2018年8月13日 (月)

25年前の作品

山形に2泊で帰省して帰ってきた。

新幹線の座席のポケットに「トランヴェール」という冊子が入っていて、無料なので持ち帰ってもいいのであるが、その8月号に「宮城は、漫画・アニメの舞台装置だ!」という特集が組まれていて、いがらしみきおの漫画が載っていて、それがよかった。

昔、わたしが中学校の教員をしていたときに、美術の授業で「空想画」という授業をやったときに、4時間連続で講義をした。実技なしで、話だけで4時間である。当時のわたしの学校は、校内暴力全盛期で、座って話を聞くだけで我慢できない不良学生ばかりで、教室から出て行かないようにするだけで大変な労力を要するのだったのだが、わたしも20代で若かったから、こんな無謀ができたのかもしれない。

「君たちは何もしなくていいから。ただ話を聞いているだけでいい」

とわたしは言い、シュールレアリスムの詩を読んだり、いろいろな小説の部分を紹介したり、画集を見せながら解説したりした。漫画の紹介もした。つげ義春の「ねじ式」を読んで聞かせた。漫画であるが、絵は見せないで、ト書きや吹き出しのセリフをただ読んだのである。これはウケないかもしれないなあ…と不安だったのだが、読み始めるとなぜか、みんなとても静かに聞いていて、こっちがびっくりしてしまったことを憶えている。漫画のセリフだけを「聞く」というのは案外楽しいのかもしれない。「ねじ式」の漫画はそのあと、まわし読みをした。

いがらしみきおのトランヴェールに載っていた漫画もここにセリフだけ抜き出してみたい。「宮城は、」というタイトルの、6ページの短い作品である。

「私は旅行好きというわけではない。

仕事でもないとどこにも行かない人間である。

七夕祭りの時など

混雑に恐れをなして

街に出ないし

笹かまのメーカーの数を聞かれた時は

デタラメを言ったし

5つぐらいじゃないスか

仙台で一番おいしい

牛タン屋を聞かれても

答えられなかった。

さあ~

どこなんスかね~

宮城に生まれ

今も仙台に住んでいるが

宮城のことをよく知っているわけでもない。

今年行った浅草は

「浅草」というテーマパークのようだった。

そのあと行った大阪も

ここは「大阪」という

テーマパークだと思った。

では宮城はどうだろう。

宮城はなんのテーマパークだろう。

日本の夏というと

お盆だ。

私もお盆になると

お墓参りのため

田舎に帰る。

その時に通る道は

日本の里山そのもので

いつもいつも通るのが

楽しみである。

私の実家のある加美町には

橋を渡って入る。

その下には子どもの頃に

泳いだ鳴瀬川。

町は高齢化が進み

商店街もさびれて久しい。

もうなくなってしまった

あの家やあの人だらけ。

両親もすでに他界し

長兄の家族しかいない実家。

そこに埼玉にいる次兄の家族と

私の家族は毎年お墓参りに帰る。

お盆になると兄弟3人の家族が

そろう家などすでに田舎でもめずらしい。

こんにちは~

お~~

いつだったか次兄に

なぜ毎年お盆に帰って

来るのかと聞いたら

お盆だから

と言われた。

ひと通り話をするとやることが

なくなるのも田舎ならではだ。

そうなると嫁さんと娘を誘って

町をひと回りして来る。

農村地帯の中を

満々と水をたたえて流れる

用水路を見ているだけで涼しくなる。

夏の記憶は水の記憶だ。

鳴瀬川の堰を見に行く。

春に来た時はこの堰の水辺で

UMA(未確認動物)のようなものを

見つけた。

なんだかわからないものが

ゆらゆら揺れて

目がピカピカ光っていた。

夕方になるとお線香の煙が

ただようお寺でお墓参り。

晩ごはんは毎年同じ料理を食べる。

そして夜になると私の家族は

ふるさとを後にする。

来た時と同じようにあの橋を

渡って帰るのだ。

宮城は、

「宮城」のテーマパークだと思う。」

今度の年賀状用に「雪」という短い文章を書いた。来年の年賀状として送る予定であるが、その中に、私の昔の作品が出てくるのだが、今、その作品は山形にある。なぜ山形にあるのか、それは「雪」を読んで欲しい。

