんもそれでいいと言うはずである。

これは今回のメインの作品である。

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おそらく花がモチーフであると思われる。「マリア」なのに花?と思われるかもしれないが、そういう考え方と感じ方では、小山作品をちゃんと鑑賞できないよ。

小山さんには人物と花の区別はないんだから。

テーマがあれば、モチーフは何でもいいという驚くべき制作態度をとるのが小山さんの小山さんたるところだからである。

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どうよ。                                                    

こういうおおらかな気持ちで生きていきたいものである。


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2018年12月 1日 (土)

銀座の師走

今日から12月かあ…

いやあ、どうしたものかねえ。

いつものこの時期はクリスマスのデコレーションやイルミネーションの取り付けとかで慌しいはずの銀座であるが、今年はそういう作業をしている様子がない。

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普段の銀座通りのままである。

山野楽器のクリスマスツリーは賑やかだが、それ以外はクリスマス前という雰囲気が感じられない。

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松屋の前に何やら囲いがしてあったが、たぶんこれから何かデコレーションを設置するのであろう。

やっぱり景気が悪いのである。景気よかったら、銀座はもっと派手になっているはずである。

鳩も寂しそうに歩いている。

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来週から小山悦子展であるが、お知らせしたように、小山さんは入院中なので、会期中はギャラリーに来れない。パーティーも予定していません。

小山悦子展

12月3日(月)-15日(土) 日曜休廊

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今日はわたし一人で搬入をする。

なんとかがんばるしかない。

ギャラリーを萩谷君に頼んで、コバヤシ画廊の野沢二郎展を見に行く(二郎はニロウと読む)。

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いつも巨大な画面に描く。

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元気である。

いそいでギャラリーに戻ると電話があり、来週の小山さんの個展は予定通りにあるんでしょうか?というので、はい、あります。本人は来る予定はありませんが、作品はあります、と答える。

展覧会

「建畠朔弥彫刻展」

12/10(月)-22(土)

ギャルリ・プス(銀座5-14-16 銀座アビタシオン 201)

今週読み始めた本は

林芙美子 『浮雲』(新潮文庫)

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林芙美子の文章は好きだなあ…







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2018年11月28日 (水)

10000歩

携帯に万歩計がついていて、どれくらい歩いたか計れるようになっていて、いつもは3000とか5000とかがいいところなのだが、昨日は10000歩を軽く越えていた。10000歩かないと万歩計とはいわないのだな。

11月27日(火)

昼に小山さんのアトリエに伺うことになっていたのだが、遅れてしまって、ギャラリーに電話があったとバイトの山之内さんから連絡が入る。12:30に着く予定だと伝えておいてもらう。

12:15、表参道の駅に到着。小山さんのアトリエは表参道ヒルズのすぐ裏だよと聞いていたのだが、初めて行くので迷ってしまった。電柱の住所表示を見ながらうろうろしていたら、「吉岡さん」と声がかかる。小山さんの娘さんがわたしを見つけてくれたのだった。わたしが小山さんのお家を通り過ぎようとしていたのを見つけてくれたのだった。

小山さんの東京アトリエである。3階建てのビルで中に入ると建物中が絵でいっぱいだった。新作と見られる作品が箱に入っていたので、まずそれを選んで、そのあとで、追加の作品を旧作の中から何点か選ぶ。どの絵を選ぶかは、わたしが決めるので、わたしの好みに思い切り偏っているはずである。