ガレージに置いてあるのだが、どんなふうになっているか見てみた。

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ちょっと暗くてわかりづらいが、2m×2mの紙に描いたものである。鉛筆だけで描いてある。額に入れてある。額は220cmあるはずである。25年以上前の作品である。

ビニール1枚で包んであるだけだが、大丈夫なようである。

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この作品の「行き先」も考えなければならないが、いい案が浮ばない。

だれか貰ってくれるひとはいないだろうか。

田舎のお寺が引き取ってもいいようなことを言っていたが、あれはどうなっただろうか。

山形美術館の学芸員に相談してみようかとも思っている。

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夏はまだ続く。


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2018年8月 4日 (土)

夏季休廊

ギャラリー内のクーラーがときどき調子が悪くなって、水がぽたぽた落ちてきて、その下に立つと「冷てーえな」と歌わざるを得なくなる。

最近は一日に一回こういうふうになってしまう。なんとか今日一日もってほしいものである。

明日からギャラリーは「夏休み」なのである。

夏季休廊

8月5日(日)-26日(日)

三週間お休みをする。

夏はどこかに行くんですか?とよく訊かれるが、今年は、ちょっと山形に帰るくらいで、あとはどこにも行かない。アトリエの片付けをやるつもりである。できるところだけ少しずつやるつもりである。

休み明けは唐さんの個展で始まる。

Dm

唐 詩意 展

8月27日(月)-9月1日(土)


唐さんの名前は、唐 詩意(トウ シヨク)というのだが、意の字は本当はクサカンムリが付く字なのである。わたしのパソコンでは出ないのである。

唐さんは台湾出身。日本に留学生として来て、今年、京都嵯峨美術大学を卒業したばかりである。専攻は絵画なのであるが、今度の個展は映像を使う。

3日かけて搬入を行なう予定である。

唐さんは来週、京都から東京に引越す予定である。藝大の研究生になるらしい。

夏用に本を2冊買った。2冊では足りないのだが、とりあえずの2冊である。

レマルク 『西部戦線異状なし』(新潮文庫)

梶井基次郎 『檸檬・冬の日』(岩波文庫)

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『西部戦線異状なし』はずっと読もうか迷っていて本屋さんでまごまごすることが多く、結局いつも本棚に戻してしまっていたのだが、昨日パラパラとページをめくっていたら、読みたくなったので買う。

梶井基次郎のこの本は、もう3,40年前に読んだはずだが、なんだかまた読みたくなったのだ。「今の気分」に合う本てあるよね。

「檸檬」は、丸善で、本の上に檸檬を置いてくる、というだけの話なのだが、わたしの記憶違いを発見した。丸善というのは東京の丸善だとばかり思っていたが、京都の丸善だった。そして、本の上に檸檬を置くというのは、書棚の前に平積みにしてある本の上にそっと置いてくるのだと思い込んでいたが、あれは本というのは画集なんだね。本棚から何冊も画集を抜き出して、棚に戻すことがどうしても出来なくなって、その画集を何冊も積み上げて、その上に檸檬を置いて店を出てくるというのであった。梶井はアングルが好きだということもわかって楽しかった。「檸檬」はやはり傑作である。

☆展覧会

第10回「前田寛治大賞展」

8月8日(水)-14日(火)

10:30-19:30(最終日16:00まで)

日本橋高島屋6階美術画廊

一色映理子さんが出品しています。

明日からお休みなので、ブログもしばらくお休みしようかなと思っている。

でもなにか書きたくなったら、ときどき書くかもしれないけどね。

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2018年8月 2日 (木)

小さすぎる幸せ

なあんにもしたくない。ただ一日中ぼうっとしていたい。

暑いのだから仕方がないのである。

セブンイレブンで何本もお茶を買って銀座駅B2のエレベーターに乗って地上に出る。エレベーターは乗り口と降り口が違う。つまりドアが2つあるのである。地上階に着くと、エレベーターのアナウンスが「こちら側のドアが開きます」と言う。この声は、狭いエレベーター内に響き渡るので、いったい「こちら側」がどっちのドアを指しているのかわからないのである。わたしは小さく「ばーか」とつぶやく。

暑いから何にでも当り散らしたくなるのである。

なんか知らないけど、頭にくるのである。昨日なんて、ブログ書いてて、もうすぐ書き終わるところまできたときに、へんなキーを押してしまったらしく、書いたものが一瞬で消えた。もちろんそのあとは何もしたくなくなり、お茶を飲んで煙草を吸って一日が終わってしまった。

やることはたくさんあるのである。でも何にも手につかないのだ。ロスのグループ展の書類が重荷である。ギャラリーに提出する書類がいっぱいある。インタビューとかもあって、作品の説明とか、影響を受けた作家についてとか、いろんなことを英語で書かなければならないのだが、そのまま放ってある。

JR総武快速線の新日本橋駅を出て、地下鉄の三越前駅まで歩いて改札を入り、ホームまでの階段を降りていくと、銀座線の黄色い電車の車体がホームを走り去っていくのが見える。いつもこうなのである。わたしがホームに着くと必ず電車は行ってしまうのである。世の中そういうふうにできているのである。年に数回だけ、わたしがホームに着くのと同時に電車がやってくるときがある。めったにないことだから、そういうときは小さな幸せを感じる。

買い物をしてレジに並ぶ。わたしは財布のなかの小銭を数える。10円玉が3枚。5円が1枚。1円玉が2枚である。合計37円。わたしは支払いのときにその金額の最後が37円だったらいいのにと思う。レジ待ちの時間が長いときには、ぜひぜひ37円でありますように!と祈る。そうすると店員のお姉さんが「1137円になります」とわたしに言うのだ。やった!ラッキー!ちょうどじゃん、とわたしはなんだかものすごくうれしくなって、幸せを感じるのである。

8月にギャラリーから送る案内状に同封しようと思って書いたテキスト「コンセプト論」を書き終わって、印刷も済んだ。

で、次に、来年の年賀状として送る文章「雪」も書き始めたら、これも終わってしまった。じゃあ、この勢いで「一色映理子論」も書こうかなと考えているところである。Steps来年の最初の展覧会は「一色映理子」を予定している。一色さんの作品はかなり手ごわいので、心して書かなければ失敗するだろう。

今日もめちゃくちゃ暑いが、お客さんは来ている。浜田浄さんから電話があり、暑くて外に出られないから、今週は行けないとのことだった。それが普通だよね。

堂免さんは毎日ギャラリーに詰める予定だったが、わたしが、一日休んだほうがいいよと言って、今日は休みにした。

あと3日。あと3回ギャラリーに来たら「夏休み」である。

それだけを楽しみに今日もがんばるぜ。

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2018年7月30日 (月)

堂免和実の風

台風のあとは、やはり暑くなった。

暑いけど、やはりお客さんはどんどんやってきた。

今日から堂免和実展。搬入は、めちゃくちゃ苦労して汗だくになって搬入したが、作品は涼しげである。

風が吹いてくるようである。

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インスタレーション作品である。

近ごろ、インスタレーションをやる作家はめっきり少なくなってしまったが、しぶとく続けている堂免さんは、気合が入っている。

わたしは今ホブズボームの『20世紀の歴史』を読んでいるが、是を読むと、1945年以降の空前絶後の高度経済成長は、歴史上まれに見る出来事だったということがわかるのだが、インスタレーションという表現方法は、この経済上の出来事と連動するように現れたものなのである。

ヨーロッパでは、このインスタレーションという表現は定着して、現在でも作品がどんどん作られているが、日本では、一過性のものだったのか、流行として終わってしまった感がある。

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日本のインスタレーション作家は、がんばってほしいものである。

トレーシングペーパーをくるっと巻いて、それを、田植えのように、プラスチック段ボールに挿していく。それだけのことだが、それが、空間に風を起こすのである。

「それだけのこと」が大切なのである。

「それだけのこと」ができない人は一人前の作家になれない。

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これは、写真作品。写真を水彩紙にコピーして、その上から鉛筆でドローイングしたもの。