小山さんの容態は思わしくなく、今年は退院できないかもしれないとのことだった。

個展はわたしががんばりますので任せて下さいと言って辞去する。

渋谷に出て、山手線で新宿へ。

歌舞伎町にあるギャラリー渓で有坂ゆかり展を見る。いろんな傾向の絵があり、もう少し絞ったほうがいいかも、と思った。

有坂さんは、来年のArt Cocktail 2019に出品予定。

斉藤眼科で診察の予定なのだが、90分ほど時間があるので、ビルの地下にある「ルノアール」で休むことにする。

喫煙室はいっぱいだったが、なんとか席を見つけて座り、アイスコーヒーを注文する。

『日本水墨画全史』をかばんから出して煙草に火をつける。

筆者の小林忠は、内容もわかりやすいだけでなく、文章も上手なので面白い。論文としてはずいぶん柔らかい。

俵屋宗達の「枝豆図」の紹介文の冒頭はこんなである。

「ビールの好きな人は、夏の日にとれたてをゆでた枝豆のおいしさについて、よく知っているはずだ。……」

わたしは、紹介されていた24人の絵描きの中で気になったのは、玉畹梵芳(ギョクエンボンポウ)の、蘭を描いた作品だった。蘭の長く細い葉が、のびやかに走っている絵だ。たぶん実際の蘭をただ写し取ったのではなく、画面の中で、自由に配置していったと思われる。葉は線になり、画面を作り出すための要素でしかないのである。これはもう抽象画ではないだろうか……と思いながら読んでいると、あとがきの中で、小林忠はこんなことを書いているのを発見してしまった。

「色彩豊かな現実の世界を墨一色のモノクロームの世界に還元する水墨画は、中国唐代に生まれた過激な抽象表現だった。」

なあんだ、はやく言ってよ。

あっという間に時間が過ぎてしまい、慌ててルノアールを出て、7階までエレベーターに乗り、眼科へ。

診察は、眼圧よし、眼底異常なし。

新宿駅地下の薬局で目薬をもらったあと、日暮里へ移動。櫻木画廊の倉重光則展を見るためだ。

日暮里駅の改札口を出たが、地図を見てもどこをどう行ったらよいのかわからない。谷中霊園があるはずだが、それらしき様子はない。交番があったので、訊いてみることにする。おまわりさんが二人居て丁寧に説明してくれる。ああ、反対側の出口ですよ。そこ上っていくと霊園に出るから、そこを突っ切って信号まで行くといいよ。わかりました、行ってみますと言うと、住所はどこなの何丁目の何番?としつこく教えてくれる。

谷中霊園に入ると、急に暗くなってきた。両側がお墓で、林のシルエットがぼんやりと浮かんでいる。萩谷将司の絵の中に居るようである。

これは迷ってしまいそうだな…と思いながら歩いていくと、信号機が見えてきて、なんとかギャラリーに辿り着くことが出来た。

住宅街の中にぽつんとあるギャラリーだった。

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ギャラリーの方が、倉重さんは今ちょっと出ているんですというので、電話をかけてみると、まもなくギャラリーに戻ってきた。

ウッドベースの水野さん夫妻もちょうど来ていたので、しばらく話をする。

今回の作品は、今まで見たことがないシリーズだった。

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鉄板をまげて正方形を作り、その端にやはり鉄の棒を挟み込んだものである。詳しい作り方を倉重は一所懸命に語る。

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わたしが帰ろうとすると、俺ももう帰るから上野まで送っていくよと言って、車で上野まで送ってくれた。

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2018年11月26日 (月)

萩谷将司の風景

今日から萩谷将司展が始まる。

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相変わらず夕暮れの風景を描いているが、ちょっと見ただけで深化していることがよくわかる。

「或いは大切にするべきものなのかな」 キャンバスに油彩 112.0×162.0cm 2017 ¥700,000

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わたしは今、小林忠の『日本水墨画全史』を読んでいるのだが、教えられることが非常に多かった。雪舟についての文章のなかで、小林は、雪舟の絵は四季の移り変わりや、微妙に変化していく情景の細やかさを描いているように思うかも知れないが、じつはそうではない。風景は季節によって、表面上は変わっていくのだが、変わらないものがある。雪舟は、その変わらないもの、実相と呼べばいいのだろうか、それを表現しようとしているのである、ということなのだった。

萩谷の風景画も、夕暮れという表層的な景色のなかに、時間や光のうつろいに影響されない、風景の実相を描き出そうと努力を始めたように思われるのである。

「行ったり来たりする」 キャンバスに油彩 53.0×72.7cm 2018 ¥100,000

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「どうか声は出さないで」 キャンバスに油彩 53.0×65.2cm 2018 ¥100,000

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「いつでも待っているんだよ」 キャンバスに油彩 130.3×162.0cm 2018 ¥700000

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写生のなかに、実相を求めていくことは、写実ではなく、反対に抽象に向かっていくことになる。風景の具体のなかに風景という実相を描くのは、簡単なことではない。