「nostalgia 4」 写真・鉛筆 12×26cm 2018 ¥30,000(額込)

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パーティーは、やはり盛り上がっていて、暑さもなんのその、元気に飲み、喋っているところである。

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今年は、やはり、気温に関係なく人は来るのである。不思議な夏である。

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2018年7月27日 (金)

堂免和実展

ずっと暑くて、ぼうっとする毎日が続いていたんだけど、昨日は気温が下がって楽になったと思ったら、気が抜けたのか、なんだか体調がおかしくなってしまった。

今日も楽な気温だけど、夜から雨のようで、そのあと台風がやってくるらしい。

来週の堂免和実(ドウメンカズミ)さんの搬入はどうなってしまうのだろうか。土曜日だけでは終わらないので、日曜日も作業をする予定だが、嵐のなかの搬入ということになるかもしれない。

Dm

DMの写真は、トレーシングペーパーを巻いたもので、この形のものを、何百個も使って、インスタレーション作品を作るのである。天井から吊るすパーツもあって、搬入作業はかなり込み入った作業になるはずである。無事に終わることを願う。

パーティーやります!

7月30日(月)17:00-19:00

月曜日は晴れるはずだし、ひょっとしたらバルコニーに出てワインなんか飲めるかもしれない。

お待ちしています。

☆展覧会

甲斐千香子 展

8/7(火)-19(日) 月曜休廊

12:00-19:30(土日祝12:00-18:00)

space2*3 (中央区日本橋本町1-7-9)

甲斐さんは9月にもStepsで個展が入っているので、現在バイトを休んで、毎日制作に励んでいる。

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2018年7月25日 (水)

ジャスパー・ジョーンズ

昨日の朝、テレビで高田純次の「じゅん散歩」を見ていたら、「色鉛筆画家」林亮太のアトリエを訪ねる場面が出てきた。高田純次は、自分の名前を言うときに、「高田純次です」とは言わないで、必ず誰かほかの人の名前を自称し、「こんにちは、通りすがりの鉄腕アトムです」とか、「鞍馬天狗と申します」などと話しかける。

林亮太のアトリエ玄関のインターホンを押して、高田はこう言ったので仰天してしまった。

「こんにちは、わたしはジャスパー・ジョーンズです」

と言ったのである。

朝のこんな時間にテレビを見ている人は、ジャスパー・ジョーンズというのが誰だかわかっただろうか。それにしてもジャスパー・ジョーンズの名前が、高田純次の口から発せられるとは思いもよらなかったので、びっくりしてしまったのだ。高田純次は自分でも絵を描くから(けっこう上手である)美術に詳しいのかもしれない。それとも、番組スタッフが、「ジャスパー・ジョーンズでいってみませんか?」と提案したのかもしれないが、いずれにしても凄いことである。

タレントでもお笑い芸人でも、第一線で活躍している人を侮ってはいけないのである。

船木亨『現代思想講義』を読み終えたのでわたしが重要と思った箇所を抜書きして紹介したいのだが、その前に、次に読む本を買ったので、それを先に紹介する。

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オルダス・ハクスリー『すばらしい新世界』(光文社文庫)

エリック・ホブズボーム『20世紀の歴史 -両極端の時代-』上・下(ちくま学芸文庫)

『すばらしい新世界』はいつか読んでみたいと思っていて買った。1932年に出版されたこの本は2540年の未来について書かれていて、人間は工場で「生産」されるような、いわゆるディストピアを描いているのだが、読み始めて、正直「あまり面白くないな」と感じてしまった。ストーリーそのものは刺激的で面白いのだが、なんか文体がわたしに合わない。これはハクスリーの問題なのか、あるいは翻訳者のせいなのかはわからないが、原文の英語が透けて見えるようなぎこちない訳なのである。また、内容も、発売当初は、発禁本になるほど極端な表現だったようであるが、2018年の現在これを読んでも、それほどの驚愕を与えない、というのも理由になりそうである。

『20世紀の歴史』は、ぱらぱらとめくって、すぐに買った。 冒頭の「序文と謝辞」の1行目が

「二十世紀の歴史を他の時代の歴史のように書くことはできない。」

である。

最初からぴりぴりとした緊張感が走る。

写真もたくさん載せられていて嬉しい。そして、芸術に関しての記述もある。

第6章は「芸術 - 1914-45年」であるし、下巻の第17章は「アヴァンギャルド死す ー 1950年以降の芸術」である。1000ページを超える大著であるが、かなり楽しみである。

さて、船木さんの『現代思想講義』である。

後半の、統計学、確率論、AI等に関する言及が重要なメッセージを発している。

「AIとは、まさに群れを対象として、従来よりも圧倒的な量で測定と計算をして、人間がする判断の統計に従って、判断を自動的に生成する技術である。」

「こうした統計的な技法は、現代の社会にすっかり定着して、すでに市民権を得てしまっている。一人ひとりがまずは平均に向かって努力をして、一定数は右の極端に向かって名声と富を得、一定数は左の極端に落ち着いて、隔離されたり生活保護を受けたりしている。そこに、どんな問題があるのだろうか。

もし統計学に問題があるとすれば、それは、「みんなとおなじでそれでいい」という発想、全体における自分の立ち位置が分かればそれでよいとする発想が蔓延するという点にある。いいかえると、ひとびとが思考しなくなるという点にある。ひたひたと押し寄せる統計の波に、われわれはみな溺れかけている。」

「われわれが戦うべきなのは、権力に対してではない。自由のためではない。われわれの敵は、統計であり、数である。数一元論の社会である。自分の行動が統計の数のうちに入ってくることから逃走し、「異例のもの」と成ることが重要である。

ところが、ひとは、自分が平均よりも左側、社会的弱者の側にいないように注意しておくだけではなく、平均のさらに右側へと、自分の数値を移行させようとする。この動機は、ー「意識高い系」の動機でもありー、さきにも述べたように、現代社会のもう一つの原理、国家主義に由来する。」

「最近は、AIが小説や映画の分野にも進出し、人間の創る作品を凌駕しつつあるというひともいる。しかし、AIはどこまでいっても統計が基礎であり、統計に入ってこない生の要素を発見する機能をもたない。将棋や囲碁のように、ルールに適うものについては人間よりも優れた判断ができるのだが、AIにはルールを作ることができない。統計に表現された「正常人」のルールを、暗黙のうちに押しつけてくるだけで、-どこのネット配信とはいわないが-、せいぜい正常人の気晴らしになる小説や映画を作ることくらいしかできない。統計的に楽しめる筋立てに作られていることが、すぐに看て取れてしまうのである。

AIには、どうしても作れない作品がある。わたしがいいたいのは、産業に結びつけてしか語られない「創造性」のことではない。どうしても作れないものとは、異例のものとの出会いである。われわれは、そのようなものをこそ「作品」と呼ぶべきではないだろうか。」

「現代のひとには、四つの生き方がある。第一に、統計を検証することなく信じて平均を目指すひと、「人並み」に生きるということである。第二には、全体の動向を知ってマジョリティになるために平均の右側を目指すひと、「価値ある人物」になるということである。そして第三に、病気や障害や老齢によって、あるいは発達障害やうつ病などと呼ばれながら平均の左側に落ちこぼれてしまうひとがいて、第四に、それとはまったく別物であるが、「異例のもの」として統計自体から逃れ出るひとがいる。」

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2018年7月23日 (月)

古川巧の年輪

猛暑のスタートであるが、今日から古川巧展。

こんなに暑くちゃ、誰も来ないかも、と思ったが、なんと普段のようにお客さんが訪れるのに驚く。

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古川さんは、わたしより6歳年上のベテランで、わりとはちゃめちゃなのだが、展示はすっきりと上品に仕上がった。

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「ムンバイの喧騒」 木・アルミ・アクリル 22.5×16.0cm 2018 ¥15,000

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ビールのプルタブを貼っているのだが、ものすごい数である。このビールはどうしたのかというと、もちろん全部飲んだのである。そして彼は痛風になった。で、今彼はビールを飲まない。