「また会えたみたいだ」 キャンバスに油彩 12.5×16.5cm 2018 ¥10,000 (売約済)

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「思い出したくもなるんだ」 キャンバスに油彩 12.5×16.5cm 2018 ¥10,000

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作家は土曜日に在廊する予定。

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2018年11月23日 (金)

萩谷将司の風景

☆来週は萩谷将司展。

夕暮れ。暗くなってものの判別が難しくなるぎりぎりの時間帯を狙う風景画は、見る者の言葉を奪って「見る」のではなく「見ようとする」姿勢を要求する。

大小10点程度の展示になる予定である。

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☆西山真実さんの個展は会期延長になり、明日までになっているが、展示の様子が届いたので、紹介する。

http://www.jpartmuseum.com/jam_live2018/naruse01/

ゆっくりご覧下さい。

☆12月に個展予定の小山悦子さんが、体調を崩して入院中である。個展は大丈夫か!?と心配であるが、本人は「個展はやる!」と言っているそうである。作品はほとんど出来上がっているはずなので、実際にどれを展示するのかを、来週の火曜日にわたしがアトリエに行って指定してくる予定なのである。運送担当の業者さんがそれをギャラリーまで運ぶのである。小山さんは個展会期中も入院していると思うので、会場には来れないと思う。

でもまあ、展覧会というのは作家に会うのが目的ではなく、作品を見るのが目的であるはずなので、本来の展覧会の形ということもできるのである。会場では作品が待っているのである。作品ががんばってくれるはずである。

わたしも昔、個展会期中ずっと入院していて、ギャラリーに一度も顔を出すことがなかったことがあるのを思い出した。

体調崩したり、手術したり、入院したりという作家が増えてきたような気がするのだが、しかし、気持ちだけは元気を保ち、変わらず制作に励んでほしいものである。

☆以前紹介したことのある、中村徹さんが企画した本が完成した。

藤井明 編 『中村傳三郎 美術評論集成』(国書刊行会 ¥27,000)

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うーん、買えないなあ…という方は、ギャラリーに一冊置いてありますので、見てください。

買う!という方はお申しつけください。

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2018年11月20日 (火)

梨の花

中野重治 『梨の花』読み終わる。

小学校から中学に入るまでのことが書いてあるのだが、なんでも克明に覚えていてびっくり。

名作だよ。

「…すると良平は、やはりいつだったか、変なことがあったのを思い出した。梨の花が咲いていたのだから春のしまいごろだったにちがいない。『日本少年』の口絵に、「梨の花」という題の油絵がはいっていた。色のなかに細いすじのようなのがいっぱい詰まっている絵、あれは油絵というものだと良平はもう知っていたが、その絵は、梨の木の花が咲いているというだけの絵だったが、見るからに美しかった。絵が、うつくしい……

「梨の花ア……」と良平はへんに思った。

 梨の花がこんなに美しいということがあるもんか。梨の木は、おじさんが癖で植えたのが灰小屋の傍にあった。毎年花が咲く。そして食べられぬほど固いがじがじ梨が成った。あの梨の花が、美しかったもんか。良平には、梨の花を美しいと思ったことは一ぺんもなかった。一郎でも誰でも、梨の花が美しいなんといったものは一人もなかった。大人にもない。

「どら……」

 良平は灰小屋の前へ行ってみた。梨の花は咲いていた。そしてそれがほんとに美しかった。……」

梨の花が美しいと初めて感じた様子が生きいきと描かれていて、感動的である。

しかし、その後、良平はずっと梨の花を美しいと感じているわけではない。

年月を重ねるということは、その時どきで、感じ方も変るのである。

「どうしたじゃろう……

 いつやらはあんなにきれいに見えたのが―あのときは、それまで美しいなんと思ってもみたこともなかったのが、『日本少年』の口絵そっくりに美しく見えておどろいたのだったが―きょうはちっとも美しいと思えない。咲いているのはわかる。花だからきたなくはない。しかしただそれだけで、きたなくもないが美しくはちっとも見えない。……」

『梨の花』の次に買ったのは

小林 忠 『日本水墨画全史』(講談社学術文庫)

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水墨画には全く興味がなかったのだが、これを読み始めたら夢中になってしまった。

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