「転生輪廻」 木・段ボール・アクリル 22.0×27.0cm 2018 ¥30,000

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アクリル絵具で、ものすごく細かい仕事をしている。プルタブもそうであるが、こういう丹念な仕事は、やはり、年月の重みを感じるね。

こういうなんでもない「軽い」ものに人生をかけて制作するのも、しみじみとしていいものである。

「昭和エレジー」 木・プラスティックゴム・金属 27.0×22.0cm 2018 ¥30,000

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このキャラクターにも別の意味で年輪を感じる。

ギャラリーに来る人たちは、やはり滞在時間がいつもより長い。暑くて疲れて喉が渇いているのである。少し休憩しなければ倒れてしまう。

作品からもエネルギーをもらって帰ってね。





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2018年7月21日 (土)

古川巧展は熱いぞ

銀座駅のセブンイレブンに寄って、お茶の大きなペットボトルを4本買い、ギャラリーまで運ぶ。毎日暑いので、お客さんにお茶を出さないと倒れてしまうからだ。いつもはお茶を出すと、一杯だけ飲んで、「ごちそうさまでした」と言って帰っていくのだが、このところ、みんな2杯、3杯と飲んでいく。さぞかしお茶をたくさん用意しなくてはならないと思うかも知れないが、じつはそうでもない。なぜかというと、暑くなると、それだけお客さんが減るので、とんとんなのである。

気温30℃だと、お客さんはふつうに訪れる。32℃になるとお客さんは減る。33℃、34℃になると、銀座の人通りもまばらになり、さらにお客さんは減っていく。35℃に近くなると、ほぼゼロである。

ところが、今年はいつもと様子がちょっと違っているようである。34℃でもお客さんはゼロではないのだ。昨日なんか十数人も来た。

わたしの勘では、日本人は暑さに慣れてきたのである。

昔、サイパンに行ったときに、現地のガイドさんが、気温30℃だったのだが、「今日は涼しいです」と言っていて驚いたことがあるが、日本人も30℃を涼しいと言いかねないくらいになっているのではないかと思うのである。

来週も猛暑が続きそうであるが、古川巧の熱い作品のパワーで、暑さを吹っ飛ばすのである。

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小品が38点並ぶ予定。

古川さんはベテラン作家。ステップスでは初個展である。

作家は(火)・(木)・(土)に在廊予定。パーティーはやりませんが、作家が居る日は飲んでると思います。

霜田誠二の「ニパフ」がボランティアを募集しています。興味のある方は、メールで問い合わせたり、申し込んだりしてみてはいかがでしょうか。

「ニパフ・ボランティア&インターン&出演者募集」

ニパフ(日本国際パフォーマンス・アート・フェスティバル)では、現在ボランティア&インターン&出演者を募集しています。貴重な経験になると思います。現在世界各地で活発な動きが起きているパフォーマンス・アートを1993年から日本で開催し、すでに50カ国400名以上を招聘しているニパフ。これからも11月には韓国のパク・ジュヨンさん(写真)、ソロ日本ツアーや来年1月にはミャンマーへのツアー、そして3月には第24回ニパフ国際を東京・大阪・長野などで開催します。希望者は、1.氏名、2.現職(詳しく)、3.略歴、4.志望動機 をお送りください。

e-mail  nipaf@avis.ne.jp

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船木 亨 『現代思想講義』(ちくま新書)も読み終わりそうなので、つぎに読む本を探さなければならない。

船木さんのことばは、わかりやすく、しかもどこかに希望がある。

「今日イノベーションが大切だといわれ、新たな知識を獲得すべきだと盛んにいわれているが、それを妨げているのは、やる気のない若者や、個性を認めない組織や、出る杭を打つ世間なのではない。発明も芸術も理論も、天才や天啓から生まれてくるのではなく、他方、デカルトのいう方法や枚挙から生まれてくるのでもなく、そのひとの生き方から生まれてくる。その生き方とは、マイナーであるということである。

 群れは外部と内部をもっており、外部の個体との 出会いが可能になるためにはマイナーであることが必要である。自分とは異なったものを認め、「もしあなたがわたしであったら」と、みずからそれであるかのように想像することは、群れのなかでは「異例のもの」、マイナーになることである。」

「思考するのは、性格や能力によるのではない。思考するタイプのひとがいるのでもなければ、思考するのが得意なひとがいるのでもない。思考するかどうかは、そのひとが置かれている状況による。すなわち、事故にあったり、病気になったり、あるいはいじめや失恋など人間関係の縺(モツ)れに出会ったなら、ひとは思考せざるを得ないであろう。思考するとは、簡単にいえば、群れから出ようとすることなのである。」

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2018年7月19日 (木)

セルビアの風

セルビアに帰省中の高橋ブランカさんから、写真がたくさん送られてきた。

涼しげである。

セルビアも夏は暑いわけであるが、湿度がとても低いので、過しやすいのである。

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セルビアの郊外には、音がない。静けさが支配している。

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またセルビアに行ってみたいな。

セルビアワインが、輸入されるようになったので、紹介する。

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販売元は、(株)マコトインベストメンツ モンドデリシャス事業部

この会社は、ドイツ人のシュミットさんが経営している。

東京都新宿区神楽坂2-9-3A 

tel.03-5579-8020

fax.03-5579-8026

http://makoto-delicious.com

ネットでも買えるようである。コストコでも売っているらしい。

セルビアワインは「深い」味わいがあって、美味しいのである。テニスのジョコヴィッチが結婚式でふるまったというワインもあって、わたしも飲んだが、さすがに美味しかった。

もう一つ、セルビア関係のお知らせ。

料理研究家のイェレナ・イェレミッチさんが、今年の11月に料理の本を日本で出版する予定である。

『イェレナと学ぶ美味しいセルビア料理(仮)』(有限会社 ぶなのもり) ¥1,800

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この本の出版に向け、9月ごろにクラウドファウンディングを実施予定。リターングッズにはセルビアの品物やロゴ入りのバッグやTシャツ等を検討中。

お問合せ:セルビア日本音楽交流推進の会

serbia-japan@hotmail.co.jp


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2018年7月16日 (月)

霜田誠二パフォーマンス

気温が35度に近くなると、鼻血が出る。

ギャラリーでも出たし、電車の中でも出た。

やばい気温である。

一昨日の14日(土)も暑くて、お客さんは来ないだろと思っていたが、霜田誠二のパフォーマンスには10人の観客が来てくれた。ありがたいものである。

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霜田は痛風の症状が出ていて、足が痛くて、歩いたり、階段を昇ったりするのも、とても時間がかかったりしている。

17:00にスタート。

口にくわえているのは蓬(ヨモギ)である。自宅のある長野から持ってきたものと思われる。このあと、口にくわえたまま、鎌で稲刈りの要領で、半分に切り分ける。あぶない。それを今度は床に並べて、鎌の柄でトントンと潰し始める。蓬の匂いがギャラリーに充満する。BGMをかけたり、詩の一説を朗読したり、盛りだくさんである。

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散らばった蓬を新聞紙にくるんで、観客一人ずつに投げる。観客はグローブはないから、素手でキャッチする。

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60分予定のパフォーマンスが45分で終わった。霜田の体力の限界だったらしい。観客にとっては「ちょうどいい」長さではあった。

霜田の世界は異様である。見ていると別の世界に引き込まれていってしまうのが、ちょっと怖いくらいなのだが、音楽をかけたり、詩を朗読したりすることで、現実世界との結界に小さな穴をあける。今回は蓬の匂いもそれに加わり、さらにそれを観客に投げることによって、霜田の不思議な世界と、こちらの日常の空間はつながっているのだということを暗示していて、少しほっとしたり、逆に怖さが増したりして、そんな楽しさがあった。

このあと、みんなでビールを飲み、ワインも飲んだ。

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さて、しばらくこの暑さは続きそうだが、なんとか今週も乗り切ろう。来週は古川巧展、その次が堂免和実展。そして8月5日からStepsは夏季休廊となる。



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